悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆200 仲間への報告 (2)







 生徒会室をノックすると、そこには真っ暗な空間で1人居残り作業をする東雲先輩がいた。ノートパソコンの明かりだけで山となった書類を捌いていくその姿は正に仕事の鬼といった感じだ。


「……入りなさい」
 若干の低い声でそう言われ、私と鳥羽は入室をする。


「失礼します」


「書類ならそこに置いていって下さい。僕も暇ではないので、事務手続きは明日以降になるかと思いますが……」
と顔も上げずにそう言った東雲先輩に、私は声を掛ける。


「お忙しいところすみません。どうしても急用があって……」


「……急用?」


 訝しげな表情になった東雲先輩が視線をようやくこちらに向けた。青い双眸が私を捉え、大きくなる。かけていたブルーライト用メガネがずり下がり、呆けた顔つきになった。


「八重……」
「ごめんなさい、お仕事をしている最中に来てしまって」


「いや、いいんです。どうせ大した仕事というわけでは……ゴホン。君との時間の為なら、いくらでも時間を割きましょう」


 歯の浮くようなセリフを吐いた東雲先輩に、鳥羽が居心地の悪そうな表情をする。そりゃそうよね。私と東雲先輩の距離は春よりずっと近しいものになっていて、もしかしたらこの先付き合うことになるかもしれないわけだし……。そのことを意識した途端に、私の顔がぼっと赤く染まった。


 どうしよう、東雲先輩の顔をまともに見れない……っ
そそそ、そんなことを考えている場合じゃないっていうのに!


「あああの、すごく重要な話があるんですけど、今っていいですか?」
「僕に重要な話?」


 どもった私の言葉を聞いた東雲先輩が固まる。
少しずつ彼の顔に血の気が集まっていく。


「まさか、八重……」
 ぎくしゃくとした動きになった彼に私はたまらず、勢いよく言った。


「……不滅の迷鬼に会ったかもしれないんです!」
 耳を赤くしそうになった東雲先輩の目が宙に浮いた。何か別の勘違いをしていたらしい彼は、10秒くらいかけてようやく再起動する。




「……あ、そっちですか。…………って、え?」
 先輩の、表情が変わった。
金色の眉を吊り上げた彼の反応に、立っていた鳥羽が腕組みをする。


「どうやら、栗村と一緒に買い出しに出かけたときに遭遇したようです」
「紫色の目と稲わら色の髪をした、ウィリアムと名乗る背の高い外国人で……。友達に会いに来たと言っていました」


「…………」
 沈黙した東雲先輩の眼差しがきつくなる。
椅子から立ち上がった彼は、静かにこう言った。




「分かりました」


「先輩、白波さんはどうしましょう。避難できるあてとかありますか?」
「彼女には八手が護衛についていたはずです。それに鳥羽と月之宮の要人警護も加われば防衛の戦力的には十分なはずですが……」
 視線を動かした東雲先輩に、私は言う。


「蛍御前のところに預けるのはどうですか? 神域になら手出しができないんじゃ……」
「……あの神龍のところですか」
 東雲先輩の機嫌が露骨に悪くなった。
妖狐から人を殺してしまいそうな殺気が漏れる。それを感じた私は身震いした。


「連絡手段はあるのですか?」
「えっと……」
 何かあったときには、跪いて懇願すれば助けてやらなくもない的なことを言われた覚えがある。そのことを東雲先輩に話すと、彼は「当てにならないですね」と軽く笑い飛ばした。


「本人が希望するなら、日之宮にでも預ければいいでしょう。ただし、あそこの陰陽師衆で匿うよりも僕らで守った方が安全だとは思いますが、ね」
 嘲るような東雲先輩の声に、私は黙り込む。
確かに、人間の手だけで守るよりもこの街に留まった方が戦力が大きいのだ。でたらめな実力を持っている東雲先輩や八手先輩がいるだけでも安心感が違う。
ましてや、白波さんの彼氏はこの戦闘の天才の鳥羽なわけで……。


「鳥羽。あなたはどう思う?」
 考え込んでいる仕草をした鳥羽に問いかけると、彼は渋面を返してきた。


「……俺も東雲先輩の言っていることは理に適っているとは思うんだけど、なーんか、さっきから妙に引っかかるんだよな……」
何か重要なことを忘れている気がする、と天狗は言った。




「あ、松葉のことじゃない?」
「……あ、忘れてたぜ。アイツなら簡単だろ? 月之宮が白波を守るように命令すればいいんだ」


「それで上手く事が運ぶかしら……」
 私に引っ付き虫のごとくとりついているカワウソが素直に従うとは思えなくて、私は唸り声を洩らす。松葉のことだから、いつまた裏切ろうとするか分かったものではない。一応契約で命をこちらが握っているといっても、式妖の命を奪う決断が私にできるのだろうか。
……多分、できない。あんなに一緒にいる相手を殺すことなんて、私には……。


「できましたら、僕も君に言われたいものですがね」
 東雲先輩が、熱のこもった瞳でこちらを見た。


「め、命令を?」
「そこまでとは言いませんが、モチベーションとしては君に願われたいんですよ」
 よく分からない理屈だけど、そういうものなのだろう。
 そうなの……かな? だよね。きっと。
深く考えることを取りやめにした私は、頭を下げて妖狐へのお願いをすることにした。


「東雲先輩、お願いします! 白波さんのことを守ってください! 大事な友達なんです!」
「分かりました」


 ニヤリと口端を吊り上げた彼は、
「――それが君の願いだというのなら、此の方が叶えましょう。月之宮のお姫様」とどこか情熱的にも見える蒼い瞳で言ったのだった。









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