悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆98 寂寥とヘリポート

 みんなで中型のバスに乗って郊外にある月之宮家所有のヘリポートへ向かった。普段は消防署などに貸すこともある場所だが、今回はここから高速ヘリコプターに乗り換えて無人島へ出発することになる。


 道中の車内では、みんなで駄菓子を食べた。主に希未が持ち込んだもので、蛇みたいなグミやフエラムネなどがビニール袋に詰め込まれていた。何度かそれを吹いてみようと試みたけれど、すかすかした音がしただけだった。ベビースターラーメンのくずが足元に散らばってしまったりしたけど、とても満ち足りた気分になった。


 他人を遠ざけてしまいがちな幼少期を送ってきた私はこういった時間を友達と共有することに未だ慣れてなくって、どこか新鮮な感覚になった。
 乗り換えの現地に到着すると、ステップを降りながら白波さんが驚きの声を上げた。


「――うわあ、何これ! すごい!」


 真っ黒に塗装された高速ヘリコプターが二台、堂々たる存在感を発揮しながら待機しているのを見て、感嘆したのだ。これらはアメリカ軍から買い上げて塗装し直したもので、月之宮家のマークがさりげなく入っている。最新型ではないけれど、充分に速く飛ぶことができる乗り物だ。


「時速400キロはかたいわね。調子が良ければ450までいくこともある機体よ。名前はカトリーナって呼んでいるわ」
 ヘリポートに足をつけた私が説明すると、東雲先輩が青い目を細めた。


「なんだか懐かしい名前ですねえ……いつぞやのハリケーンからとりましたか?」
「まあ、そうです」
 2005年にアメリカの南東部を襲ったハリケーン、カトリーナは当時のニューオーリンズに壊滅的な被害をもたらした。この高速ヘリコプターを使おうとすると辺りに騒音を巻き散らすことから、私の父がつけた名前だ。


「聞くところでは、ハリケーンに人間の名前をつけるきっかけは小説に影響されたとか……。
カトリーナの惨事を聞いた時にはにっくきアメリカに思わず同情しましたよ。日本にも地震がありますが、かといってハリケーンの被害だってシャレになりません」
 私たちの会話に、松葉が顔をしかめて呟いた。


「何だか嫌な名前のヘリだなぁ……。ボクらを乗せたまま墜落とかしないよね?」


「お前が大人しくしていなければ、故障してそうなってもおかしくはありませんよ? 長生きな僕はそうなっても死なない自信がありますが、ね」
「あっそ。何だかんだでボクだって多分死なないさ。……まあ、この中で空中へ緊急脱出できるような奴は限られているだろうけど……」
 松葉がメンバーのうちの2名に意味深に視線を送った。それに気が付いた柳原先生は、引きつった表情になる。


「いんや、オレは多分すぐに死ぬから。お前さんたちほど、怨念とか強くないし」
「……死ぬときは一緒です、ね。先生」
 雪男に恋をしている遠野さんはどこか嬉しそうだ。そこに喜びを見出す辺りがヤンデレに片足を突っ込みかけている。


「まあ、柳原は即死でしょうね」
 対する東雲先輩も容赦がない。私たちの話している内容に、白波さんの目に怯えが走った。


 神龍の蛍御前は、松葉から向けられた視線に誇らしげに胸を張った。
「妾も当然ながら死なんの。もし事故でこの乗り物が墜落するようなことがあったら、皆を乗せて空を飛んでも構わんぞ」


 鳥羽も平然とこう言った。
「俺も人間1人ぐらいなら抱えて飛べるけどな」


 まあ、その天狗救助枠は白波さんで埋まっているような気がしなくもないけどね。あと、墜落しそうなヘリコプターの中から神龍の背中に移動するには、中国雑技団くらいの能力が必要になりそうな気がするんだけど……。


「うわあ、みんな超暗~い発想。もっとこう、男ならヘリにロマンとか感じたりしないわけ?」
 希未が呆れたように、スルメをかじりながら言った。隣にいる白波さんは耳を塞いでぷるぷる震えている。ネガティブなことを聞かされて涙目になっていた。


「ロマン?」
「そう、ロマン。これらの乗り物に対する高揚感とか」
 希未に向かって、カワウソの松葉が微妙な表情で首を捻った。


「オレは感じるぞ~、こういうヘリとか電車とかは結構好きな方だわ。鳥羽もそうみたいだしな?」
「まあ……、そうだな」
 雪男が片手を挙げながらのんびり返事をする。鳥羽も満更でもなさそうな顔をして高速ヘリを眺めていた。


「月之宮、この写真撮ってもいいか?」
「いいわよ。それぐらい」
 天狗は自分のスマホを操って、何枚かの写真を収めた。近くにいる白波さんにそれを見せてニヤッと笑った。


「……あんたって、結構つまらない奴なんだね」
 半目になった希未が、松葉に辛辣な言葉を叩きつける。「な…………っ」と絶句した松葉に面白そうな顔をしたのは東雲先輩だった。


「まあ、一般の男子ならこういうものを好みそうなものですしね」
「ボクはそこまでありふれた生き方していないんだよ!」


 私は、意地になった式妖に呆れた。
「ちょっと松葉。そこまで興奮しないでよ。本当に、中で暴れてヘリを墜落させるつもり?」


「コイツが減らず口を叩くのがいけないんじゃん!」
「あっそう」
 私が目を伏せると、希未は冷やかに言った。


「いくら今まで独りぼっちだったからって、これからはその空っぽな心にも何か取り入れた方がいいと思うよ。八重に迷惑をかけない程度にね!」
 正に言い逃げだった。明るい茶髪のツインテールを翻した希未は、迷うことなくヘリコプターの中に駄菓子を持って乗り込んでいく。怒る松葉は取り残されて、その場で地団太を踏んだ。オリーブ色のアーモンドアイには屈辱が浮かんでいる。


「何アイツ……! 何なんだよ、アイツ!」
「まあまあ。あれも希未の好意かもしれないし」
「あれが好意なわけないじゃん! 純度100%の悪意と罵詈雑言しかこもってないね!」


 私が式妖を宥めていると、東雲先輩はククッと笑い始めた。どこかツボに入ったらしく、身を震わせている。
 面白そうで良かったですねえ、先輩。


「ねえ……月之宮さん。このすごく高そうなヘリコプターって落っこちたりしないよね? みんなでまとめて海の中にバシャーンって溺れ死んだりとかって……」
 振り返ると、身体を小さくした白波さんが私の服の裾をひしと掴んでいた。その声は深刻そうに低く、泣きそうになっている。


「そうね……。もしそうなったら、人間の私たちは死んじゃうわね」
「ちょっと怖いよ! い、いや、ちょっとじゃなくってかなり! スペシャル!」
 冗談めかせて笑ってみせたら、本気で白波さんは怯えてしまった。specialではなくて、very scaryだと思うけれど、その辺を指摘するのはよしておこう。


「大丈夫よ。この旅行の前に念入りに点検してもらってあるもの。何か不測の事態が起こりさえしなければ、あっという間に無人島の遊園地よ」
「月之宮さんの喋ってることは難しくてよく分からないけど、ちゃんと遊園地に着くんだよね!?」


「……そんなに怖いんだったら、空を飛べる鳥羽と一緒に乗ったら? 誰か一人ぐらいは助ける自信があるみたいだったわよ?」
 私がため息を一つ落とすと、白波さんはバッと俯いていた顔を上げた。そのまま、必死の形相で鳥羽のところに歩き、祈るような態勢となる。


「鳥羽君、お願い! 私と一緒に乗って!」
 素直なことだ。
 そう願われた鳥羽は戸惑うように、
「あ、ああ……。別にいいけど」と返答をする。


「ごめんね! 迷惑かけちゃって……」
「いや、一緒に乗るだけだしな。余計なトラブルばっか起こしそうなこのメンツでヘリに乗るのは誰だって怖くなるだろ」
 鳥羽はそう言いながら、ちょっとにやけ面になった。明らかに頼られたことが嬉しかったみたい。まるで自分だけはトラブルメーカーとは違うと云いたそうだ。
 荷物の運搬を月之宮家の使用人に任せた2人は、連れだってヘリに乗り込んでいく。その後ろ姿を寂寥を感じながら眺めていると、そんな私に蛍御前が声を掛けた。


「……そなたは、あれで良かったのかの?」
 突然にそう訊ねられ、私は泡を食う。


「なななな……何をですか?」
「白を切るでない。あの天狗を神子にくれてやるようなことをして、辛くないのかと聞いておるのじゃ」
「辛くないかって……」


 白波さんを出し抜きたいと考えたことが無いかといえば、嘘になる。けれど、2人のことを応援しなければならない。しなくちゃいけないという強迫的な意識がどこからか無自覚に働いて背筋をぞっと滑り落ちた。
 私は陰陽師あくやくれいじょうだ。そもそも原作のポジション自体がアヤカシと結ばれるものではないし、それを考えることにちょっとした恐れも感じる。私の調子ペースは狂わされてばかりだけれど、だからといってそれがすぐに恋に転じるわけではない。


 不完全燃焼。分かりやすい言葉で表すとしたら、それだった。鳥羽への気持ちや思いを『恋』にカテゴライズしていない以上、私に『失恋』が訪れることもない。
 春の終わりに胸の痛みに決着をつけたようで、私の気持ちの片付け方は逆にその存在を際立たせてしまっただけで、ただの永続性をプレゼントしてしまっただけなのかもしれなかった。


「どうしてそんなことを聞くんですか?」
 なるべく冷たい表情で逆に訊ね返すと、ヘリに乗る前の蛍御前は可哀そうなものを見るような目を向けてきた。彼女に私たちの事情は何も話していないはずなのに、この神龍は察しが良すぎる。


「どうして、のう……」
――それは、そなたが寂しそうに見えたからじゃ。私の耳に口を近づけた蛍御前は小声でそう口にした。


 もしも本当に私が寂しそうに他人に映るとしたのなら、それはどうしてなのだろう。心のどこかで、白波さんが鳥羽アヤカシを頼ったことへの悔しさがあったとしたなら、この気持ちは芽生える間近の友情であったのだろうか?
 少なくとも、この胸に去来した想いは嫉妬や悲しみばかりではなくて、そんな醜さに自分が取りつかれなかったことに少しだけ安堵した。


「……ほら、八重。早く乗りますよ」
 東雲先輩は、少し呆れたように私へ言った。私の頭に片手を置くと、その温もりを伝えてくる。


「はい」
 私は、そっと目を閉じて首肯した。
 楽しい遊園地が、私たちを孤島で待っている。







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