悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆79 笹の葉さらさら (3)

 翌日、登校直前になって、母から話しかけられた。


「松葉ちゃんに聞いたのだけど、学校で七夕をやることになったんですって?」
「うん、まあ……」
 そうだけど。


「じゃあ、これ、お母さんの短冊も一緒に飾ってくれないかしら?」
「え?」
 すっと差し出された短冊を見ると、家内大安と書かれていた。


「家内安全じゃなくて、大安?」
「こっちの方がいいのよ。全てがうまくいきますようにってお願いが込めてあるの」
 母が、にこっと笑ってこちらを見た。
「ふーん」
 家内大安ねえ……。






 学校に登校してみると、どこか雰囲気が違った。
みんな、こちらに話しかけたいけれどきっかけが掴めないようだ。
「……あの、月之宮さん!」


 クラスの中で声を掛けられて振り返ると、そこには遠野さんがいた。
「どうしたの?」
 返答すると、三つ編みの少女はちょっともじもじした後に、
「……オカルト研究会の七夕に、私も参加しても、いい?」と言ってきたではないか!


「もう知っているの?」
「……夕霧君のTwitterをフォローしていたから……、でもみんな、もう、知っているよ」
 今朝からの話しかけたくてうずうずしていた周囲の空気は、やはりそのせいだったらしい。


「別に構わないけれど……」
「ありがとう!」
 感極まった遠野さんにハグされてしまった。
「ありがとう、本当にありがとう!嬉しい!」
 そう言われた私は、ぎゅうぎゅう抱きしめられた後に、


「お願いごとは何か決まっているの?」と何とか訊ねると、
「……もう書いてきたの!」
 遠野さんがスクール鞄をパカッと開くと、そこからは、クリアファイルに入れられた短冊が何十枚もわんさか出てきた。


私がびっくりすると、遠野さんは少々恥じらったように、
「……これぐらいあれば、足りるかな?」と言ってくるではないか。
「これ、一体何枚書いたの?」
「……50枚くらい」
 そこには、可愛らしい字で『恋が叶いますように』や、『一緒にお弁当が食べてみたい』などと書かれている。
 これは、柳原先生もびっくりだろう。
 懸賞のはがきじゃないんだから、と突っ込もうかと思ったが、遠野さんの表情は真剣そのものなので、とてもそう言えない。しょうがないので、方向転換して、
「ここに名前は書かなくていいの?」と訊ねると、遠野さんの顔が真っ赤になった。


「……なっななな、名前なんてとんでもない!」
「やっぱり恥ずかしい?」
「……うん!うん!すっごく、とっても恥ずかしい!」
 首をこくこくと振った遠野さんが、すごく可愛らしい生き物に見える。
遠野さんの七夕飾りを受け取っていると、クラスメイトの他の女子からも話しかけられた。


「あの……、月之宮さん。私たちも実は短冊を持ってきたんだけど……」
 これまで、話したこともないような女子からの一言だった。


「ちゃんと引き受けるわ」
 にっこり笑顔で微笑むと、その女子がぱあっと顔を明るくした。
「本当!? 良かったあ、ウチも参加してみたかったから……」
「あっずる~い!」
「それなら俺らもやってみたいんですけど!」


 私は、あっという間にクラスメイトに取り囲まれてしまう。
みんなからの短冊を丁度持っていた紙袋に入れて預かっていると、白波さんや希未、鳥羽が登校してきた。


「八重~!おっはよう~!」
 希未からの熱烈な抱擁を受けて、私が窒息しそうになる。


「なんなの、この騒ぎは?」
 白波さんの問いに、みんなが答えた。


「ウチら、オカルト研究会の七夕に参加させてもらおうと思って!」
「あの魔王陛下のやる七夕なら、なんかご利益もありそうだし!」
「それに、東雲様や鳥羽君も参加するんでしょ!」
「イケメン男子と一緒の七夕!燃えるわ~」
 人ごみに囲まれた私が苦笑いすると、白波さんがなるほど、と口ずさんだ。


「俺たちも短冊を持ってくれば良かったな」
「しょうがねえよ、魔王陛下のTwitterなんて呪われそうでフォローしてねえもん」
 そう呟いた男子たちに、鳥羽が言った。


「折り紙で良ければ持ってきたけどな」
「え!?マジかよ鳥羽!」
「俺にも一枚くれ!」
 そんなやり取りを耳にして、私も自分のスポーツバッグの中から千代紙を取り出した。


「私も持ってきたわよ」
「え!?ちょっと八重!何この使いにくそうな高級千代紙!」
 希未に指摘されて、私は首を傾げた。


「家にあったものを持ってきただけなんだけど……」
「これって明らかに鳥羽の安物と違うでしょ!絶対、便せんとかに使うものだって!」
「わあ、すごく綺麗です~」
 希未がお説教モードに入ってしまったが、白波さんの感性にヒットしたらしい。


「京都で買ってきたのだけど、母はそういう使い方もしていたわね」
「京都!」
 みんながざわめいた。
お金持ちの子息もこのクラスには多かったはずなのだけど、この千代紙の良さはそういった層にも伝わったらしい。
少し紙が厚めにできているこの千代紙は、模様も可愛いし、それなりのお値段の張る一品だ。墨や筆ペンで書くことも意識してこれを持ってきたのだけど、やはりいい物は何か伝わるものがあるらしい。


「流石月之宮さんだわ~」といった言葉があちらこちらから漏れ聞こえた。
 得意気になりそうな自分が少し恥ずかしい。


「あの……月之宮さん。本当にこれを使わせてもらってもいいの?」
「ウチ、こんなに綺麗な千代紙初めて見た~」
 みんなに問いかけられて、私は快く頷いた。


「ええ。そのために持ってきたのよ」
 主に女子が、その一言で華やいだ。


「八重。本当にいいの?」
「いいのよ。それに、学校でこれだけ盛り上がってしまえば、家で七夕をやる必要もなくなるじゃない?」
 希未に訊ねられて、私がにっこり笑って応えると、鳥羽が苦笑した。


「月之宮がこんなに沢山持ってきたんなら、俺、わざわざ折り紙を買いに行く必要はなかったかもな」
「七夕飾りを作るのなら、折り紙の方が綺麗じゃない?」
 私の持ってきた千代紙で作ったら、模様が細かくて目がチラチラするだろう。


「そーいうもんか」
「そーいうものです」
 ため息をついた鳥羽の手にある折り紙は、主に男子から結構需要があったらしい。青色系統が一番人気で、茶色は不人気だ。


「男子はやっぱり千代紙って恥ずかしいのかしら?」
「そーなんじゃない?」
「こんなに可愛いのに……」
 白波さんがちょっと物足りなさそうな顔になる。
 そうこうしているうちに、クラスのみんなが悩みながら短冊を書き始めると、朝のホームルームの準備をしにクラスにやってきた柳原先生が目を丸くした。


「……今日って何かイベントでもあったか?」
「あっ、柳原先生!」
 首を捻った柳原先生に、遠野さんの顔が明るくなる。


「……おはようございます、柳原先生」
「おーっす、遠野。今日も元気でやってるか?」
 先生が無意識に遠野さんの頭をぽんぽん、と叩くと、遠野さんが赤くなった。


「あっ、先生がセクハラしてる~」
「セクハラじゃありません~、遠野も嫌だって言ってないだろ?」
 生徒の1人にツッコまれた先生が、しれっとそう返答する。遠野さんは、ますます顔が赤くなったのに、全然先生が気付いていない。


「先生。これ、七夕の準備ですよ」
「ああ、なるほど。あとちょっとだもんな」
 鳥羽の言葉に、ぽん、と柳原先生が手を叩く。


「オカルト研究会の顧問をやってるのに、なんで柳原先生が知らないんですか」
「オレ、けっこう忙しいんだもの。へえ~、知らなかったなあ。七夕かあ~、懐かしくて涙が出ちゃうわ」
 先生の視線がウロウロすると、
「お前らはなんて書いたの?」と周囲に訊ねる。


「金運が上がりますようにとか、彼女が出来ますようにとか!」
「ウチは、勉強ができるようになりますように!」
「へえ~、すげえじゃん。先生も、嫁さんができますように~とか書いちゃおうかなあ」
「ぜってえできねーに決まってら」
「何を~!」
 生徒の何名かとじゃれあう先生の姿は、とてもアヤカシのものとは思えない。人望がある教師の姿に見えてくる。


「そーいうお前たちだって、ほら!こんなに恋愛祈願のお願いを書いた子がいるじゃないか!」
 先生が目ざとく指差した先には、遠野さんの短冊(50枚)があった。
 げっ!まだしまってなかった!


「これ、すっごいなあ……一体全部で何枚書いてあるんだ?」
 懸賞のはがきみたいだ。と柳原先生が呟く。




「……50枚です」
「え?」
「……50枚書きました。先生」
 早々に自白してしまった遠野さんの瞳がうるんでいる。
 ぽかん、と口を開けた柳原先生は、まるで冷や汗が噴きだしたかのようだった。


「そ、そそそそうか。遠野。相手は同学年の男子か?」
 矛先を逸らそうとした柳原先生が、ドツボにハマっていく。


「………………」
「いや、言いたくなければ言わなくてもいいんだ、うん」
「………………」
「いや~、青春だなあ!」


 先日、柳原先生に告白した遠野さんの、執念の50枚の短冊を目にした雪男は「大変結構、結構」とうわの空で呟いた。




「いっそのこと、遠野を嫁さんにしちまえばいいのに」
 ぽつりと、鳥羽が小声で言った。
 私も反対しなければいけないのだろうけれど、実際のところそう思います。







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