悪役令嬢のままでいなさい!
☆252 勘違いの露呈と語る鬼
だんだん時間が経つと共に、猛烈な羞恥心がこみ上げてきて、私の顔は逆の意味で真っ赤に染め上がった。
なんて……、なんて自意識過剰! うわあ、勘違いしていたことが恥ずかしい! 死にたい! ここで首をつって自殺したいくらいに恥ずかしくてたまらない!!
「……前に私に惚れたと云っていたのは……」
「無論、月之宮にある主君としての器のことだ」
八手先輩の思惑とこちらの解釈が、決定的にすれ違っていたことが、今、判明する。
赤い鬼からきりっとした顔で言われ、私は膝から崩れ落ちそうになった。
「……あの。私、そこまですごい人間じゃないんですけど……」
「主君とは必ずしも万能であることが良き事とは限らないのだ。
月之宮は十分に努力家であるし、頭もそこまで悪い方ではあるまい。むしろ戦闘力は多少足りないぐらいでいい。そうでなくては仕えがいがないではないか。付け足すならば、脆弱な人間であれどお前には未知数な主としての器の大きさがあるとオレは思っているぞ」
徒労を感じた私の言葉に、嬉々として八手先輩が返事をする。
……てっきり告白をされると思っていた先ほどまでの警戒心を返して欲しい。無意識に見ないようにしていた問題の全貌が明らかとなり、私はなんだか煤けた気分となっていた。
どおりで度々熱のこもった眼差しで私のことを眺めてくると思った。八手先輩が松葉のことを羨ましいと言っていたのは、自分も同じように月之宮に仕えたいと考えていたということらしい。
そわそわしたように立っている八手先輩に、私は軽く虚脱状態だ。
……さて、なんて返事をしたらいいものだろう。
予想外のことを言われて困惑している私の返事を相手は期待して待っている。ここでうやむやにしようとしても、この鬼は絶対に諦めようとしないだろう。
うーん、困ったな。
真剣に脳内でこの問題を検討しようとしていた時、辺りに大きな笑い声が響いた。
一緒にこの告白を聞いていた福寿が腹を抱えて爆笑しているのだ。彼女はひーひー言いながら口を開いた。
「ぶふ……っ 真面目な顔をして何を云うかと思ったら、そんなこと……っ 普通、女の子を放課後に呼び出して云うセリフじゃないわよ……!」
居心地の悪い思いをしながら、福寿から視線を逸らす。希未も何か言いたそうな表情をしているけれど、無視よ。無視。
さっきまで勘違いしていたことを知られているだけに、私はさっと頬を赤くした。
「オレが月之宮に仕官することに、お前は何か問題でもあるのか」
流石にここまで馬鹿にされたように笑われると、八手先輩も屈辱のようなものを少々感じたらしい。険のある声でそう言われ、福寿はにまにま笑いながら返した。
「いや別に、あなたの就職活動に関しては別に文句はないわ。ただ、てっきりこちらは恋のライバルのように思っていたものだから笑いが止まらなくって」
「オレの望みをそのように安易なものと一緒にするな! 月之宮の気風に関しては間違いなく惚れ込んでいるが……」
八手先輩、多分福寿が言っていることとあなたの受け取っていることは何かがずれていると思うの。そういうことではない。
確かに、八手先輩の戦闘力が高いことは私も知っている。
天狗の鳥羽に一度負けているとはいえ、カワウソの松葉と比較すれば明らかに鬼である八手先輩の方が実力は上だ。
それはもう、ステージが違うとしか言いようのない程に。
本来、大妖怪を使役することなど夢のまた夢。松葉と契約できただけで、世の誉れと思わなければならないはずなのに、まさかもう1人だなんて。
ここで何も考えずに契約を了承してしまうというのも手ではある。けれど、八手先輩を式にするということは、私の生涯をかけて彼を月之宮に縛るということだ。
そのような責任を背負うことができるのだろうか?
損得で考えれば契約してしまった方がいいのだが、かといって本当に私でいいのかという思いがどうしても湧き上がってしまう。
「八重、止めときなよ……。もし契約したら、これから先の八手先輩が何かやらかしたらみんな八重の責任になっちゃうじゃん……」
希未が私にだけ聞こえる声で囁いた。
確かに、否定しきれない未来予想図である。
当たりさわりのない内容で、私は苦しい言い訳をした。
「……あの、式はそんなにいいものではないですよ? 他人に命を縛られる契約になりますし……」
「他人?」
「はい」
「お前はもう、オレにとっては他人ではないだろう。そのような薄っぺらい繋がりであったのか?」と、八手先輩からは真顔で言い返された。
私はぐっと言葉に詰まる。
どうしよう、このアヤカシ男前に不利な条件を呑むつもりだ。
「契約しちゃえばいいじゃなーい。だって、色々便利そうよ?」
すっかり他人事になった福寿が気楽に言い放つ。
ぎょっとした希未に対し、雪女はのんきな態度だ。便利そうだから、という勝手な理由で八手先輩のことを陰陽師の奴隷にしてもいいと思っているのだろうか。
……いや、思ってそう。だって福寿だし。
だんだん分かってきたけど、この雪女は結構いい性格をしている。
「いやだって、そんなわけにも――」
その時、辺りの温度が一気に下がるような冷ややかな声と、誰もいないはずの廊下から扉が開かれる音がした。
「――真面目に考える必要はありません、八重」
不機嫌に鬼を睨みつけるのは、怒りをたたえたブルーの双眸。白金髪の髪がさらりと揺れ、ここに呼ばれていないはずの乱入者は皮肉気に口端を歪めた。
よほど苛立っているのだろう。普段は抑えているはずの妖気が漏れだしている。
予想通りに怒っている東雲先輩から目を離すこともできず、私は凍り付くように一瞬固まった。
ばっと振り返ると、福寿がぺろりと舌を出している。この女、トイレ休憩のフリして妖狐に密告しやがった――!
「連絡ご苦労。福寿」
「あら、もう少し時間がかかると思っていましたわぁ。これはこれで面白かったのですけど」
そんな返事をし、情報をリークした福寿は完全に火事場見物の姿勢をとる。
こうなると思っていたから東雲先輩には何も言わないで解決しようと思っていたのに!
彼から冷ややかに言われる。
「……後で叱りますよ。八重」
「……はい」
今となっては、報告してもしなくても同じ顛末であったような気がしなくもない。
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