悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆253 お試し期間と嫌な男女平等







 私をよそに向かい合った妖狐と鬼は、厳しい表情で口論を始めた。


「僕は反対です。八重にお前が必要だとは思えない」
「……東雲の意見は不必要だ」


「鳥羽に負けたお前が式になったところで、八重の負担を増やすだけだ。戦力がいる時には彼女は僕が守るから問題ない」
 ぐっと、八手先輩が東雲先輩の言葉に負けそうになる。捨て台詞のようにこう吐いた。


「……重要なのは、あくまでも月之宮の意志だ」
「そのようなもの、八重に直接聞くまでもないこと」
 いつの間にか、そうだそうだ!と希未が東雲先輩の応援をし始めた。その首根っこを掴んで、私は白い眼を向ける。


「なんでアンタはいつも東雲先輩のことばかり応援するのよ?」
「いやあ~、だって私はいつでも東雲先輩派だしい」


「まったく……」
 お調子者はこれだから。
確かに、東雲先輩が私のことを心配していることは分かる。でも、私がここにいるのにまるで置いてきぼりになっている気がするのだけど……。
そんなことを感じながら福寿に困った眼差しを送ると、雪女は呆れたようにため息をついた。


「東雲先輩は、私が式を持つことに反対なんでしょうか?」
 福寿に訊ねると、そちらへと招き寄せるように手を動かされる。


「あら、それは単純な理由よ」
「単純?」
「東雲様は、ただ単に――」
 そうして、福寿はやたらとよく聞こえる声で今回の核心を突いた。


「――単に、これ以上自分以外のライバルが月之宮さんに接近するのを阻止したいだけなのよね。嫉妬よ、嫉妬」
「………………へ?」
 辺りに響いたその発言に、一同が静まり返った。


 そんな。そんなことあるわけが……。
唖然としてしまった私に対し、東雲先輩はこわばった顔になる。極端に苛立ったように福寿のことを射殺しそうな視線で睨みつけた。


「やだ、そんな目で見なくてもいいじゃない」
「……福寿、お前はここで僕に殺されたいのか。そうか、そうか。そいつは生憎知らなかった」
 明確に否定せずにそんなことを言った東雲先輩の頬は、うっすら赤くなっているようにも見える。
その低い声にびくっとした福寿は笑ってごまかそうとする。けれど、そんなことでは失言を撤回することはできない。熱気を宿した東雲先輩の手で頭蓋骨を締め上げられ、痛さと熱さに悲鳴を上げた。
見間違えでなければ、福寿の髪が焦げている。
その光景に恐怖を覚えたらしい希未が、慌てて私の後ろに逃げ込んだ。


 え……。まさか、東雲先輩、本当に?
福寿の言ったこと、当たってた……?
ど、どうしよう。これはこれで、すごく嬉しい。
赤面しそうになったのを我慢しながら、八手先輩の方に視線を向けると、案の定というべきか鬼はひどく抗議したそうな顔をしていた。


「そのような下らない理由で邪魔される謂れはないぞ」
「いやまあ、それはその……」


「そもそも、東雲は月之宮の何なのだ。オレは2人が交際しているとは一度も耳にしたことがない。お前たちの関係は一体どうなっている」
「うぐ!」
 正論だ!
曖昧な関係のままでいるのは良くないと分かっていたけれど、まさか鈍感そうな八手先輩からそれを指摘されるとは思ってなかった!
油断していたところに斬り込まれ、私は後ろめたさに目を逸らす。


「あの……知り合い以上、恋人未満みたいな……」
「不得要領すぎるな」
 四文字熟語でバッサリ言われ、私は慌てて話題を変えた。そもそも、今回の争点は私と東雲先輩の恋バナでなかったはずである。


「あの!
……本当に私なんかでいいんですか」
 他に適当な話題も思いつかず、結局は本題に回帰する。
考えれば考えるほど、思うのだ。私は、陰陽師としては、そこまで優秀ではない。


戦闘が得意なのではない。戦うことしかできないのだ。
本来できるはずの様々な陰陽道の術は大半が使えず、ただ力任せに霊力をぶつけることしかできない半端モノ。
そのことについては、過去の記憶を取り戻したことや、私の本当の正体を知ったことでおよその見当はついている。
月之宮に伝わる人外の血の先祖返りで半神として生まれた以上、人間が使うことを前提として考案された呪術が使えないのはある意味当たり前のことなのだ。


 だって、私は純粋な『人間』ではないのだから。


 恐らく、祖父や祖母はそのことに気が付いていたから、術師としての才を開花させつつあった人間の義兄を養子にもらって跡を継がせることを考えたのだろう。
すでに亡くなった今となっては、そのことを問いただすことはできないのだけど。


「私! 陰陽師としてはそんなに優秀じゃないんです!
もしも式になりたいのなら、月之宮の後継のうちの兄さんとか! 奈々子とか、他の陰陽師を紹介できますから……」
 だから、ダメダメな私である必要なんてない。
不器用に笑って見せると、八手先輩は真剣な表情になった。


「……オレは、お前がいい」
「だって」


「お前はオレの言葉をちゃんと聞いていなかったのか? 月之宮。オレは、お前だからいいんだ」
 なんで。
なんで、そんなことを言ってくれるの。
私、何度も否定されてきたのに。ずっとずっと、ダメな奴だって言われていたのに。
 震える唇では、言葉が紡げない。


 嬉しくて、それ以上に不安が大きくて。
そんな私を見透かしたように東雲先輩がこちらを見る。
やがて、ようやく解放された福寿がこんなことを提案した。


「じゃあ、八手君を仮採用するというのはどう!? お試し期間というのは!」
「……お前、僕の意見はどこにいった」


「だから、仮なのよ! もしも問題行動を起こしたり、月之宮さんが少しでも気に入らないと思ったら即クビ! これなら折衷案みたいじゃない!?」
 福寿の言葉に、八手先輩は明るい眼差しになった。
 ……確かに。これならいいかもしれない。
もしも私が主としてふさわしくないと先輩が思ったら辞めてもらえばいいし、式というものがどんなものか体験してもらえるだろう。
 東雲先輩が物騒な笑みを浮かべる。


「変なことを考えるようなら、即座に僕がお前の首を刎ね飛ばしてくれよう」
 クビにするってそういう意味じゃない!


「……それでいい」
 八手先輩は素直に頷いた。頷いていい内容じゃなかった気がするけど、これで良かったのだろうか。


 話がひと段落したところで、福寿が私の腕をとった。
「じゃあ、用事も終わったし私とデートにでも行きましょうか!」と雪女がナンパしようとしたところで、彼女が東雲先輩の苛立ちが存分にこもった蹴りを食らって吹っ飛ばされる。
教室の机を吹き飛ばしながら糸の切れたマリオネットのようになった福寿を見やり、東雲先輩は忌々し気に手を打ち払った。






「東雲先輩、女性にはもっと優しく……」
「八重を口説くような輩には基本男女平等ですから。アヤカシ相手にはこれぐらいでちょうどいい」
 吐き捨てられた一言に、私は口を閉ざした。







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