悪役令嬢のままでいなさい!
☆114 リゾート地に必要なもの
リゾート地に出かける為に必要なものが何かという問いかけがあったなら、私はなんて答えるだろう。
例えば、ゆったりくつろげるコテージだろうか。それとも、のんびり昼寝できる折りたたみ式のレジャーベッド? もしくは、炭火でこんがり焼いたスペアリブとか?
いやいや、これでは即物的すぎるかしら。
もしも精神論で回答するならば……、いや、これはちょっと照れくさいかな。ベタもベタ。それは『友達』と答えるなんて。
先日思い出した記憶にある限り、高校に入学するまで私の友人は日之宮奈々子しかいなかった。彼女の性格はいいとは言い切れないけれど、少なくとも金銭絡みで豹変することはない。
普通の人間たちへ不信感を抱き、失望しながら生きていて……なのに昔の私ときたら喉から手が出るほどに温かい友情というものに憧れていた。
成績の面では学校という人間社会に適応していたようで、人付き合いにおいて破綻していた私はある種の社会不適合者だったのかもしれない。
私を変えたのは、希未だ。
霊能力を持たない普通の人間の少女だというのに、他人を遠ざけようとする私の心の防波堤を壊してくれた。その点において、希未は私の恩人だと思ってる。
常識を打ち破る破天荒な彼女の存在があったから、白波さんや遠野さん、キャロル先輩や那須先輩と親しくなることができた。
これほど多くのアヤカシたちと接触しているのに関わらず、奇跡的なバランスで私の日常は成り立って……、折り合いがついている。
私はこの均衡が崩れるのが怖い。
薄氷の上にある今の平和が、永遠に続けばいい。
そんなことを、ぼんやり考えていた私の鼓膜を、麦わら帽子を被った白波さんの歓声が震わせた。
「はわー……。月之宮さん、なんでこんなに沢山のバスを持ってるんですか!?」
月之宮家の所持している駐車場で、白波さんが目を潤ませている。隣にいた鳥羽が、呆れ顔になって呟く。
「……明らかに多すぎだろ。まさか、これが全部月之宮家のコレクションってわけじゃねーよな?」
「我が家のコレクションは別にバスだけじゃないわ。父が税金対策で色々買ってたら、ちょっと増えすぎちゃったのよ」
「このブルジョワめ」
私がため息をつくと、鳥羽が何とも言えない表情になった。
「……学校では素振りに出ない、のに……これが、本当のお金持ち」
「いや、遠野ちゃん? 月之宮家はただの金持ちの域を超えた日本有数の大富豪ですよ?」
遠野さんの感嘆に、柳原先生が突っ込む。
その近くでポッキーを食べていた希未が、にししと笑った。
「なんだかみんな目が死んでない? これぐらい予想できてたんじゃないの? 確かに壮観だけどそこまで仰天しなくてもいいじゃん♪」
「まあ、実際に見ると違うものですよ。いくら僕らの通ってる高校が私立だといったところで、世帯収入の格差はありますからねえ……」
「そのわりには、東雲先輩はそこまで動じてないじゃないですか」
落ち着き払ってバスの群れを眺めていた東雲先輩は、私に向かって笑いかけた。
「……で、八重? 僕らはどのバスに荷物を積み込めばいいんですか?」
「えっと……」
実のところ、まだ決まっていない。
「みんなに選んでもらおうと思ったんです。この中には、個室になっているタイプもありますし」
「個室ですか」
それは珍しいですね。と、東雲先輩が納得する。
「えー! それじゃあ、乗ってる間は八重さまの顔が見れないじゃん!」
Tシャツを着た松葉が早速ブーイングを発した。
「でも、快適よ?」
「ボクにそんな機能は要らないよ! 走行中に退屈するに決まってるもん」
松葉の言葉に、白波さんが頷いた。
「確かに、みんなでおしゃべりできないのは寂しいかも……」
「俺はよく寝れていいと思うけどな」
「もう、鳥羽君ったら!」
白波さんが鳥羽に頬を膨らませる。
木刀を持った八手先輩も、白波さんを横目にこう言った。
「……オレは護衛対象から目を離さないでいられる方が有難いな」
希未がそれにやれやれとツインテールを振った。
「八手先輩、真面目すぎだって。これから行くのは戦場じゃなくてリゾートですよ? そこにどんな危険があるっていうんですか」
……まあ、希未の言葉ももっともかな。
精々注意する方向性は水難事故くらいのものでしょう。
「だが、白波はフラグメントだぞ?」
八手先輩が眉を潜める。
「大丈夫ですって。待っているのはのんびりした世界ですよ」
希未がにしし、と笑った。
「個室を避けるとなると……、それでも沢山の種類のバスがあるわね」
「月之宮さん! 私はあの青いバスがいいです!」
白波さんが口角を上げて、一台の大きなバスを指差した。私は、それに首を傾げる。
「いいけど……、どうしてこのバスにしたの?」
「今日の星座占いで、青色がラッキーカラーだったんです!」
鳥羽が呆れたようにおでこに手を当てた。
「白波、お前……。安直すぎだろ」
「いやいや、こんだけ並んでると選ぶ基準もよく分かんないし、いっそそれぐらいのチョイスでいいんじゃないかな?」
希未がリュックサックを抱えて、そう言った。
「じゃあ、決定ですね」
東雲先輩が青いバスを眺めて呟いた。
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