悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆150 忘れた髪飾り





 家の外に出て、外車に乗り込む間際になって、これまで抱えていた違和感の正体にはたと気が付いた。
……そういえば、私、東雲先輩に貰った髪飾りをつけていない。
分かってからはストンと腑に落ちた。どうして赤いドレスじゃダメだったのかも、鏡に映る自分の姿に満足できなかったのかも。
真っ赤な薔薇のようなドレスには、薄いピンクの石が使われた八重桜の髪飾りには相性が悪い……どちらかといえば、今着ているような黒い衣装の方が見栄えがするだろう。
無意識のうちにそれを付けることを前提で衣装選びをしていたことを自覚してしまい、なんだかドキリと胸が高鳴った。


「……忘れ物!」
「え? ちょっと八重さま!?」
 慌ててハイヒールを脱ぎ捨てて玄関に戻ると、足早に自分のクローゼットに駆け込む。あれは確か、引き出しの中にしまって……ああ、これよ!


 銀のアクセサリーボックスに座っていた髪飾りを手に取ると、頭につけてあった白い花々をそっと何本か抜き取る。鏡を見ながら微調整して急いで後ろ髪に付けると、そのプラチナ細工は夜の蛍光灯を反射して美しく輝いた。
胸の奥がキュンとした。
自覚もせぬままに口元を綻ばせていると、窓の外から父のよく響く声が聞こえてきた。


「――何をしてるんだ、八重! 早く行くぞ!」
「はあい!」
 忘れ物は見つかったから、今行きます! と叫び返すと、私は後ろ手にクローゼットのドアを閉めて両親の下へと慌てて向かった。






 今宵の運転手は山崎さんではない。彼の上司だ。
 高級外車の後部座席に乗り込むと、隣に座った松葉が不思議そうな顔をした。


「忘れ物って、その髪飾りのこと?」
「ええ」
 私がはにかむと、その疑問符に助手席にいた蛍御前が振り返る。彼女に飾られていた装身具の一つがシャラシャラと音を立てた。


「なんじゃ。あんなに慌てて戻ったから、てっきりもっと違うものを持ってくるかと思うておったわ」
かっかと大笑いをしている。
 神龍の言葉に、松葉が訝しんだ目つきをした。


「そんなに大事なものなの?」
「……まあ、そうね」
 以前は重荷に思う面も大きかったけれど、今の私はもっと違った心境でこの髪飾りを扱っている気がする。


「べ、別にそこまでって訳でもないのよ! なんていうか、そのね、せっかく貰ったんだから使ってあげないと悪い感じがするっていうか……」
 そこで、自分が東雲先輩のことを気になっていることを素直に認められていない私は、平常心から何歩かはみ出してしまった。
その失言をしっかり耳にした松葉は、そのアーモンド形の目を細める。


「ふーん、貰い物なんだ」
「あっ……」


「どこのどいつから貰ったか知らないけど……なんだか、そこまで大事にしてるとこ見ると、ちょっと苛立たしいかも」
 不機嫌そうに口を尖らせた松葉が、冷え冷えとした声を出した。
どこか本能でこの送り主が男性であることを察知したのかもしれない。
くすくすと蛍御前がおかしそうに笑った。


「そう嫉妬なさんな。この宴において八重のエスコートをするのはお前じゃということを忘れおったか?」
 松葉は蛍御前の笑い声と言葉に少し機嫌を上向きにさせた。
深々と腕組みをすると、白茶の髪を弄りながらも口端を笑ませていく。


「……そ、そうだったっけ?」
「そうじゃよ」


「ボク、ダンスとか初めてなんだけどなあ……」
「じゃが、月之宮の娘を壁の花にしておくわけにもいくまい? 相手を他の者に譲る気かの?」
「まっさか!」
 フン、と松葉が鼻を鳴らした。


「他の男は精々指を咥えていればいいんだ。最も、ボクを超えるくらいにルックスがいい奴なんてそう滅多にいないと思うけど?」
「松葉の身長が些か低めなことを除けば、の」


「……そこはカウントに入れない」
 高校一年生らしい背丈をしている松葉が、むすっとそう言った。蛍御前はレディらしからぬ爆笑をしている。
そのやり取りを聞きながらも、運転手は職務意識の高い無表情でハンドルを切っていた。


「……お母さん、奈々子に本当にあの石をあげるつもりかしら」
 私が憂いながら呟くと、


「そうさのう……。驚きはしても、よくできた令嬢なら大事おおごとにはしないと思うがの。今宵は身内だけの集まりというわけではないのじゃろう?
まあ、そういった場で嫌がらせをしようと企む八重の母御もある意味大物じゃが」


「よくできた令嬢なら、ねえ……」
 奈々子は女子の中でも気が強い方だ。
控えめ、とか慎ましやか、といった言葉は彼女を表わすには小さすぎるだろう。
人前で騒ぎ立てはしなくても、いつかきっと自分を貶めた相手には反撃をしてくる予感がする。
一体どんな反応をするか分からないものほど怖いものはないと思う。
その場合、私はどう彼女に謝ったらいいものか……。


 浮ついていた気持ちを静めながら、気を引き締めていこうと自分の心に活を入れた。
 社交界とは、女性にとっての戦場なのだから。







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