悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆127 着替えにあげつらいは野暮というもの







 辿りついた海を見て、バスを降車するなり蛍御前は飛び跳ねた。


「海じゃ! 広い海なのじゃ! 気持ちいいのうっ」
 やはり水の神様だから嬉しくてたまらないのだろうか。その喜びように微笑ましくなると、私の隣にいる松葉もうずうずしていることに気が付いた。


「何だよ、アイツ。たかが日本海じゃん。この程度であんなに喜ぶなんて……」
「素直になったら? 松葉」
 私の言葉に、松葉が口をつぐむ。そして、少し黙った後にこう言った。


「ま、まあ天気はいいよね! 八重さまと遊ぶには悪くないんじゃないのかな!」
 もう、意地っ張りなんだから。最初から素直になってればいいのに。
 あれ? もしかしてこれって私にもブーメランになってる?
ドキッとした私に、白波さんが笑いかける。


「月之宮さん! 写真撮りましょう!」
 ここでも写真か。
晴れた日本海をバックに作り笑顔を浮かべた私に、白波さんが何枚もスマホのシャッターを切る。そこにデジカメを持った希未も参戦して撮ろうとする。
この際だから、私もみんなのことを写真に残しておこう。パシャパシャと音を立てながら風景と人物を収めていくと、遠野さんが何か言いたげに柳原先生を見た。


「……いや、遠野。オレ、写真だけは勘弁して。な?」
「……私は何も、言ってません」
 目は口ほどにものを言う。教職についている雪男が居心地悪そうにしている姿に、思わず私は噴きだした。
あはは、おかしい。なんて顔をしているのよ。
笑顔で涙を拭っている私に、カメラを手に持っていた東雲先輩が目を見張る。意外そうな顔で、手のひらはズボンのポケットに突っ込んでいたままだ。
こちらに向かってパシャッと音がしたと思ったら、犯人は生徒会長だった。


「ちょっと! 何で私のことを撮ってるんですか!」
「……いや、貴重なものが見れたので、つい」
 嬉しそうに妖狐が微笑う。機嫌のいい彼の様子を見ていたら、怒ろうとした気持ちも忘れてしまった。
 そんなに私のことが好きなのかな?
正直、狐の言うことなだけに騙されているのではないか?といった不安さえ感じてしまう。二度のキスをしてしまったわけなのだけど、相手は長生きなんだから私と違って初めてということはないだろう。
だとすると、あれで何かを感じている私は先輩の思うつぼなのだろうか。そうだとしたら、無性に悔しいと思う。


「どうせ、私のことなんでそれほど好きでもないくせに」
 ムッとした私が拗ねると、東雲先輩がたまげたようにこちらを見た。


「どうしてそんなことを云うんです。八重?」
「長生きな先輩は、どうせ私のことなんて遊びでしかないんでしょう。考えてみればそうだわ。アヤカシの言葉を真に受けるなんて、私ったら馬鹿みたい」


「ちょっと待って下さい。どうしてそんなことになるんです。僕は本気ですよ。ちゃんとそう伝えてきたはずじゃありませんか」


 知らないったら。
へそを曲げた私に、東雲先輩が理解できないものに直面したような反応をする。その表情を見ないように知らんふりすると、妖狐は私の肩を掴んできた。


「……っ、八重――」
「……私に慣れなれしくしないで」
 仮に付き合ったとしても結婚なんてできない間柄だ。未来も見えない関係なんて積み上げるくらいなら、何も無かったことにした方がいい。
今だったら傷も浅い。まだやり直せる。
アヤカシとの恋なんて不確実なものにハマる前の自分を取り返すことだって……。


 海風が私の伸びた黒髪を舞い上げた。白いワンピースの裾がはためいて、その下に着ていた黒いショートパンツと太ももが露わになる。


「月之宮さん、栗村さん! 着替える場所ってどこですか?」
 水着の入った袋を持った白波さんが、私に問いかけた。


「それなら、多分あっちじゃないかしら」
 すっと海の家を指差すと、白波さんがそちらを見る。恐らく、あそこの更衣室で着替えができるはずだ。


「一杯お客さんがいるね~。まるで人がゴミのようだ」
 ラピ○タのムスカのセリフから引用した希未は、眩しいものを見るような目をした。その言葉の通りに夏休み中の海水浴客で浜辺は溢れかえっており、ひどく賑わっている。
海の家の近くにはライブ会場が設営されていて、ギターを持った若い歌手が歌声を響かせていた。


「おっ、あっちにイカ焼き売ってるぞ」
 嬉しそうに海の家ののぼり旗を見つけたのは鳥羽だ。


「そんなことより先に着替えようよ」と、希未が呆れ顔になる。そのまま私の腕をとって、道路を歩き始めた。
「2人とも待ってくださいっ」
 置いてかれそうになった白波さんの声と遠野さんの足音がして、むくれていたはずの私は思わず薄く笑った。






「……こんな感じかしら?」
 ショッピングモールで買った水着に着替えた私は、お尻のところを指で直した。紺色のショートパンツに白いタンクトップのクールなタイプだ。
胸元のせいで生地が足りなくなって、おへそが少し見えてしまっている。
首元の紐を結び直し、髪の毛を1つに結ぶ。長さの都合で三つ編みにはできないから、斜めに下ろした。


「うっわ~、露出が少ないのにエロい! エロ可愛いよ、八重!」
 オッサンのような表情で、オレンジのチューブトップを着た希未がご満悦に笑う。


「うっさい」
「何食べたらそんなに育つの!? やっぱ牛乳!? それとも大豆イソフラボンですか!?」
「セクハラは止めてよ! ……もう」
 私の胸をガン見している希未に、私が渋面を浮かべる。すのこの上で後ずさると、着替えている途中の白波さんとぶつかった。


「キャアッ」
「あ、ごめんなさい」
 慌てて後ろに振り返ると、そこには可愛らしい浜辺の妖精が出現していた。ピンクと白のビキニだ。控えめな胸元はピンクの上衣で、腰の辺りは白いフリルで隠されており、愛らしさと清楚さを共存させている。
タオルで恥ずかしそうに身体を隠しているけれど、それもまた乙女ゲームのヒロインの面目躍如といったところか。


「か……」
 ……かっわいいいいいい! 何これ! 本当に同じ人間なの!?
同性だというのに思わず赤面してしまった私に、白波さんが潤んだ瞳を向けた。


「あの……、ど、どうですか」
 ヤバイ、鳥羽に見せたくないぐらいに可愛い。このまま隠しちゃいたいぐらい。


「……ま、まあいいんじゃない?」
「変だったりとか、浮いてたりとかしません?」
 浜辺で注目は集めるだろうなぁ……。
それをそのまま伝えていいものか悩んでいると、服を畳み終わった遠野さんが振り替えった。


「……どう」
 小さな声に視線をやると、そこには三つ編みをほどいた漆黒のビキニ姿の女子高生がいた。ウエーブがかった髪は細い背中へと流れ落ち、白く日焼けのない肌によく映えている。大人しそうな本人の印象とは裏腹に挑発するような水着がなんとも刺激的だった。


「遠野ちゃんも大胆な水着を選んだねー。やけに布地の面積が少ないじゃん」
 希未が感心する声を出すと、遠野さんはもじもじと手の指を絡めあわせた。


「だって……、先生には少しでも私のことを、意識して欲しいから……」
 はいはい、ご馳走様です。
 呆れてしまうぐらいにこの娘は雪男一筋だ。報われていいものか判断はつきかねるけれど、何とかいい落としどころが見つからないものだろうか。


「八重! 妾も着替えたぞ!」
 ショッピングモールで見た向日葵柄のワンピース水着を着た蛍御前が鼻を鳴らした。腰に手を当て、何故か浮輪を持っている。


「なんで浮輪を持ってるんですか?」
「これはファッションじゃ! 妾の愛らしさとこのボディを引き立てる夏のお約束グッズなのじゃ!」
 平坦な胸を突きだし、身体をくねらせた蛍御前に私たちは顔を見合わせる。どー見ても、小学生の微笑ましさしか感じられないと思う。


「……まあ、ロリ体型にはいーんじゃない?」
 希未が呟くと、蛍御前が前歯を噛み合わせた。


「違う! 妾のボディはパーフェクトダイナマイトボディなのじゃ!」
「いや~、それには後100年は足りないと思うけどなあ。胸とか脚とか、育ちきってない感じがするもん」
 希未の客観的な言葉に、白波さんがショックを受けた顔をした。


「育ちきっていない……胸……」
 ヒロインは自分のぺたんとした胸部に手を当て、泣きそうになっている。その反応に慌てた希未がフォローをするつもりで、
「いやいや、育ちきってないってことは、これから育つ可能性のある人のことだから! 白波ちゃんはもう育った後っていうか、えっと!」
と更に心の傷を深く抉るようなことを言ってしまった。


「どうせ私の胸はもう育ちません……」
「いや、もしかしたら奇跡が起こるかもしれないじゃん! ねえ? みんな!」
 焦った希未に、私は冷たい眼差しを向けた。
「希未、アンタサイテー」


 遠野さんもそれに同意する。
「……うん、私もそう思う」


「なんでみんな味方してくれないのさ!」
 そりゃあ、他人の体型についてあーだこーだ言うような人間にはねえ?
ため息をついた私は、冷めた視線のままで希未のお腹の肉をずいっと掴んだ。


「希未は、自分の腹まわりについて言及されたらどう思う?」
「いやもう、私が悪かった! そのことについては云わないでーーーー!」
 あっという間に希未が涙目になる。手を離すと、すのこにしゃがみ込んでしくしく泣き真似をしていた。







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