悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆303 祈り







 本当に痛いときって、案外何も感じないものだ。
スキー合宿から帰るバスの中、私は幾度か奈々子の横顔を眺めていた。深い悲しみにあっても背筋を伸ばしたその姿は、すごく張りつめたものに見えた。


 彼女は何に怯えているのだろう。
私には言えない何を抱えて、ここにいるのだろう。


 聞いてみたかったけれど、とても口に出せなかった。
口に出してしまったら、私が責められるんじゃないかと思った。アヤカシに惹かれて、アヤカシとの未来を望んでいる私が無関係なフリをするなんて……できない。


いくら考えても、皆がいなくなった未来なんて受け入れられない。それを想像するだけで、胸に鈍い痛みが走る。呼吸するのも苦しくなる。
けれど、もしかしたら自覚をしていないだけで、彼女だってずっと痛い気持ちを我慢してきたのかもしれない。
 私とは別の痛みを心に秘めて、強がっていた。


 そうじゃないかと思った。今までの出来事を思い返してみたら、なんとなくそんな気がしてくる。
悲しみを悲しみで上書きするような世界ってきっと間違っている。


「月之宮さん……」
 考え事をしていた私の様子を伺うように、白波さんがおずおずと話しかけてくれた。


「……ん。なに?」
「いえ、なんだかすごく怖い顔をしていたので……」
 ふんわりとした笑みを浮かべた彼女に、私は仏頂面になった。


「ねえ、私たち、いつまで続けるのかしら。その月之宮さんって苗字で呼ぶの」
「苗字……ですか?」
 そういえばそうだね。と白波さんが目を瞬かせる。長い睫毛が揺れて、私は思わず薄く微笑んだ。


「この際、名前で呼び合いましょうよ」
「そんな……ええ!?」


「親友の私とそういうことをするのは、不満?」
「そんなことない!」
 試しにからかってみると、大声を出して否定された。そのことに気分が良くなった私は、口角を上げて笑う。


「……私のことは、八重って呼んで。それで、白波さんのことは小春って呼ぶから」
「う、むずかしいです……」


「まあ、結局未だに鳥羽のことも名前で呼べてないみたいだし……無理しなくてもいいわよ」
 その一言に、カチンときた感じの鳥羽は、前の方の席から「悪かったな」と低い声で返してきた。


「そんなこといったら、月之宮さんだっていつも東雲先輩のことを名前で呼べてないじゃない!」
 思わぬカウンターパンチに、こちらは目を剥いた。
むせた私が咳き込んでいると、身を乗り出した白波さんに迫られる。その威圧感にそろそろ両手を挙げた。


「……ごめんなさい、私が悪かったわ」
「白波ちゃんに論破される八重って珍しいものを見たような気がする」
 離れた場所から希未が呑気に言った。クラスの皆のざわめきをバックミュージックにしながら、私は視線を逸らす。


「でも、いつか必ず言えるようになるもん」
「期待して待ってるわ。……小春?」
 私の言葉に、彼女は頬を染める。


「それで、何の用?」
「えっとね、さっき東雲先輩からラインで送られてきたんですけど……みんなで遊びに行くって本当?」
「あー、その話……」
 確かに約束したけど、受験が終わったらの話じゃなかったかしら? 早すぎない?
 私が力なく笑っていると、小春は首を傾げて戸惑っている。


「それって幹事は誰がやるんだ?」
 スマホを見ていた鳥羽が、同じく脱力しながら笑って言う。恐らく、東雲先輩からのメッセージを見ていたのだろう。


「そりゃもう、こういうことは世紀末美少女の希未さんがやるに決まってるじゃない? にしし」
 ツインテールをふりふり、希未が瞳を明るく輝かせる。その元気な言葉に、行事の決行が実現したことが分かった。


「……それって私も行ってもいい?」
「先生も参加したいなー」
 隣同士で仲良く座っていた遠野さんと柳原先生の声がする。
 そこで、こっそりと小春が私たちに囁いてくる。


「あの……できたら私。日之宮さんにも声をかけたいんだけど……」
「いいんじゃねーの」
 絶対に嫌がりそうだと思っていた鳥羽が、気楽な返事をした。
 その言葉に驚きを感じていると、ふいっと顔を背けられる。


「本当にいいの?」
「まあいいんじゃない? だって八重がそうしたいんでしょ?」
 希未がどや顔で首を傾げる。
戸惑いながらも頷くと、みんなは自然と笑い出した。


「あと、そうだ。月之宮さん」
 そこで、白波さん……改め小春が真剣な眼差しでこちらを射抜いた。


「あのね、確かに今まで月之宮さんを遠ざけてきた人間も沢山いたかもしれない。……これからも、そういう人は少なからずいると思う。
でも、あなたに惹かれて眩しさを感じているから、だから近くにいかれなかった人もいたんじゃないかな」
「え…………」
 訳が分からない。
どうしてこんな声を掛けられているのか、不可解でならない。
それなのに、胸の奥がじんと滲む。


「嫌いにならないで、なんて云えないよ。だって、月之宮さんは今まで私たちのことを守り続けてくれたんだものね。
知らない間に、ずっと頑張ってくれたんだよね」
 止めて。
そんな、私の弱い部分を見透かしたみたいに。
踏み込んでこないで。


「……あのね、ありがとうって云いたかったの。それだけなの。だって、それしかできないけど……」
「……ううん」
 ……ううん、分かるよ。
あなたの祈りが、数多の悲しみを超えていくんだ。


 ――こんな私でもいいのかな。
私は私で良かったですか? このままも私でいていいですか?
誰も覚えていない昔、私はそう言われたくて生まれてきたの。この一言で良かった。たまらなく悲しくて、嬉しかった。
ずっと一方通行だった目の前に、あなたが現れた。
一緒に手を繋いで、いつの間にかこんなに救いになった。


「ねえ、私……」


 さあ、なんて語ろうか。
ゲームの画面越しではありえないほどに、言いたいことも未来も沢山あるんだ。









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