悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆306 解けた嘘







 誰かにいつか聞いた話。
アヤカシの命は、前世で亡くなる間際の思念からなる結晶核でできている。人の命が肉体からできているのだとしたら、アヤカシの命は心そのもの。
だからこそ、心やその石が壊れたときにアヤカシは死んでしまう。少しくらい傷ついたくらいなら鳥羽のように治せるけど、完全に壊れてしまったら二度と元に戻らない。


 失われた命。
壊れてしまった結晶核。


少しずつ宿っていた光が消えていく。
この世に彼がいた温もりが冷たくなっていく。
気が付くと、私は泣きじゃくっていた。泣きながら、落ちていた石の欠片をかき集めた。


 嘘でしょう。
あなたがもうこの世に戻ってこないだなんて、嘘だ。


辛いこともあったけど。傷つけられたりもしたけれど。
だからといってこんな風にお別れをするだなんて信じられない。私はまだ、心の準備も何もできていない。


「その石を捨てなさい」
 私を冷ややかに見下ろして、兄さんはそう言った。


「やだ……、いや……」
「そんなものを大切に持っていたところで、そのアヤカシは二度と帰らない。それぐらい頭で分かっているはずだよね? 八重さん」
 義兄の言葉に、鳥羽が吠えた。


「ふざけるな……てめえ!!」
「おや、近づくようならそれ相応の覚悟をしてもらうよ? 例えば、私の力なら毒を撒くことだってできる。君はともかくその非力そうなお嬢さんが耐えられると思うかい?」


「……白波と栗村を人質にとったつもりか」
「正直、私は八重さん以外の人間がどうなろうと興味なんてないんだ。でも、人質をとるというのはかなりいいアイデアだね。よし、今採用しよう」


 道化のように笑い、義兄は懐から取り出した鈴の房を銃に変える。
「異装――武銃ガン
何をするつもりなのか。張りつめた空気の中、彼はその武器を奈々子に向かって差し出した。びくっとした少女にこう言い放つ。


「さあ、奈々子。この異装した銃で、あそこにいる女の子を撃つんだ」
 彼女の震える白い手に、ひんやりとした武器の温度が伝わる。その重みに、奈々子の顔は引きつった。


「…………そ、んなの……」
「やれ」
 冷酷に命令をされ、奈々子はガタガタと震えだす。
 彷徨う黒の視線に、私は金切声で叫んだ。


「止めて! 私の友達を撃たないでっ!」
「でも、幽司様が……」
「お願い、撃たないで! いうことなら全部きくから……っ いい子になるから!」
 もうこれ以上誰も失いたくない。そんな必死の願いに、奈々子が泣きながら首を横に振った。


「できない……あたしには、そんなこと……」
 義兄はその囁き声に舌打ちをした。
無理やり奈々子に拳銃を持たせると、その小さな手に自らの手を重ねる。そして、強引に引き金をひいた。
パン、と弾ける音がした。
拳銃から撃たれた銀の弾が、私の親友である希未の小柄な体に当たった。
その一撃に、ぐらりと体勢が崩れる。制服に血が溢れだす。私と小春の悲鳴が上がった。
皆は蒼白になる。


「――――希未!」
「栗村さん! 栗村さん!」
 倒れそうになった奈々子を放置して、兄さんは近くにいた私の腕を強く掴んだ。


「なんてことを! 希未は普通の人間なのに!」
「普通の人間だって?」
 私の怒声に失笑が返ってくる。
チラリとうずくまった希未の姿を横目で見ながら、陰陽師である彼は冷酷にその正体を断じた。


「あれは人間なんかではない」
 押さえても止められない血に、希未の服は赤く染まる。やがては、だんだんと痛みにその輪郭が薄くなっていく。


「お前が友人だとずっと信じていた少女の正体を知りたいだろう? 八重」
 やがては、驚きに目を見張る私の前で、ツインテールの女子高生だった姿がちっぽけな銀色の獣の姿に変化した。私は息を呑む。


「可哀想な八重。あれは、ただの妖怪タヌキだ。お前はずっと人間のフリをしたコイツに騙されていたのさ」
 どこかからやってきた何台もの黒塗りの車が急ブレーキで停車する。そこから銃を構えた何人もの人間が降りてくる。
庇おうとした皆の手の邪魔をし、地面に横たわった獣を取り上げて無造作に檻に押し込めた。
私の手首にも手錠がかけられる。すすり泣きをしている奈々子も回収された。


「これからはずっと一緒だ」
 ゾッとするような笑顔で、月之宮幽司は微笑った。







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