悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆320 お終いのその先へ




 生来神として覚醒した私に反応して、握っていた野分の本体が熱く脈動した。自分の全身に流れる血が溶岩になったようで、私は呼吸を止める。

 神秘的に輝きながら――蛇行剣はそのシルエットを自然と変える。
見たこともない種類の刀に変化したその姿を見て、私はハッキリとその正体を自覚した。

……今、この野分は神になった私に反応をして、上位である草薙の剣へと限りなく近づいている。
本物にはなれないながらも、どこまでも真らしく輝く刀身に、私は迷いを振り切ってその柄をとった。

 まるで、この刀は私のようだ。
剣が応えてくれる。人を捨てて戦う私を肯定してくれている。
だったら、もう進むしかない。
帰り道はもう捨てた!
このまま戻れなくなったとしても、構わない!
踏み出した私は勢いよく刀を振るい、辺りに充満していた毒霧を払う。瞬間、その神力のこもった一閃で切り裂かれた毒素が浄化をされた。

「月之宮さん!」
 これまで陰にいたウィリアムが辺りの空気を氷漬けにする。

「できる限りオレがこの毒を可視化する! そこを浄化していってもらえばいい!」
「なるほど、そういうことか!」
 つまりは毒素だけを抜き出して氷として見えるようにするということ。
 合点した柳原先生も、ウィリアムの作業に参加する。
氷の雨が降る。結晶が辺りに次々と出現し、私はそこに鋭く衝撃波を飛ばした。

「もう、真言なんか必要ない!」
 神化してしまった私は、もう陰陽師としての呪を唱えて術を発動させることはできない。だけど、この身に染みついた真言や、詠唱破棄の過程(プロセス)は脳の中にまだ残っている。
それを遡って辿れば、神の力でも術の再現ができる。真言を使うよりも早い速度で技を繰り出すことができる!

 異能を操るアヤカシと同じステージで、ようやく私は闘える!!
 粉々になった氷から、毒が抜ける。
粉雪が舞い、辺り一面が浄化されたころ。身体の奥に痺れるような違和感が発生したものの、私は無理やりそれを抑え込んだ。

「…………っ」
 頑張っていたウィリアムが後方で足を押さえる。
回復手段がない現状、毒に侵された仲間を助ける手段はない。
 だとすれば、これは時間との勝負だ。

 時空の断裂の具合から残された時は、およそ一分。
 皆が毒で倒れる前に義兄を倒さなくてはならない。
そう一瞬で判断したのだろう。八手先輩が狼よりも速く前方へ駆けた。抜き身の抜刀で剣を振るい、義兄へと攻撃にかかる。
鳥羽も鋭く滑空し、異能のカマイタチを上空から幾つも放った。松葉は不敵に笑い、水流でウォーターカッターを作る。

「……ダメよ、前に出すぎたら!」
「もう遅いな」
 攻撃の数々が、月之宮幽司による大鎌の一閃によって防がれる。その余波でこちらの味方にかすり傷ができたところを軽度の毒で狙いを定めた。
彼らの身体に痺れが走ったのが見ていて分かった。ニヤリと嗤った義兄が次の攻撃に移ろうとしたところで、奈々子が銃剣を持って疾駆する。

「急急如律令、廃趣奪解!」
 奈々子が義兄の用意した毒を霊力で散らしながら、近くの瓦礫に飛び移り、前へ狙いを定める。そのまま、態勢を崩して痺れに堪える仲間を守る為に次の真言を唱えた。

「結界壁(ヘキ)!」
「……おやおや、私への裏切りか? 奈々子」
自分を睨みつけた奈々子へ向かって、幽司は嘲笑う。

「はい……いいえ、これは裏切りではありません」
 奈々子は、静かに佇んで微笑む。

「あたしは、自分の正義の為、そしてこれからの未来の為に生きていくって決めたの。もう何かを壊してばかりいるような真似はしないわ」
「馬鹿なことを云う。お前が変われるはずがない。私と同じように……日陰の場所でしか咲くことのない身だというのに明日を望むのか」

「はい」
 今度こそ迷いなく答え、奈々子は銃を構えて真っすぐ見据える。

「異装、銃砲(ガン!!」
 数えきれないほどの銃砲が義兄へと打ち込まれ、甲高い音が聞こえた。砂煙の立ち込める中、相手のシルエットがわずかに揺らぐ。
煙の晴れた先にいたのは、銃弾を盾のように弾いた一体のアンドロイド。その陰から走り抜けた義兄は、手に装備している大鎌の他に、人形から奪った銃を奈々子の方へと向ける。

「銃というのはこうやって撃つんだ」
 赤いスコープが奈々子の肌へと映る。
サッと顔色を変えた奈々子は、銃を持ったまま結界を自分の前へ展開した。そのまま、互いに銃の乱射の応戦となる。

「く……っ」
 奈々子がくぐもった悲鳴を上げた。膨れ上がった霊力と霊力の衝突に、辺りの空間にノイズが走り始める。
このままじゃ危ない!
陰陽師同士の力比べは、義兄に軍配が上がろうとしていた。

「はは、大したことないじゃない……か?」
 思い切った私は地面を蹴り、義兄に向かって愚直なほどの刀を叩き込んだ。

「八重さん!」
 野分と大鎌の刃が激しくぶつかり合う。
何度も素早く交差し、鍔迫り合いとなる。火花の散った金属同士の打撃音。
どちらも霊力や神力で体を強化している為、その技の応酬は凄まじいものとなった。

「意外と、重いな……っ」
 私の振るう抜き身の剣を受けて、義兄は口端を歪める。
激怒した私は、義兄に向かって吐き捨てた。

「よくも私の大切な人達を……っ!」
「誤解だ、八重さん……っ」

「言い逃れができると思うな!」
 殺し合いにも近い壮絶な兄妹喧嘩。
むしろ、喧嘩の枠を超えて、私は殆ど本気で義兄を仕留めにかかっていた。
助けたい、と思っていた先ほどの感情は怒りで上塗りされた。

「……くそっ」
 兄さんが禁じ手の毒を使おうとし、私は咄嗟に跳んで距離をとる。空中で態勢を立て直し、剣でその毒霧を切り裂いた。
そのまま、敵の腹部へと流れるような衝撃波が放たれる。

「…………く、」
 辺りにばらまかれた毒の余波。痺れは先ほどよりも強い。
どうにか受け身をとった義兄は、砂煙と共に立ち上がる。空間に走るノイズのひどさに、タイムリミットが近いことを私は気付いてしまった。
私は、あるものを隠し持ちながら義兄へと近づいていく。剣が手放されたことに相手が戸惑った一瞬。

「……八重さん?」
「これでお終いよ!」
 私は小春から貰っていた植物の種を義兄の身体に直接投げつけ、埋め込んだ。フルで容赦なく発揮された神の異能によって、種は恐ろしいほどのスピードで発芽をし、義兄の肌に根を張っていく。

「――ぐ、ああああ!?」
 月之宮幽司は、苦痛に咆哮する。
あれだけの苦しみの上に得た神の欠片。その全てが、今、月之宮八重によって吸い上げられようとしている。

「やめろ、やめろ、止めてくれえ!」
「私は許さないと言ったはずよ」
「どうして、こんなことをするんだ!? 私はただ、お前のことを好きで……どうしてこんな酷いことを……っ」
 そこで、奈々子に向かって、義兄が虚ろな視線を向ける。

「ああ、奈々子。ななこ、私を助けておくれ。私が全部悪かった、わるかったから、八重を止めてくれ……」
「幽司様、あたしはもう貴方を助けないわ」
 奈々子が義兄に冷たい眼差しを注ぐ。

「貴方も、あたしもきっと最初から間違ってた。それを認めない限り、この世に救いは永劫に訪れないでしょう」
「ナンデ……」
 生きながら植物に霊力が吸い上げられる苦痛に月之宮幽司は苦しんでいる。この空間に滞留し、飽和した霊力や妖力、神力にまでその根が届いた時、東雲先輩が血相を変えて叫んだ。

「――八重、もう止めなさい!」
息苦しいほどに充満していた膨大な霊力の素子が、私の体内に一斉に流れ込む。私を構成していた情報が、乱れてバラバラになっていく。

「先輩……」
 私が、バラバラに、なる、感覚。
息を呑んで振り返った瞳に移ったのは、駆け寄ろうとしている東雲先輩だ。
東雲先輩……いや、ツバキに指を伸ばそうとしたその時。
――月之宮八重の意識は、その場から弾き飛ばされた。




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