悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆26 優しい嘘つき



 鳥羽君アヤカシは、翌日も普通に登校してきた。
 少々眠そうな彼は流れ作業のように授業をこなし。学食の券売機でも、普段はメニューを悩むくせに、適当に選んだらしい醤油ラーメンをテーブルですすっていた。
 その姿は、昨夜の殺伐さの欠片もなく。あれは夢であったのだろうか、と思いそうなほどにありふれた高校男子だった。
 アヤカシである証明が下されたというのに、彼の演じる寸劇を私は陰陽師のくせに好いていたらしい。あの光景を見てしまったというのに、私は彼がいつもの鳥羽杉也であることにひどく安堵した。
本当に、まことしやかに優しい嘘をつく男子である。






 狐に怯える私を白波さんは、何も知らずにいつもランチタイムに誘ってくる。……過去のトラウマによって心を閉ざしたクラスメイトに明るい学校生活を提供してくれようとしてるのだ。
やんわりとお断りすることもできず、引きつった笑顔でお弁当を持って学食まで連行されるのが日常風景になってしまった。天狗の鳥羽君よりも、皮肉なことに、むしろ最近は白波さんの方が苦手になってきてるのは気のせいだろうか。
もれなく希未も私とセットになるものだから、
学食でB組オカルト研究会の4人で昼食をとるのが日課になっていた。
もうすっかり、アヤカシ含むこのメンバーに慣れてしまった私が甘い玉子焼きを口に運んでいると、白波さんが言った。


「魔法陣にペンキで上塗りしちゃった人がいるんだって!」


 希未が特大カップ麺に箸をつっこみながら、ぴしゃりと返した。
「案外、あんたが犯人なんじゃないの」
 白波さんは、「なんで!?」と叫んだ。
私は、素知らぬ顔でにこやかに箸をすすめる。猫かぶり歴は長いので見破られない自信がある。


「夕霧が嘆くぜ。あいつ、あの魔法陣を芸術品のように崇拝してたからな」
 鳥羽君が言った。ただ働きすることになった原因に、随分とお優しい男だ。


「いつかは消されちゃうものじゃない」 
 私はぬけぬけとそんな発言をする。
「あいつにとったら、世界遺産より価値があるだろ。変態だからな」
 毒舌。鳥羽君によるセリフに、思わず希未が爆笑した。
白波さんもくすくす笑う。彼が変質的な愛をオカルトに注いでいるのは、皆の共通見解だ。


 白波さんが、不思議そうにミニハンバーグを食べながら、
「でも、その2度塗りしちゃった人は、何がしたかったんだろう?円の一部にちょこっとスプレーしてあったらしいの」


「魔方陣に関しては夕霧に聞けばいーじゃん。絶対事件の後に本を読み返したって」
 カップラーメンのスープを飲んだ後、希未は言う。


「今日の研究会で、解読作業するんだろ。その時に嫌というほど語られるさ」
 鳥羽君がそう笑って、食べ終わったのか箸をトレーに置くと。




「……女に囲まれて、随分学年主席は余裕なことだ」


 食堂に入って来た男子生徒が、私たちに失笑しながら冷やかな言葉を浴びせた。
黒髪の短髪。痩せぎすで細い目をした少年だった。
見覚えがないが、知り合いであったろうか。私は記憶をひっくり返したけれど、この目つきの悪く不健康そうな男子の名は出てこなかった。神経質なほどに、きっちりと制服を着ている彼が、憎々し気に睨んでいるのは鳥羽君だった。


「……誰だ?」
 鳥羽君が困惑の顔になる。


 少年は、態度悪く舌打ちをすると「お前のそういうところが、嫌なんだ」と、忌々しそうに吐き捨てた。彼は、顔を歪めて足早に立ち去る――その一瞬に私に射るような眼差しを向けた。


「なんだ、あいつ」
 理解できない、といった風情で鳥羽君は疑問を漏らした。少年の脅しを苦に感じなかったらしい。……この無頓着さは、間違いなくアヤカシの性質だ。私は少々、件の男子生徒が気の毒になった。


「ああ、確か。隣のクラスの辻本よ」
 希未が、彼の問いに答えた。


「えっ、辻本君ってもっと穏やかな人じゃなかった!?」
 白波さんが驚きの声を上げて。希未がため息をついて説明した。


「どーやら、国立有名大学の偏差値がかなり足りないって噂よ。寝食削ってるって有名だけど、八重はともかく。主席の鳥羽なんか遊びながら授業受けてんだもん。そりゃあムカつくでしょうよ」
 私は、その話に普段の鳥羽君の授業風景を思い浮かべた。……確かに、反感は買うかもしれない、なあ。


「辻本君のレベルで悩むなら、私はどーしたらいいの!?」
「白波の場合は先生が悩んでるんだろ」
そう叫んだ白波さんに鳥羽君は、可哀そうなものを見るような目を向けている。彼女の五月のテストの結果は、そんなに悪かったのか。


「そっ、そうかも……」
 否定しようとした白波さんは、落ち込んでしまった。


「鳥羽君に教えてもらえばいいじゃない」
 私が白波さんに言うと、鳥羽君が渋面を浮かべて話す。


「一年の時に頼まれたけど、白波には無理だ」
「ああ、天才は教えるのに向いてないってやつ?」
「それだったら、まだマシだったさ」


 彼は大きなプロジェクトに失敗したサラリーマンのような口調で、


「こいつは、高校受験で脳細胞使い果たしたんじゃないかと俺は疑っている。どんなに頑張っても2教科までしか進まねーんだよ」
「進んでるならいいじゃない」
「異様にスローペースなんだ。大体間に合わなくてテストがやってくるんだよ。流石に白波の勉強だけは俺の手におえない」


 私と鳥羽君の会話を聞いて、白波さんが目を逸らした。白波さんに関しては面倒見のいい彼が匙を投げるって……。


「でも、ホント。白波ちゃんは進路どーすんのよ」
 希未に言われて、白波さんはもじもじと応える。


「あの、薬剤師さんとか……」


「それだけは止めろ。お前のアホで死人がでる」
 鳥羽君が真顔で言い放った。







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