悪役令嬢のままでいなさい!
☆311 雪華の奇跡
――こうなったのは、全て私のせいだ。
最初から、月之宮を逃げようと思いさえしなければ。もしくは、ツバキの手をとろうとしなければ。
いいや、よく考えたら、浚って欲しいと願ったのは多分私だ。
課された義務から逃げようとした。
夢ばかり逃げ込んで、出来もしないことを望んだ。
私の浅い考えが、皆を苦しめたのだ。
最初から出会わなければ良かったのだろうか。
出会わなければ、誰もがこんなに辛い思いをしなくて済んだのか。
半人前でしかない癖に、誰かを救えるかもしれないと粋がって。
希未のことも、白波さんのことも、ウィリアムも。
全員が全員、こんな私と関わったから不幸になった。
助けてもらう資格なんてない。
もう私は、これ以上の望みを抱いてはいけない……っ
「充分だよ……」
そうだ。
私は、十分すぎるほどに幸福だった。
戻れはしない幸せな時間。
あなた達と過ごして、紡いだ夢のような時。
騙されただなんて思わない。
偽物だったとしても、それは私にとって本物以上の輝きを持っていた。
けれど、けれど――。
例えこれで希未の命が助かったとしても、皆が見逃してもらえたとしても。
彼だけは……。
「それでも、ウィリアムだけは帰ってこない……」
どんな理由があったとしても、その喪失だけは取り戻せない。
確かに、ウィル・オ・ウィスプは罪を犯した。私が出会うよりも遥か昔から、何人もの人間の命を奪ってきた。
道に迷った殺人鬼。
普通に考えたら、彼は殺されるべきアヤカシであったのかもしれない。兄さんは、善とされる行いをしたのかもしれない。
けれど、私は頼まれたはずだったのだ。
勝手な思いかもしれないけど、行燈さんに鳥羽とウィリアムのことを託されたように感じていたのだ。
考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。
時間が経つほどに喪失が大きな悲しみとなって圧し掛かってくる。
いつの間にか、私は彼の死を悼んで涙を流していた。
「…………っ」
どうして。
どうして、こんなに悲しい。
傷ついて、哀しくて、ただひたすらに心が痛い。
心臓が、止まってしまいそう。
分かって欲しい。
もう、どうやって立ち上がったらいいのかも分からない。
手の中の冷たい結晶核が、あなたの死を伝えている。それがまるで亡骸を抱いているようで、すがりつくように握りしめた。
時間がどれくらい経ったのかも分からないほどにすすり泣いて、いつの間にか深い闇が窓の外を支配した。
時計もない病棟内。誰もいないがらんどうの病室を夢遊病のように歩き出しそうになって、足首の鎖がじゃらりと鳴る。
ああ、そうか。
繋がれていたんだっけ、私。
悲劇のヒロインぶって、ホント馬鹿みたい。
そう思った時、私の胸元で何かがぼんやり輝いていることに気が付いた。
「え……?」
思考が働かない。
何気なく、首から提げていたあるものを取り出す。
光っている物の正体は、福寿から貰った妖結晶のペンダント。
そのことに気が付くと同時、両目から溢れた涙がぽたぽたとペンダントにかかる。
どこからか、声がした。
「――仕方ないなあ、そんなに泣くなよ」
光が強くなる。
私の手のひらにあったウィリアムの魂である結晶核と、福寿の妖力の塊である石でできたペンダント。その二つが眩いほどに輝いた。
そのまぶしさに目を瞑る。
二種類の結晶が手の中で緩やかに溶け。そして閃光の中から現れた誰かに、眦の涙を拭われた。
「ね? 月之宮さん?」
「――あなたは……」
それは聞き慣れた声よりも少し幼い。
けれど、稲わら色のその正体に気が付いて、私は思わず彼を抱きしめた。
すがりついて抱きしめる。思ったよりも小柄で子どもみたいな体格をしたウィリアムが、気まずい笑いを浮かべた。
「今まで数えきれないほど復活してきたけど、自分でも今回はダメだと思ったよ」
「ウィリアム……!」
「君たちと出会ってからは前よりも怨念も抱えてなかったし、負のエネルギー量自体が少なかったんだ。
だから、愛情を糧にできるかは正直賭けだったんだけど……」
以前よりも邪気のなくなった表情で、彼は愛想よく笑う。
にっこりとした幼い笑顔でこう言った。
「だけど、オレ、愛でも復活することができたみたい」
「…………!」
こうしてしっかり視界に入った彼の姿は、前よりも外見年齢がとても低い。どちらかというと小学生低学年くらいの少年に見える。
手足も短いし、膝小僧やほっぺたもふくふくと丸みを帯びていて。髪の色は、稲わら色に灰水色のメッシュが入っていた。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いやでも、君のおかげで生き返ることができたようなものだから気にしないで。前よりは弱体化したけど、面白い能力も手に入れたみたいだし」
手元に小さな氷を浮かべて、ウィリアムはにこっとした。
「あ……」
雪女の能力の冷気だ!
ウィリアムはそれと同時に電気で火花も散らす。
二種類の能力を会得したことに西洋鬼は、いや雪鬼となった彼はご機嫌だった。
「オレのことはさておき。流石に死んでいた間のことはよく分からないんだけど、それで、ここは一体どこなんだ?」
「えっと……」
どこから話せばいいものだろう。
頭を抱えた私を見て、今の状況を知らないウィリアムはこてんと首を傾げた。
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