悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆133 いっそのこと、このまま

 一応男子達の浴衣も用意してあったのだけど、素直に浴衣を着たのは東雲先輩と八手先輩だけだった。残りのメンバーはみんな動きやすい甚平を選んでしまっている。
待ち合わせに現れた彼らの姿を見た希未が、むっと顔をしかめて叫んだ。


「――なんで甚平なのよ! 情緒がない!」
「なんでだよ! この恰好のどこが悪いんだよ!」
 鳥羽が驚愕の反応を示す。
下駄を履いた彼は慣れた着こなしで、黒い甚平に袖を通している。相も変わらずのポニーテールはいつもの銀の組みひもでまとめられていた。


「甚平じゃ何かが違うんだって! 具体的にはお色気がないじゃん!」
 希未の力説に、鳥羽が呆れた目つきになる。


「俺らに色気を求めてどーするんだよ。お忘れじゃなければ、性別を間違えてねーですか?」
「女子には浴衣男子の特別な需要ってもんがあるの! 私の心の潤いが違う!」
 その言葉を聞き流した鳥羽は、「知ったことか」といった顔つきになった。そんな需要を満たす義務なんか欠片も感じていないのだろう。それに、そこまで意識して和服を選んでいたとしたら、あざとすぎて何か嫌だ。


「本当に綺麗だ、八重」
 白灰色の浴衣に、青い羽織。木製の下駄を身に着けた東雲先輩が、身支度を整えた姿でそこに立っていた。全体的に、軽やかな和装だ。白金髪と夏空のようなブルーの瞳は外国人のようだけど、見事に調和がとれている着こなしだった。
 彼から向けられた賛辞の言葉に、私は普段の自分の鼓動を忘れてしまった。
どうしてだろう、無性にドキドキしてしまう。
見知った顔であるはずなのに、ここにいる妖狐が別人に感じてしまうのだ。


「……お、お世辞は止めてください……」
「そんなことを口にするわけないだろう。ここにいる誰よりも、君が一番可愛いよ」
 ――かあっと頬が熱くなって、頭に血流が集まった。
東雲先輩の殺し文句に戸惑っていると、彼は微笑んで私の耳元に囁く。


「……それに、僕のあげた髪飾りもよく似合っている。想像以上だ」
「本当は付けるつもりはなかったんです……」
「本当に?」
 嘘はダメだよ、八重。と彼は吐息を洩らした。


出まかせではない。本当にこの髪飾りを使うことは予定に無かったことだ。それを頑なに主張しようとしたけれど、とろけそうな笑顔を浮かべている妖狐に口をつぐんでしまう。
そのまま手の平をとられ、指を絡ませられ、息を竦めてじっとしていると――、
 東雲先輩と繋いだ私の手を松葉が勢いよく断ち切った。


「アイヤーーーーーーーーッ」
 奇声を上げた松葉が、私たちの間に飛び込んでくる。番犬みたいに唸り、犬歯を剥きだしにして東雲先輩に睨みをきかせた。


「油断も隙もない! 八重さまを祭りでエスコートするのは式妖のこのボクだからね!」
 自分に親指を向けた松葉は、薄い緑色の甚平を着ていた。珍しい色の和服だけど、白茶ミルキーブラウンのくせっ毛と深緑オリーブグリーンのアーモンド形の瞳によく映えている。高校生男子にしては可愛らしい雰囲気だ。
偉そうに腕組みをして仁王立ちになった松葉に、東雲先輩は眉間にシワを寄らせた。軋むような空気に、私が身震いする。


「……どけと云ってもどかないんでしょうねえ?」
「当たり前だろ。ご主人様の隣は未来永劫永遠に! 病める時も健やかなる時も! ボクという男で埋まってますから」
 松葉のドヤ顔に、凍えそうな程の吹雪が幻視された。東雲先輩は火の属性を持っていたはずなのに、この場の空気まで操れるとでもいうのだろうか。




「おお……、おっかねえ」
 引きつった柳原先生の、白い縞柄の甚平の裾を遠野さんが引っ張る。振り返った雪男の目をじっと見つめた文学少女は、無言で何かを要求していた。


「…………」
「ああ、うん……。遠野も、充分に可愛いデスよ」
 苦笑した柳原先生の褒め言葉に、遠野さんは嬉しそうに微笑んだ。もしも犬の尻尾があったら、ちぎれそうなくらいに振り回していただろう。
結局、彼の落としたサングラスは海から見つからなかったらしい。諦めて素顔でいるけれど、せめてもの抵抗にキャップ帽を被っていた。
白い縞柄の甚平にキャップ帽の雪男……まあ、悪くはないけどさ。


「おい、白波。なんでお前、八重桜の浴衣なんか着てるんだよ」
 理解不能といった表情になったのは鳥羽だった。


「あの、これは……。えっと……」
 白波さんが後ろめたそうに俯いてしまう。それを見た希未が、ため息をついて手助けをした。


「これ、八重の浴衣だよ。よく白波ちゃんに似合ってるでしょ?」
「やっぱりそうか……。確かに、似合っちゃいるけど、どうして白波が着てるんだよ」
「それが全てだよ」
 はあ?と鳥羽が首を捻る。


「八重が気まぐれで自分の浴衣を貸しちゃったの! 白波ちゃんがこれを気に入っちゃったからって……なんて奥ゆかしくて遠慮しいで優しいんでしょう。私の親友ったら!」
「おい、白波が死にたそうな顔になってるからそこまでにしてやれよ」
 鳥羽の横目に対し、希未の発言を聞いた白波さんの顔色は白くなっていた。まるで自供を迫られた犯罪者のようだ。


「そんな……そんなことをするつもりじゃなかったんです……」
「大体事情は分かったから気にするな。その浴衣、よく似合ってるよ。うん」
 鳥羽が哀れむように白波さんの肩をポンと叩いた。彼女は、自分の顔を両手で覆ってうなだれてしまう。




「じゃあ、こういうのはどうでしょう? 祭りの屋台で勝負して、勝った方が今晩の八重を独占するというのは?」
 東雲先輩の吹っ掛けたセリフに、松葉が鼻で笑う。


「そんな言葉にボクが乗るとでも思ってるの?」
「ええ。それとも、怖いんですか?」
 臆病者呼ばわりされそうになったカワウソは、眉毛をぴくりと動かした。オリーブグリーンの瞳を動かし、きつく東雲先輩を睨み付けた。


「んなわけあるか!」
「なら、決まりですね」
 勝手に2名の間で進んでいく話に、私はがっくりと肩を落とすしかなかった。
 こちらの意思とかそういうものは、配慮して下さらないんですね……。
まあ、アヤカシに期待するだけ無駄というものだ。それを実感した私が遠い目になる傍らで、2人は旅館のホールでガンを飛ばしあうのだった。






 地方のお祭りなだけあって、規模はそこまで大きくはなかった。神社の広さも明治神宮とかには劣るし、お神輿だって小さい。


「なのに、なんでこんなに人ごみがすごいのよ……」
 思わず呟いてしまった月之宮八重の言葉に、くすりと東雲椿が微笑んだ。


「田舎は楽しみが少ないですし、観光客も沢山来てるんでしょう。僕と手を繋ぎますか?」
「いーえ、結構です」
 ツンと断ってきた八重だったが、東雲の発言を聞きつけた瀬川が目くじらを立てた。


「お前! なんで早速抜け駆けしようとしてるんだよ!」
「これは純粋な好意ですよ」
「嘘つけ! この野郎!」


 鳥居を潜りながら、蛍御前がため息をつく。
「この神社には神はおらぬようじゃな……。見事に空っぽじゃ」
「え!? そんなことが分かるんですか?」
 びっくりした運転手の山崎に、蛍御前は儚く笑った。


「よくあることじゃよ。戦時中に力のない神は多くが身を滅ぼすまで人に肩入れしたものじゃ。元から空位であったのかどうかは知らんが、信仰はあってもこの神社に神は不在じゃ」
「それも勿体ない話ではありますねえ……」
 山崎の吐息に、今の話を聞いていた白波小春が不思議そうな顔になる。


「瀬川君、この神社の神様になれば良かったんじゃないですか?」
「効率が悪いよ」
 瀬川松葉は、不機嫌に返した。続けて天を見上げながらも、


「確かにこういった神社を乗っ取ることも考えたさ。
でも、それってつまるところボク自身に向けられた信仰じゃないだろ。それを盗み取るのはエネルギー換算で無駄が多いんだ。神主を説得するのも難しいしね。
効率と居心地を考えたら、学校全部をボクの神社に書き換えた方がずうっと魅力的だったよ」


「そうなんだ……」
「お前、絶対ボクの云うこと理解してないだろ」
 瀬川にじろりと睨まれて、白波は焦った表情になる。


「そんなことは……っ」
「まあいいけど。今はさほど神になることには頓着してないしね。それよりもずっとずっと欲しいものができたから」
「え?」
 瞬いた白波を無視して、瀬川はにこやかに八重を褒めちぎった。


「それにしても、八重さまって浴衣も似合うんだね! こんなに綺麗だとボク、なんだか変な気分になっちゃいそうだなぁ~」
「……あ、そう」
 目くばせをしてくる瀬川に八重は取り合おうとしない。


「お前はこの冬瓜でも抱いてなさい」
「へぶ!?」
 東雲椿に大きくて重量のある冬瓜を顔面に叩きつけられ、瀬川がひしゃげた声を出す。ちょうど地元の農家の出していた売り物であったが、200円のわりにいい仕事をした。


「あっ、あそこにシシケバブの屋台がある!」
「おお、本当か!」
 とある方向を指差した栗村希未に、蛍御前が反応する。鶏肉のかたまりを焼いているおじさんは、アラブ系臭い雰囲気を出していた。
2人が駆け出していくのに、鳥羽が慌てる。何故なら、はぐれたら面倒なことになるからだ。


「おい、待てよ――」
「いいわ、私が追いかけるから」
 月之宮八重が表情も変えずに、食べ物の屋台の方に消えた彼女たちを追っていった。それに安堵した鳥羽が隣を見ると、今度は白波小春がいない。


「しらなみぃ!! 勝手にうろちょろすんじゃねえ!」
 怒りを覚えた鳥羽が探し出した時には、白波は金魚すくいを呑気に1人でやっていた。何故かポイを山ほどもらっている。サービスされすぎだろう。


「あ、鳥羽君」
「なんで声もかけずにいなくなるんだよ!」
「えっと……?」
 白波小春に自覚はなかった。それに脱力しそうになった鳥羽がイライラしながら辺りを見回すと、今度は他のメンバーがいなくなっていた。


「なんで勝手にいなくなってるんだよ!」
 金魚すくいが終わるのを更にイライラしながら待った鳥羽は、今度は柳原に電話をかける。スマホをタップして耳に当てると、


『――おお、鳥羽か。どうした?』
とのんびりした雪男と電波が繋がった。


「なんで集団行動しないんだよ」
『いや、オレたちは一緒に行動してるからな? 山崎さんもいるし、遠野も蛍御前もいる。てっきり、オレはみんなが遊びにいっちまったのかと……』
「俺がはぐれたって云いてえのかテメエ!」
 その評価は不服である。頭にきた鳥羽の怒声に、柳原は電話の向こうでニヤニヤした。


『どうせ白波と一緒にいるんだろう? なんなら、そのままホテル街へ消えちまえばいいじゃねえか。行方なんてどーせ分かりゃしねえよ』
「なっ…………」
 その言葉が暗に示していることに、鳥羽が赤面しそうになる。
――つまりここを抜け出して旅先のどさくさに紛れて白波を押し倒してしまえとそーいうことか!?


「できるわけねーだろ、んなこと!」
『ほほお? とんだ小心者もいたものだなあ?』


「そ・う・い・う・も・ん・だ・い・じゃねえ! 俺と白波はまだそこまでの関係になんかなってねーんだっつーの!」
『まだ?』


「揚げ足をとるな!」
 ムキになっている鳥羽に、柳原はひどく愉快な心境となった。いやあ、思春期真っ最中の青少年をからかうことほど面白いものはない。
それが片思いをしているアヤカシであれば尚のことだ。


「大体、教師だからって言い訳ばっかりしてるお前にだけは云われたくねえよ」
 雪男にとっては酷いカウンターだった。


『……ナンノコトデスカ?』
「あからさまに片言になったな」
 鳥羽は余裕綽々な笑みを浮かべ、反撃を始めた。


「最近の遠野って可愛くなったって同級生の間で噂になってきてるんだぜ?」
『それをオレに聞かせてどーしたいので?』


「別に? 何か感じたりしないのかって話だけど?」
『そんなこと云われてもなあ?…………』
 形勢の不利を感じた雪男は、耳から電話を離して通話を切断した。それに気づいた鳥羽が舌打ちをするが、相手に届くわけもない。


「どうしたの? 鳥羽君」
「いや……、あの野郎、逃げやがった」
 もっと揺さぶりをかけてやるつもりだったのに。
訝しげな顔をしている白波に、鳥羽は不満げにこう言った。


「……このまま、祭りを2人で抜け出してみるか?」
「どこに行くの?」


「たとえ話だよ」
「別に一晩のことだし鳥羽君となら、どこに行ってもかまわないけど……」


 白波から呟かれた殺し文句に、鳥羽杉也は心底どこかに頭を打ち付けたいと思った。
ここは神社の境内だ。五寸釘を打ち込めそうなちょうどいい太さの杉の木はどこかに探せばあるだろう。それとも、冷水を頭から被った方がいいだろうか。


「……ちょっと、荒れた海に今から飛び込んでくるか」
「流石にそれはイヤだよ!?」
 鳥羽の発言を取り違えた白波小春が、慄いて後ずさりした。浴衣で夜の海に入るのはいくらなんでも遠慮したいことこの上ない。


「俺、1回ぐらい死んだ方がいい気がするんだ。なんか変な幻聴が聞こえた気がしたから」
「自殺願望を持つくらいの幻聴って何なの?」
 真顔になった鳥羽に、白波も真顔を返した。


確かにこのバカ女相手だったら、夏の勢いで口車に乗せてホテルまで連れてって手籠めにするぐらいできそうな気がした。
あながち実現不可能なことではないかもしれないが、それをやった瞬間に今まで積み上げてきた信用は瓦解するだろう。
それで警戒されるようになったら、元の木阿弥ではないか。


「鳥羽君。自殺以外だったら何でも云って。できる範囲なら何でも協力するから」
 胸を叩いた白波小春の笑顔に、


「いっそお前をこのまま抱き殺しちまった方が何もかも早い気がしてきたよ」と目元に影を作りつつ、誰にも聞こえないぐらいの声で鳥羽杉也は呟いたのだった。







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