悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆212 文化祭 (5)







 目的の喫茶店は、家庭科室の隣でやっていた。
メニューにも気合が入っており、予想以上の賑わいを見せている。
呑まれるように笑顔で溢れる客の波に、私はどこか疎外感を覚えてしまった。もしもこの場で私が人間ではないことを気付かれてしまったら……そんな突拍子もないことを想像しては、怖くなって口端を歪める。


そんなことには気付かない東雲先輩がチケットを使って、珈琲を二杯注文をする。
緊張しながら彼のブレザーの裾を握ってしまった。


「……どうしました?」
「…………」
 戸惑いながら問いかけられても、この不安をなんて表現したらいいのか分からない。
ガヤガヤと騒がしい店内で2人で立ち尽くしていると、そこに元気な声がした。


「まっ、月之宮さんと生徒会長じゃありませんの!」
 生粋の人間、キャロル先輩が可愛らしいメイド服を翻してこちらに駆けてきた。
パタパタと走って来た彼女は珍しくウエーブヘアーをツインテールに結っており、ヘッドドレスまで身に着けている。フリルがふわふわと浮かぶ。
面食らったこちらに、彼女は満面の笑みで出迎えてくれた。


「……八重、知り合いですか?」
 すっかりキャロル先輩のことを記憶から消去している東雲先輩の言葉に、私はぎこちなく頷く。
そういえば、一時期彼女は東雲先輩のことを好いていたはずだ……。


「色々お世話になっている、キャロル先輩です」
「そうですわね! そうでやがりますわね! おほほ! もっと褒めてくれてもよろしいですわよ!」
 揉めるかと思ったけど、あっけらかんとした返事が返ってくる。過去は引きずらない主義なのか。それとも、突き抜けて寛大で優しい性格をしているのか。……多分後者かな。普通は怒ってもいいシチュエーションだと思うけど……。


 女王様のように高笑いをしたキャロル先輩に、東雲先輩は頭が痛そうな表情になる。めんどくさい人間と関わり合いになってしまったと思っていそうだ。
珈琲を飲んでいる私たちからここに来るまでの事情を聞いたキャロル先輩は、満足げな顔になった。


「客引き部隊もいい仕事をしやがるではありませんの」
 ず、ずー。


「先輩は、仕事はしなくていいんですか?」
「あたくしは、これから野暮用がありますのよ。もうそろそろ交代ですわ」
 にまっと悪い笑みになったキャロル先輩は、私たちに誘いをかけた。


「折角ですし、2人も一緒に行きませんこと? 文化祭実行委員の那須がこれからイベントに出るようなんですのよ!」
「イベントですか」
「それも、コンテストですわ! 一体何を競うのか楽しみじゃありやがりません?」
 確かに、めぼしいものは殆ど見物してしまった後だった。好奇心を刺激された私の笑顔に、東雲先輩がため息をつく。


「行きたいのなら、そう言いなさい。八重」
「えっ」
 やっぱり顔に出てた!?


 だって、こういうイベントって基本的には盛り上がるものじゃない。
 止めはしませんから、付き合いますよ。
目と目でそんな会話をした私たちに、キャロル先輩の表情がぱっと明るくなる。緑色の目が輝き、色白な頬の血色が良くなった。


「……って、まさかその恰好で行くんですか?」
「どうせ離れるなら、喫茶店の宣伝もしてくるようにって……」
 いそいそ看板を持ったキャロル先輩がこてんと首を傾げる。いかにも目立ちそうな彼女の支度に困っている私の腕を掴んで、強い力で引っ張られた。


「わ、」
「さあ行きますわよ!」
 まるで元気のいいワンコみたいにはしゃいでいる。
距離感の近さに目をまわしながら、強引に連れ出された私を追いかけるように、東雲先輩が長い脚で追ってきた。
私はくらみそうな瞬間に瞳を閉じて、気が付いたら笑い出していた。






「ここのはずですわ!」
 仁王立ちのメイドになったキャロル先輩の言葉に、設営された屋外ステージを見ると、そこではまだ企画の準備がされているところだった。
前座として、何者かがダンスをして盛り上げている。那須先輩の姿は見えない。どこにいるのだろう。


 機嫌の良くない東雲先輩が腕組みをしているが、キャロル先輩はそんなことはお構いなし。この2人の相性は余り良くないのかもしれないなぁ……。
そんなことを思いながら立っていると、ひょっこら会場にいた希未が驚いた目で話しかけてきた。


「ひゃれ? 八重ったらひののめしぇんふぁいとデートなんらなかっふぁの?」
「食べているものを飲み込んでから喋りなさい」
 呆れた顔の東雲先輩から告げられた希未は、ごくりと食べていたクレープを飲み込む。おっさんみたいにジュースを飲んで、ぷはあと空気を吸い込んだ。


「なんでデートに出かけた八重がメイド服のキャロル先輩と一緒にいるのさ?」
 至極もっともな疑問だった。
どうしてと聞かれても、成り行きとしか答えようがない。


「東雲先輩かわいそー、折角八重と2人きりだったのに」
「うぐ、」
 私が言葉に詰まると、同情の眼差しを注がれた東雲先輩がイラッときた表情になった。伸ばした指の長い手のひらが希未の頭蓋骨を掴んでギリギリ締め上げる。


「……お前の口は余計なことしか喋れないんですか……っ」
「いひゃい、痛い! ごめんなさい、ごめんって!」


「……これ以上何か言うようなら、どこぞの雀のように舌を切りますよ」
 ブラックなオーラを纏っている東雲先輩から、涙目になった希未の頭がようやく解放される。脅し文句に聞こえるけれど、私の耳にはその危険発言は本気に聞こえた。
東雲先輩、怖い……とブルブル震えている希未は、アラームがかかった昔の携帯電話のように振動している。
この妖狐は存外人間にも容赦がない。


「あ、始まりましたわ」
 ステージに目を向けたキャロル先輩が、その一言を洩らす。
そこに立っていた司会者の文化祭実行委員の生徒の中でも、那須先輩はとてもよく目立った。すごく分かりやすい恰好で、全力で観覧者のウケを狙ったその姿は……なかなかに個性的。
白いドレープのワンピース。垣間見える引き締まった太もも。真っ赤な口紅。白粉の塗られた顔には、チークがどでかく塗られており、仮装大賞でよく見かけるマリリンモンローの仮装をしていた。


「……キャロル先輩、アレって那須先輩ですよね?」
 衝撃を受けている私たちに、冷静な希未の声が響いた。そのくだらなさに呆れた東雲先輩はもう見るのも嫌になっているご様子。
キャロル先輩はきゅっと唇を引き結ぶと、気丈にもその目を逸らさなかった。
扇風機によって送られた風に仰がれたスカートから、お色気全開に那須先輩のトランクスが丸見えとなったが、ひくひく口端を動かしただけだった。


「あんの馬鹿……っ」
 いや、怒っていた。
普通に臨界点ギリギリまでメーターは黄色になっている。流石にあばたもえくぼとはいかなかったらしい。
笑うに笑えない私たちだったけど、会場はどっと賑やかになっていた。大笑いをしている観客に、那須先輩は嬉しそうにマイクをとった。
「第二十五回、慶水高校女装コンテスト始まるぜ!」とハウリングが聞こえる。




 嵐の企画は、まだ始まったばかりだ。







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