悪役令嬢のままでいなさい!
☆86 クラスマッチ (1)
あっさり負けた。
クラスマッチ当日、気合は十分だった。私たちのチームが2回戦で対戦したのは、三年生のバランスのとれたチームで、熟練者のバレー部の先輩が放ってくるサーブは、弱点である白波さんを集中的に狙ってきた。
怯えがみえる白波さんは懸命に打ち返そうとしたけれど予想通りに役に立たず、私もそれをフォローしようと動いたけれど、失点はどんどん重なっていった。
そして、2回戦で私はトーナメントから敗退した。鳥羽が目を見張るほどの働きをするつもりだったけれど、現実なんてこんなものだ。
「月之宮、お疲れさん」
担任の柳原先生が、こちらに声を掛けてきてくれた。安い煙草を吸っており、香ばしい煙を体育館に漂わせている。
一見普通の冴えない男性に見えるけれど、その正体はアヤカシの雪男である。
「……負けちゃいました」
「相手が悪かったな。男子バレー部のエース、一切容赦しなかったもんなあ」
一応、こっちにも何人か男子は混ざっていたんだけどね。ぎこちなく私が笑うと、「ドンマイ、ドンマイ」と柳原先生は言った。
「お、遠野がこっちに来るな」
ててててて、と女の子走りで駆けてきたのはジャージ姿の遠野さんだ。彼女は柳原先生に想いを寄せていて、絶賛片思い中である。
「……私、卓球をやってたんですけど負けちゃいました」
「遠野は1回戦敗退か?」
三つ編み姿の遠野さんは、こくりと頷く。酸素が不足しているのか、頬がちょっぴり赤く色づいている。
「……あの、先生。お昼って何を持ってきましたか?」
「オレかい?」
カロリー○イトだけど。と、柳原先生が返答すると、途端に恋する乙女の遠野さんは自分の指をもじもじ絡め始めた。どこから見ても、挙動不審に見える。
「……あの、よろしければ、で、いいんで……すけど。私、先生の分もお弁当を作ってきたので、一緒に食べてくれません、か……?」
なんですと!
偶然現場に居合わせた私はさっと顔を逸らす。
「ととと、遠野!」
「……?」
「一応教師としては、遠野と2人っきりで弁当を食べるというのは、周囲から見て不自然に映ると思わないか……?」
柳原先生は、灰色の髪を掻きながらそう言った。観察力のある人間なら、その口元が引きつっているのが分かっただろう。
「……それって、ダメってことですか」
「いや、折角の気持ちはありがたいんだがな?世の中には、外聞というものが存在しちまうわけであり……」
アヤカシのくせに、いくじなし。
雪男の言葉を聞いて、遠野さんが見るからに落ち込んだ顔色になる。わざわざ朝から早起きしただろうに、これでは彼女が可哀そうだ。
それを見た私は、我慢できなくなって恋する乙女を援護した。
「――じゃあ、先生。遠野さんと2人っきりがダメなら、私も含めたみんなで一緒にお弁当を食べませんか?」
「月之宮さん……っ」
遠野さんが伏せていた顔を上げる。
「いや、その……。月之宮? オレ、まだこの学校の仕事は辞めたくないんだけど?」
「何か噂をたてられても、それなら、みんなに言い訳できるんじゃありません?」
「まあ……、そうっちゃそうなんだが……」
あともうひと押しで先生は陥落しそうだ。
私は運動のためにまとめていたポニーテールを揺らすと、遠野さんの肩を抱いて、こう言い切った。
「こんな一途な女の子がわざわざ料理を作ってくれたんですよ! ゲームでいうところの、ラブイベントが折角発生してるのに、逃げるんですか!先生!」
くわっ!
「へーへー、イベントねえ……」
煙草を吹かした柳原先生の目が、どんより濁っている。
「まあ、月之宮がそこまでしてくれるんなら、昼飯を一緒に食べてもいいんだけどな? ただ、お前さんと2人っきりで弁当を食いたかった奴が他にもいたんじゃないかって気がするのは気のせいか?」
「え?」
私がポカンと口を開けると、哀愁を漂わせた柳原先生は盛大にため息をついた。彼が去っていった後、遠野さんからとても感謝されたのは言うまでもない。
昼休み。学食のテーブルにて。
「ま、八重と2人で昼休みを過ごせるはずもないと予想してはいましたがね……」
バスケットボールの試合で勝利を納めた生徒会長の東雲先輩が、仏頂面でこう言った。あとちょっとでキレる寸前といった具合だ。
「まさかこの柳原と過ごす予定だったとは、寝耳に水ですよ」
「オレから誘ったんじゃないからな!」
「これ以上僕を嫉妬させないで下さい」
柳原先生の頭蓋骨を痛そうに締め上げる東雲先輩は、黒笑を浮かべている。私も学年が違う生徒会長のことはすっかり頭から抜け落ちていただけに、固まるしかなかった。
コンビニのおにぎり(タラコ味)を握っている希未が、その前に口を開いた。
「ま~、八重は朴念仁だからしょうがないよ」
「何よ」
丸っきり忘れていたものはしょうがないじゃない。それに、朴念仁の称号が似合うのは、正面で手作り弁当を食べている鳥羽の方だと思うんだけど。
「……朴念仁って、どういう意味だっけ?」
「広義には恋愛に疎いことだ」
可愛らしいお弁当箱をつまんでいる白波さんが首を傾げると、鳥羽が口を動かしながらフォローした。
珍しく無言でお弁当を食べているのは、松葉だ。
何故かというと、テニスのトーナメントで運悪く八手先輩とあたって接戦を繰り広げた結果負けてしまったらしい。今までボッチで過ごしていた松葉は相手が必要なテニスの経験が無かったらしく、実はルールもうろ覚えで試合に臨んだ末の出来事だった。
初心者なら初心者らしく振る舞っておけばいいのに、自信だけは人並み以上にあったのですごくショックを受けているのだった。
……アヤカシってプライドが高いって聞くからしょうがない。
「僕が八重との仲が進展しない間に、お前は白昼堂々と人間の娘とイチャイチャしているわけですか。へー、そうですか」
頬杖をついた東雲先輩の怨嗟の声が聞こえないかのように、
「……柳原先生。これも、おススメ」
遠野さんが、重箱からカボチャの煮物を箸で挟んで柳原先生に差し出した。
「…………お、おう」
雪男の紙皿に、カボチャの煮物がよそわれる。もぐもぐ咀嚼している姿は、ポーカーフェイスを気取っているようでまんざらでもなさそうだった。
「東雲先輩、そこまでにしてあげて下さい」
私が口を出すと、東雲先輩は深く息を吐いた。
「八重がそーいうのなら」
うぐっ、この口調はまだ、機嫌が悪いままだ……。
学校の平和を守るには、このアヤカシには機嫌を直してもらわないと……!
「……東雲先輩、まだトーナメント勝ち進んでいるんですよね?」
「まあ、そうですね」
「試合、是非頑張って下さい」
私がそう発言すると、東雲先輩は青い目を瞬かせた。耳を疑うといった表情で、カチンと硬直してしまっている。
「……もう1回言ってください」
「2回も言いません」
頬を緩めた東雲先輩にしつこく何度も言われたけれど、私は無言を押し通した。分かりやすくヤル気の回復した妖狐と打って変わって、バスケットボール決勝戦で戦うことになる天狗はがっくり項垂れた。
ごめん、鳥羽。私、アンタにとって余計なことしちゃったかもしれない。
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