悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆256 パートナー探しは偉そうにする







 この世界は、本当に乙女ゲームの世界で間違いないのだろうか。
私がこのことを疑ってしまったのは、記憶にある原作の物語と現実が余りにも乖離してしまっているからだ。
極端な話を云えば、この世界がゲームの世界なのだという証拠は入学式の日の晩に私が見た悪夢にしか存在しない。
破綻したシナリオはバタフライエフェクトの結果だと捉えることもできる。今までの私なら、疑問に思わずにそれを信じてきていた。


 ……けれど、ふと思ってしまったのだ。
私は、随分素直にあの悪夢を信じすぎていたのではないかと。
この世界には、神様がいる。
伝説に出てくるような人外は実在している。これは確かだ。
もしかしたら探せば乙女ゲームに模した世界の創造までもができる最高神のようなものがいたとしても、おかしくはないのだろうか?


 いやいや、随分と視野が狭くなっている。
仮にもしもその通りのことが起こったとしたって、私だけに前世の記憶が残っている理由がどこにもない。
そういうことじゃないのだ。恐らく。
きっと、真実はもっと予想もつかなかったようなことで――、


「月之宮さん、ねえ、月之宮さん!」
 そこまでを考えていたところで、私は心配そうに話しかけてくる白波さんの声によって現実へと引き戻された。
パチパチと瞬きをしている彼女は、不安げに首を傾げる。カラメル色の豊かな髪が斜めに流れた。


「……あ、ごめんなさい」
「ぼうっとしてどうしたの? 何か悩み事でもあった?」
 悩み事は、あるといえばある。
ついこの間ウィリアムと話した内容とか、この先の未来への不安とか。
けれど、そのどれもが白波さんに打ち明けられないことで、彼女へ心配をかけたくない私は何でもないように嘘をついた。


「……別に、何も」
「ホントに?」
 ああ、この子の瞳はどうしてこうも澄んでいるのだろう。
くだらない私の願望でこうも苦労をかけさせてしまっているのに、何故こんなにも優しくしてくれるのか。
 本当は分かっている。
全ての事情を洗いざらい話してしまっても、白波さんは全て許してくれるって。
もしかしたら、その暖かい手のひらで母親みたいに抱きしめてくれるかもしれない。頭を撫ぜてくれる。優しく励ましてくれる。
……けれど、そのようにしてもらう権利なんか私にはない。
白波さんが命の危険に陥ったのは一度や二度ではないのだ。本格的に生死の境をさまよった時の恐怖を私は忘れない。
私が『人間』になりたいとか、『人間』でいたいとさえ始めから思わなければ、彼女はこんな怖い思いをしなくて済んだのに。
だから、これは自分で解決しなきゃいけないこと。誰にも頼れないこと。そう思って手のひらを握りしめた時、鳥羽がせせら笑うようにこちらを見た。


「まあ、月之宮が隠し事をするのは今が初めてじゃないだろ」
「……それもそうですね」
 花が咲く。白波さんがふんわりとした笑顔を浮かべたところで、私の友人の希未が明るく言った。


「そんなことよりそろそろクリスマスだよ! 学校のパーティーにはみんなも出るでしょ!?」
 今はそんなことをしている場合ではないのだが、みんなの頭の中にはそのことが思考の大部分を占めているらしい。
私が渋い表情で部室のパイプ椅子に座り、白波さんに淹れてもらった紅茶を飲んでいると、鳥羽が自分の恋人の肩を引き寄せて返事をした。


「俺たちは出るぜ。せっかくの行事だしな」
「はい」
 白波さんは幸せそうに頬を紅潮させる。それを見た希未がニヤッと笑いながら挑発的な口調になった。


「へーえ、お熱いことで。どうせあれでしょ? クリスマスパーティーのジンクス目当てなんじゃないの?」
「そんなんじゃねえよ」
 そう言いながらも、鳥羽の視線が泳いでいる。
珍しくバレバレな態度をとっている彼の様子に意外に思いながらも、私は聞き慣れない言葉に質問をした。


「なあに? そのジンクスって」
「え、八重知らないの? ダンスホールで開かれるクリスマスパーティーで好きな人と踊ると、末永く幸せになれるんだよ」
「ふーん」
 ……くだらない噂ね。
他のことで頭がいっぱいな私がその一言を呑みこんで沈黙すると、希未がぐっとこちらに迫ってきた。


「そ・れ・で! 八重は東雲先輩と勿論踊るんだよねっ?」
「なんでよ」
 そんなことにかまけている余裕なんてどこにもないのに。
 仏頂面を向けると、希未は指折り数えていた。


「それじゃあもしかして、瀬川と? それとも新しく式になった八手先輩? もしくは大穴で福寿とか?」
「どれでもないけど」


「まさか八重、私の知らない男子にエスコートしてもらうつもりじゃないよね!?」
 そっか。そういえばそろそろクリスマスのパートナーを決めなくちゃいけない時期だったっけ。
 めんどくさいなあ。


「壁の花でいるという選択肢は……」
「見た目も美人で高根の花第一位の月之宮財閥のご令嬢がパートナーを決めてくれないと、男子たちが無駄に夢を見て群雄割拠になるじゃん。ぶっちゃけ女子にとってはかなり迷惑だよ」
「あああ、そういえばそうだった……」
 ようやく現実に返った私は、間近に差し迫ったその問題に頭痛を感じた。普段は表に出さないようにしているけれど、これでも我が家はとんでもない金持ちだ。


 財閥と呼ばれるだけあって、財界にも政界にも月之宮の名はとどろいているし、少しでも人脈を得たい人間や逆玉を目論む男はわんさか寄ってくるチャンスを狙っているのだ。
特にこの時期は本来なら社交のパーティーがラッシュのようにある時期だ。けれど余りにもめんどくさ……いや多忙を強いられている月之宮家の令嬢は、学校のクリスマスパーティーを一つ出ることでそれらを父に免除してもらっている。
 つり合いがとれないだろうって? 社交に出なくて不自由しないのか? 別に問題はない。
極論を云えば、今の我が家は社交の場にわざわざ出るほど人脈に困ってはいない。繋がりが欲しい連中は向こうから挨拶に来るべきだし、日本国内有数の月之宮財閥の名は軽くないのだ。


 父の目論見としては唯一の本家の直系の娘である私を箱入りにすることでその価値を殿方からつり上げているともいえる。うむ。
……なので今更だけど、以前東雲先輩によって日之宮のパーティーから浚われたのはそれなりの大事件だったんだよね。


「……どうしよう、まるで考えていなかった」
「去年は結局私と一緒に出たよね、八重」
 そうそう。ギラギラしている男子の群れに追いかけまわされて辟易した結果、友人である希未にパートナーを頼んだのだ。
この学校のルールでは同性同士でも一応問題ないはずだ。そのことを思い出した私が期待の眼差しを希未に向けると、彼女は首を振った。


「流石に今年もは無理無理! 東雲先輩に殺されちゃうよ!」
「っていうか、どうして今年はこんなに静かだったのよ! 去年に比べたら雲泥の差よ!?」
 私が叫ぶと、鳥羽は脚を組んで呆れた顔をした。


「……お前、生徒会長との仲が噂になってたのを忘れたのか? 完璧超人の東雲先輩がいるのにちょっかいを出せるような勇気ある人間、この学校には誰もいないっつーの」
「……だそーですよ、東雲先輩」
 むくれっ面でぼそっと呟くと、目の前でパソコンを操り仕事をしていた妖狐がため息をついてこちらに向いた。




「――あの、その話をどうして僕らの前でしてるんですか。君たち」
 現在、この部室には夕霧君を含む私たち二年組と一緒に、東雲先輩、松葉、八手先輩、柳原先生が気まずそうな顔をしてお茶をしていた。


「知りませんよ。そんなこと」
「……弁解するようですがちゃんと誘おうとは思っていましたよ。ただ、なかなか2人きりになる時間が企画運営の仕事でとれなくてですね」


「しーりー、まー、せー、んー!」
 東雲先輩に一番に誘って欲しかったとか……。そんなことないし。
違うもん。拗ねてるわけじゃないもの。


「まあ、私は正式に彼女になったわけでもないですし? 先輩も女の子にすごくモテますから、仕方ないことではありますけどね?」
「……じゃあ今誘います。八重、僕と一緒にパーティーに行きませんか?」
さらりと告げられたセリフに、私は唇を引き結んだ。


「なんでもっと早く云ってくれなかったんですか」
 どうして私ってこんなに可愛くないんだろう。
渋々頷くフリをして視線を逸らすと、松葉が足を踏み鳴らして立ち上がった。


「八重さま! こんな奴とじゃなくってボクと一緒に行こうよ!」
「誘うのが遅いわよ」


「だって家で何度もそれとなく誘ったけど、八重さまずーっと考え事してスルーしてたじゃん!」
 え? 嘘、私そんなことしてたの?
意表を突かれて瞬きを返すと、頭を掻きむしった松葉がかんしゃくを起こしそうな顔になる。


「ごめん、全然気が付かなかった」
 思わず洩らしたその一言に松葉が撃沈される。
がくっと崩れ落ちたカワウソに妖狐が鼻で笑い、一触即発の空気となった。


「夕霧君は誰かと行かないの?」
 希未の言葉に、陛下は「メシにしか興味がないからパートナーなんかいらん」と返す。ある意味至極真っ当な理屈に柳原先生が頷いた。







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