悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆305 ゲームマスターの殺害瞬間







「どういうこと……兄さん、その見た目って……」
「ああ、これ? 八重さんが知らない間にも、こちらでは色々とあってね……この見た目は留学の成果といえばいいのかな」


「留学……?
兄さんはイギリスの大学の経済学部で勉強していたのではなかったの……?」
「くっ……ははははははははははははははははははっ」


 私の呟きに兄は不気味な高笑いをした。
げらげらと笑っているその常軌を逸した姿に皆は一斉に警戒をする。


「まさか、そんなつまらないものの為に私がわざわざ日本を離れるわけがないさ! 大学へ通っていたのは周囲へのフェイク。私が本当に留学していた目的は、イギリスにある協会本部だ」
「…………っ」


「八重は知らないだろうがそこでは面白い実験を沢山行っていてねぇ……。例えばの話だが、人為的にこちらの云う事のきく神種を生み出して、協会に所属するフラグメントを作る実験とか……ね。向こうはその被験体を丁度探していたから、私は渡りに船と立候補した。その実験過程で私の身体の色素が薄くなったんだ」


「んな……なんでそんなことをしたのよ! 人体実験だなんて……っ」
「なんでかって? 決まっているだろう、我が妹。全ては力を手に入れる為だよ。どうしても手に入れたいものがあったから、私は海を渡った」
「そんなのおかしい! だって義兄さんに手に入らないものなんてなかったじゃない!」


 月之宮幽司は、養子とはいえ財閥の後継者だ。その財産と権力を使えば、入手できないものなどこの世には存在しない。
そう思った私の思考を読んだように、彼は笑みを深めた。


「あったよ。あったんだよ。人は笑うかもしれないがね、過去の日本にいた頃の私では、そこにいる大妖怪には到底勝てなかったのさ。
私はみすみす大事なものを奪われるくらいならと思い、色々仕掛けを施して、奈々子にメンテナンスを頼んで時間稼ぎをさせ、協会のある海外に渡った」
「逃げたんじゃ……なかったの……」
 嫌な予感がした。
本能が警鐘を鳴らす。私は、今まで信じていた世界が崩壊していくのを感じていた。


「八重……『私たちの作ったゲーム』は楽しかったかい?」
 背筋に戦慄が走った。
災害の警鐘が最大限の音で鳴る。言葉を失った私の隣にいた小春が、兄に向かって噛みついた。


「っ……どういうことですか! あなたが作ったゲームって、どういうことですか!? 月之宮さんに何をしたっていうの!」


 希未も叫ぶ。
「八重に何をしたの! この外道!」


「簡単な話だよ君……。月之宮から逃げようとしていた裏切り者に、ちょっとした罰を与えたのさ。中学を卒業した時期の妹のここを少し弄って……」
 そこで、義兄は自分の頭をトントンと指で叩く。


「科学的に八重にとっての辛い記憶とアヤカシに関わる記憶を消し、私たちにとって理想的な人格を構築した。
アヤカシを嫌い、陰陽師として口答えをしない性格だ。
未来予知で高校に入ったら少なからずのアヤカシたちと出会うことは分かっていたからね……彼らへの悪感情の引き金にする為に、偽りの『この世界がゲームだという前世の記憶』を未来予知の情報を元に作り上げて植え付けた」
 東雲先輩や鳥羽の情報を私が知っていたのは、その嘘のシナリオが月之宮幽司による未来予知によって作られていたから。
何故そんなことを彼がしたのかといえば、アヤカシと出会った私が月之宮にとっての裏切り者として逃げることが分かっていたから。
 泡沫の夢は弾ける。
全てが明らかになってしまえば、なんて陳腐な嘘だったのだろう。足元から全てが崩れてしまったかのような感覚に青ざめていると、鳥羽が義兄を睨みつけた。


「白波に神名を渡したのもテメエらか……! だったら、どうして白波をヒロイン役に選んだのかを教えろよ」
「元から、ゲームのヒロインは利用しやすい人造天才児養成計画(MGP)の治験に参加している者から選ぶと決めていた。その娘を選んだのは、単純に最も容姿が優れていたからと名前の語呂が良かったからに他ならない。私が彼女を抜擢した理由にそれ以上も以下もない。
……ああ、それと白波小春をこの学校の受験に受けさせるように誘導したのも、合格させたのも全部私が仕組んだことだ」
「……てめえ」
 久しぶりに頭にきた鳥羽がそこにいた。
激怒しそうになっている天狗に、私の義兄は笑みを洩らす。


「文句があるなら肉体言語で話し合おうか」
「望むとこ……」
 兄と鳥羽が話し終える前に、すっと前に出た人物がいた。稲わら色の髪に赤紫色の瞳の西洋鬼。……ウィリアム・ジャック・ジョーカー。


「協会の人間なら……先に俺を相手にしてほしいな? どちらかといえば、俺も月之宮さんを浚いたい側のアヤカシだからね」
「ほう……」
 挑発的に微笑んだウィリアムに、義兄は大鎌を片腕に構えた。
鎌という武具は、武器の使用を禁じられた昔の農民がその代わりとして用いていたものだ。剣や刀を受けるのに便利だとされる時期もあったけれど、今ではむしろ戦闘で鎌を扱うのは不利だとされる理論の方が主流。
そんな中で何故か月之宮幽司は大鎌を異装の武具として選んでおり、普通の武器にした私や奈々子と比べてむしろ異端者と呼ばれていた。
ウィリアムが聞いた。


「さっき、私たちが作ったゲームって言っていたけど……君の他に誰がその非人道的な所業に参加したのかい?
OK。倒す前に、それだけ確認しておきたい」
 兄は、すっとこちらを指さした。


「奈々子……?」
 そこには、蒼白な奈々子が無表情で立ち尽くす。まるで幽霊のようになっている彼女に、義兄は声を掛けた。


「さあ、こちらに戻るんだ。奈々子」
「っ…………」


「まさか、私が留守にしている間に、本気で皆の仲間になれるとでも思ったのかい? 君はずっと私の協力者として周りを欺いてきたというのにねえ……。奈々子さん」
「……そんなこと、思ってはいないわ」
何もかもを諦めたような表情で、日之宮奈々子は静かに兄の後ろへと進み隠れた。引き留めようとしたこちらの心を再び読んだように兄さんは話す。


「いいことを教えてやろう。八重。君に洗脳した偽りのゲームのシナリオはね、全部奈々子さんが考えて書いたんだ。この娘はあることないこと喋って時間稼ぎをしていただけ。私がゲームマスターだとすれば、日之宮奈々子はシナリオライターってとこだよ」
「長話が過ぎるのではありませんの。幽司様」
「ああ、それもそうだね」
 へらりと笑った義兄に、ウィリアムが舌打ちをした。
いつか八手先輩がやったように、西洋鬼は両腕に銀の煙を身に纏う。骨格から上腕を異形の姿へと変化させつつ、落ちる影はより黒さを増した。


「生憎、俺的にはそちらさんが手加減できる相手とも思えないんだよね。殺すつもりでやってもいいかい?」
「…………」
 見つめ合った両者は、合図もなくその姿をぶれさせた。
陰陽師の持つ大鎌が目にもとまらぬ速さで弧を描き、西洋鬼の長く強化された爪が受け止ようとする。
――――舞うような旋撃。
幾重にも連なるその攻撃に危険を感じたのか、素早く身を引いたウィリアムの肉体に幾つかの切り傷がつき。噴き出すように出血が起きた。


「確かに早いけど、この程度で死ねるようなタチじゃないんでね……っと」
 ウィリアムがそう言う。そこで、何があったのか兄が不自然に動きを止めた。
パチパチと地面から電流が弾ける音がする。白い火花が飛び散る。


「……悪いね。絡め手でいかせてもらったよ」
 ウィリアムが異能で流した微弱な電流により、厄介な陰陽師は麻痺したのだろうか。西洋鬼は不敵に笑ってみせる。
数秒でも動きを止められればこちらのもの。立ち尽くしたフラグメントに一撃を浴びせようと西洋鬼が踏み出したその瞬間、
追い詰められたはずの月之宮幽司が不気味に口端を上げたのが見えた。


「…………!?」
 ……何かがおかしい。
今の笑顔は、弱者のものではない。
ウィリアムがその事実に気が付いた時には、既に状況は手遅れで。
幾つかの紫色になった切り傷から広がった焼き付くような全身の痺れに、彼は苦悶の声を上げた。


「うぐ……ああああ……っ」
「麻痺させるのが君だけの特権と思わない方がいい。この忠告は些か遅かったかな」
 得体の知れない痛みに苦しむウィリアムに呼応するように、電流がバチバチと鳴る。その中を、まるで気にならないように兄は歩いて近づいた。


「残念ながら、手札の知れた電気の絶縁対策くらいはしてくると思わなかったかい? アメリカ軍の技術は着実に進んでいるんだよ。
私のフラグメントとしての能力の正体は毒を使う能力。
君に仕掛けたのは、ヘビ神由来の強烈な神経毒だ。すぐに蘇るウィル・オ・ウィスプを倒すには、永続的に続く強烈な毒を盛るのが一番効果的だ。いわば、未来永劫君を殺し続ける策といえよう」
「き、さま……」
 痙攣しているウィリアムの顔色が悪くなる。
友人である鳥羽が動くよりも先に、私は反射的に駆け寄った。


「兄さん、止めて!」
 そう叫ぶよりも早く、大鎌が動く。
ひん死の状態だったウィリアムの首を、その武器が一太刀で撥ねる。西洋鬼の遺体が銀の霧となって蒸発していく。全てが消え失せた時、私の目の前で半分以上灰色になった宝石のような石が地面に転がった。









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