悪役令嬢のままでいなさい!

顔面ヒロシ

☆23 僕の前に未知はある

 放課後の第二資料室。
私たちからの糾弾を受けた魔王陛下は、パイプ椅子で脚を組み、珈琲をすすりながら弁明した。このような事態だというのに、余裕綽々といった態度である。


「オレじゃないぞ」
 あんた以外にこんなことする奴がいてたまるか。半目になった一同に構わず、夕霧君はマイペースに橙色の干しアンズをかじっている。
鳥羽君が、スマホに映った写真を指差して叫ぶ。


「てめー以外に、こんな本格的な魔方陣描くような人間はいねえよ!」
 ここにいる4人の心の代弁者、キレかけている天狗に、夕霧昴は飄々と言った。


「オレだって、こんな根性を持った奴がいるとは思ってなかったさ。こんなに面白い事件に在学中に出会えるとは、従兄弟に自慢できるな」
 こりゃダメだ。陛下はすっかり好奇心を刺激されたようで、いつになく瞳を輝かせている。
 白波さんが、自販機で買ったココアを飲みながら。


「本当に、夕霧君じゃないの?」
「信用しちゃダメよ、魔王の言うことなんか」
 希未が、むっすり言うと、夕霧君は応えた。


「そもそも、オレは今まで魔方陣をやった事はないから」
 白波さんが「え!?」と驚く。


「そうだったの?夕霧君、そういうの凄く興味あるじゃない」
 砂糖を沢山入れた珈琲に甘ったるくなりながら、私は口を出した。今日みたいな日は、心労に糖分をがばっと補給したくなるのだ。


「夕霧のオカルト好きは、んな程度なわけねーだろ」
 鳥羽君は、不信感丸出しだ。曇りかけた眼鏡を拭いて夕霧君は返答した。


「技量がなければ危険だって、分かってるからな。悪魔を召喚したいほどの願いもない」
 白波さんが、目をぱちくりさせた。
「え、魔方陣って悪魔を呼び出すの?」




 ……そのセリフで、私は陛下は白であることを悟った。やっぱり、あれは夕霧君も同じ見解になるのか。少なくとも、あの円陣は同じ五芒星でも爺様に習った術式では、ない。


「西洋の魔方陣の代表格は悪魔の召喚だ。贄を用意し、魂を奪われないように対策をして願望成就に用いる。……今回の魔方陣の赤は血液のシンボル、生の羊肉は供物ということだろう」
「すごく怖いよ!?」
 夕霧君の流暢な説明に、白波さんが叫んだ。
彼に解説は任せておこう。必要以上に喋り倒す予感もするけど。


「ふうん、じゃあ。なんでわざわざ、学校に描く必要があったのよ。それも、ペンキじゃなくってチョークを使えばいいことじゃん」
 希未の言葉に、夕霧君は平然と言う。


「学校ではなく、夜の校舎が必要だった可能性はあるな。都市伝説の舞台になる場というのは、霊的にもつながりやすいのかもしれないし……むしろ、魔法的な伝承があるのは、十字路の方だな」
「は?あそこに、何か意味があるってのか」
 鳥羽君が眉を上げると、彼は頷き、続けた。


「十字路というのは、十字架のシンボルとされることもあるが、道と道の交差から、死と生の境界の場所という言い伝えがあるんだ。
黒魔術をそこでやれば、成功の確率が高まると考えたんだろう。ペンキの方は推理になるが、案外シンプルな解答になると思う」
「月之宮さん、どうしよう!帰り道に十字路いっぱいあるよお」
 陛下の魔方陣考察に、白波さんがすっかり怯えてしまった。鳥羽君が呆れたように彼女を見ている。そりゃ、天狗さんは怖くなかろう。超常現象の塊だもの。


「勿体ぶらないで言いなよ。ペンキなんて、消えなくって迷惑だってことぐらいしか……」
「だから、それだ」
「え?」
 希未の急かす言葉に、夕霧君はインスタント珈琲の顆粒をお代わりに、カップの中に入れながら告げた。


「悪魔召喚は、一晩で終わらないものもあるんだよ」
 一同沈黙する。


「じゃあ、まさかペンキでわざわざ描いたのは……」
 引きつりながら、鳥羽君は呟いた。呆然と白波さんが大きく目を見開いて、
「儀式が、まだ続いてるってこと……?」




 ――そう。恐らくは、この儀式は完成していない。
にしても、この天狗が魔術に詳しくないのは意外だったけど。変に世慣れしてるし、どうやって育ってきたんだこいつ。


「これ以上お肉置かれたら、私たち警察に連れてかれちゃうよ!」
 白波さんの恐怖が心霊から事情聴取、逮捕の方にベクトルが移動した。曰くつきのスポットより、身近な警官の方がよほど差し迫っている。


「おい、月之宮。なんでずっと、落ち着いているんだよ。お前も無実の罪で捕まるかもしれねーんだぞ」
 鳥羽君がそう言うと、希未がはあ?と声を上げる。


「鳥羽、バカじゃないの。私たちはともかく、八重は学校が庇うわよ」
「成績なら俺と似たようなもんじゃねーか」
 希未は、呆れ顔になった。
「いや、だって八重って、月之宮財閥のご令嬢だし」


 沈黙。
無表情になった鳥羽君が、私の方を見て。
「……お前だけ、この事件の容疑者から外されてる可能性があるのか?」
「……否定は、できないわね」


 流石に月之宮の陰陽師がこんなバカやるとは思われないだろう。
警察とはアヤカシ関連で付き合いがあるし、この学校の卒業生は財閥と深く関わっている。
むしろ、あの魔法陣で修羅場になった時に鎮圧に向かわされるのは……私だ。貴重な戦力の兄はドヤ顔で国外に逃亡中であるわけだし。
目を逸らした私に、白波さんが頭を抱えた。


「うちはそんなお金ないですー!」
「流石に、そこまで保釈金は要らないだろ。ちょっと大胆な生肉付きの落書きだ」
 動揺している彼女に、夕霧君が冷静に言った。


 舌がしびれそうな程に甘いカフェインを摂取して、私は深く息を吐いた。少々、自分だけ猜疑の的から外れているというのは罪悪感のあるものだ。
鳥羽君と夕霧君は、ブラックのままの珈琲を飲んでいる。よくまあ、こんな日に。


「それにしても、これは一体、どこから写してきたのかしら」
 話題を変えよう。私の疑問に、希未が言った。


「どーせ、ネットじゃないの。魔導書がそこらの書店や図書館にゴロゴロしてるわけないし……」
「あるぞ」
 夕霧君がひょい、と放ってよこした返答に、希未は固まった。


「お前、この辺りに魔導書が置いてある場所知ってるってのかよ」
 鳥羽君が訝し気に訊ねると、夕霧君は頷く。


「この学校の図書館にあったはずだ」
 魔王陛下のお言葉に、天狗は叫んだ。


「はあ!?なんで、んな処にあるんだよ!」
 白波さんも驚きに、食べていた干しアンズを手から落としてしまった。それにも気づかず「そうだよ!確かにここの図書館は沢山本があるけどっ」と言った。
 素人の手の届く場所にある魔導書とは、穏便ではない。あれが、生徒の描いたものなのか。アヤカシの仕業なのかが判別できなくなってきた。


 希未は顔をしかめる。
「進学高校の司書さんが選ぶにしては、マニアックすぎるんじゃない?どうして、そんな本が棚に並んでいるの?」と私が聞いてみると。


 どこか懐かしむような、誇らしげな声で夕霧君は私たちに、とんでもないことを言った。
「オレの従兄弟が、卒業した時にバイトで貯めた金でまとめて寄贈していったんだ。
後輩が、より魔術に親しみを持てるようにと、厳選してさ。
……ああ、そういえばその中に、ソロモンの悪魔召喚やルーン文字の本があったから、この魔方陣の解読ができるかもしれないな。全く、この蔵書が役に立つ日がくるとは思わなかった」


 鳥羽君が、口端を引きつらせた。
「俺には、犯人がそいつを役立てたようにしか聞こえないんだが……」
「……ということは、従兄弟の狙いは的外れではなかったか。あれらが使われたとすれば、早いところ犯人を止めないと大惨事になるかもしれないぞ」


 それが分かってて、何故そんな危険物を公共施設に置き土産にしたんだ。黒魔術の失敗ほど、何が起こるか予測もつかないのに!
私は、やけになって二杯目の珈琲に、おもくそ砂糖を突っ込んだ。




「結局、先代のオカルト研究会が引き起こしたことなんじゃねえか!」
 鳥羽君が絶望の声を上げた。彼はようやく、警察沙汰よりも現在進行形の黒魔術のヤバさに気が付いたらしい。希未が夕霧君に訊ねる。


「で、あんたの中では、非科学的だけど危険行為をしている犯人を、どーしたいのさ」
 しばらく、考えていたようだったが。魔王陛下はフ、と笑った。


「探して、この研究会に勧誘したいな。あの魔術のセンスは、尋常ではない」
 どこか恍惚としている彼の声色は。まるで恋をしているようですら、あった。


 白波さんは、そのお言葉に「えっ」と声を出し。希未は、こうなることを予想していたという風にため息をつき、鳥羽君は「……今日は厄日だ」と呟いた。
正しく、厄が降って湧いている。
オカルト研究会は、陛下のご希望で犯人捜しをこれからすることになるらしい。


「そうね、探してみたらいいんじゃない」
 私は、無責任にも薄く微笑んだ。
 過剰なほどに血糖を上げ、カフェインで冴えていく思考を巡らせる。


考えすぎの、生徒の悪戯であればこしたことはないのだけど。……予感がするのだ。この魔方陣は本物であると。
ストーリーから脱線した現在は、悪夢からヒントを得ることもできない。今朝方に邂逅した、瀬川松葉が関わっているという確証もない。……だが、最終的に我が家に依頼が来るまで大人しく待っていなくてならない道理もまた、ないだろう。







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