悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆251 赤い鬼の申し込み







 八手先輩の授業が終わるまで、しばしの時を待ちながら。


 保健室にいる私はとりとめのない話題でみんなとの会話のキャッチボールを続けた。なんというか、無難で高校生らしいバラエティーとかの話だ。
どっかの俳優の結婚話とか、最近話題のお笑いタレントの不祥事とか。
 トイレで一回席を外した福寿は意外にもそういったことに詳しく、とりわけ旬のアイドルとかに興味があるらしい。勿論、男性ではなく女性の芸能人だ。


 しかし、実際の女性アイドルが福寿と対面したら、人間とアヤカシでは比較にならないその容姿の端麗さに恥ずかしくて泣き出してしまうだろう。どの面下げて、自分は今まで活動してきたのだと思ってしまうだろうからだ。この学校に芸能関係を生業にしている子が通っていなくて助かったかもしれない。
 自信喪失した挙句に逆恨みだなんて面倒くさい事件に巻き込まれたら大変だ。そんな機会がないことを幸いに思いながら、私はつかの間の平穏な時間を楽しんだ。


「わ、私も月之宮さんについて……」と危険に友情で飛び込もうとした白波さんは、鳥羽にそれを阻止される。八手先輩との話し合いに一緒に行ってくれようとしたのだが、生憎溺愛している彼女にそんな無謀なことを許すような天狗ではない。


「いいか? 白波。よく考えてみろ。いくら植物を操れるといえど、もしも八手先輩と交渉が決裂して戦闘になったら、お前は月之宮の足手まといだ」
「ふええ!」


「むしろ白波を守る為に月之宮が怪我をするかもしれない。そんな場所に一緒に行って、何になるよ? 栗村1人でも守るのに大変なのに、白波までいればどうしようもないだろ?」
「た、確かにそれは……」


「だったら、お前はお前にできることをすればいい。いつか月之宮が困った時に助けてやることを考えればいいんだ」
 なんだか美談にまとめられているような、天狗の思うつぼというか。苦笑して鳥羽の囁きを聞いていた私たちの目の前で、白波さんが発奮した。


「そうですね! 私はいつか華麗に月之宮さんを助けに行きます!」
 そのいつかが一生来ないことを祈りたい。
そっと白波さんから視線を逸らすと、福寿がなんだか慈愛のこもった眼差しで彼女の方を見つめていた。これはあれだ、将来の夢を語る小学生を目の当りにした時の目だ。


「そろそろ行こうか?」
 隙のない身のこなしで椅子から立ち上がった希未に、私は言った。


「ねえ、やっぱり希未は一緒に行かない方がいいんじゃない」
「大丈夫だって! 私は逃げ足は速い!」
 何の根拠もない言葉を自信満々に言ってのけた希未は、腕組みをしてにししと笑っている。どうしたらいいのか途方に暮れていると、なんと福寿が追い風を送った。


「……別にいいのではないかしら?」
「なんでですか! 希未は一般人なんですよ!」
 私が噛みつくと、福寿はひたすら困り顔をしている。自分をかばってくれる保険医の後ろにさっと隠れた希未は、両手を組んで懇願の姿勢になった。


「行くも行かないも自己責任でしょう」
「そう! 自己責任! 私もそれを云いたかった!」
 絶対アンタ、さっきまで何も考えてなかったでしょう。
私が白い眼を向けても、希未は勝ち誇った顔のままである。いくら止めても勝手に付いてくるものは仕方がない。心配する人間のことも慮って欲しいものだけど、しょうがないものはしょうがない。
ため息をついて、しっしと手を動かしてもいなくなる様子はなかった。








 待ち合わせ場所に指定された教室に入ると、中には八手先輩がたった一名で私のことを待っていた。
連れてきたメンツに彼は意外そうな雰囲気になるも、それに対して文句を言う様子はない。眉一つ動かさない彼の表情にひとまず安堵していると、にこやかな態度の福寿が先手を切って口を開いた。


「ごめんなさいね、月之宮さんに頼まれたものだから一緒に来たの」
人当たりのいい口調で言われたセリフに、赤い鬼は一言。


「……構わない」
と告げた。
 彼は人前でも愛を語れるフランス人のような価値観を持っているのだろうか。それとも、福寿のことは私の友人枠ということになったのであろうか。


 そんなことを瞬時に考えながら、私は自分が緊張していることに気が付いた。目線は定まらないし、なんだかどう振る舞ったらいいのか分からない。
これまで意識をしたことがない八手先輩の前で、今の私はどんな顔を見せているのだろう。そのことがすごく不安になって、いつもの冷静さがどこかに吹き飛んでしまいそうだ。


「あ、こんにちは。私も八重の親友として、一緒に来ました」
 私の腕を抱いた希未がぺこりと頭を下げる。
視線を少しだけ動かした八手先輩は、返事をしない。黙殺? スルー?


「……月之宮。聡明なお前なら、こちらの要求はすでに見通していることだと思う」
 心の準備ができぬままに、彼から低い声でそんなことを言われた。
 私は思わず赤面しそうになる。
 まさか、こちらの予想通りに八手先輩はこれから愛の告白をしようとしているのだろうか?
確かに、惚れただのなんだと以前に言われたことはある。だけど、それが本気のことだとは今まで思えないでいたのだ。
なんていうか、皮肉というか、一種のユーモア的な表現だとばかり。
だから、本当に八手先輩が私のことを好きだというのなら、それはこちらの予想を現実が超えてきたことになる。
 付き合って欲しいとか、交際して欲しいとか……そんな感じのことを言われたら、私はどう反応したらいいのだろう。
色々考えながらここまで来たとはいえ、基本的にはノープラン。
いや、断るつもりではあるんですけど……。交際宣言はしていないとはいえ、私にはもう好きになったアヤカシがいますし……。
ただ、どう断ったらいいのかが困りどころ。
故に、肝心なお断りのセリフがノープランであるのだ。


「……はい」
 そう答えると、希未の私の腕を掴む力が強くなった。
……ああ、なんだか恥ずかしくなってきた。八手先輩だって、別に悪いアヤカシというわけではないのだ。
いいところも沢山あるし、私たちを守ってくれたことだって何度もある。
もしも私に相手がいなかったら、常識には疎いけどOKを出したかもしれないくらい、いい人?だ。


「……だが、やはりこういったことは言霊に出して伝えるべきものだと思ってな。ケジメというものは大事にせねばいかん」
「……あの、いつから意識されていたんですか」
 思わず聞いてしまった。
私の問いかけに、八手先輩は思慮深げな面持ちとなる。


「前に一度話したはずなのだがな。考えてみれば、相当前からだぞ。お前の為に役に立ちたいと考えたのは、出会ってすぐのことだ。無意識に、月之宮のことを認めていたのだな」
「……そ、そうですか……」
 あ、この展開、東雲先輩に見つかったらヤバイかもしれない。
 意識の端でそんなことをふと思った。
……暴風のように怒られるかも。何にもこのことを言わなかった私を含めて。


「あの、やっぱり止めません? 色々と忘れてもらうこととか、できないのかなーって……」
「オレでは不服か」


「いえ、あの、そういうわけでは……」
 目つきの鋭くなった鬼を目の前にした私は、交渉の余地がないことを悟る。
 あ、これはダメ。既に手遅れな状況だわ。
頼みの綱の福寿の方をチラリと見るも、彼女は後から参戦するつもりらしい。現時点で私に助け船を出すつもりはなさそうだ。
 ……というか、まともに取り合ってこなかっただけで、今までも思い返せば八手先輩は私に告白めいたことを言っていました!
緊張で青くなったり赤くなっていたりしている私に向かって、八手先輩は息を吸い込んで申し込んできたのだ。








「――頼むから、オレを月之宮の式妖として使って欲しい!」


確かに現実は予想を超えていた。
――想定の斜めをぶっちぎったそのセリフに、意表を突かれた私はポカンと口を開けてしまったのだから。







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