毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

4-4

 中に入ると、ちょっとしたロビー。


 ソファーがあって、学校の創設者を彫ったチョコレート色の銅像が中央にある。


 職業(ジョブ)も見た目もバラバラの学生らしきグループが何組か、全く興味無さそうにこちらの横を通りすぎて行く。一般人にも解放しているため、外部の人間は珍しく無いのだろう。


 玄関から入って正面奥の廊下は食堂、左右の廊下は教室にそれぞれ続いている。


「さあて、どこから行ってみようか」アイザックさんが壁に掛けられてある案内板を見ながら言った。


「ううむ、どうしましょうかね」


「出身校なのだから分かっとるじゃろ」カリンが言った。


「じゃあ、こっちで」


 授業中の教室群をそそくさと通りすぎて行く勇気は無い。

 俺たちはとりあえず二階に続く階段を上ってみた。

 階段を上って廊下を一コーナー歩くと、そこはちょうど一階の体育館の上の吹き抜けで、手すりには学生と思わしき人だかりができていた。
 珍しいものでもあるのだろうか。


「でぃっ! はっ! そいや!剣を振れ! もっと腰を落とせ! 」


 近づくと、下の体育館から空気を震わせ、やや低めの女の声が響いてきた。


「おおっ、なんじゃなんじゃ!?」


「武術の授業でもやってるんだろうか?」アイザックさんが首をかしげた。


 気になって、柵の下にある何かに熱心に見入るギャラリーの後ろにそっと近づく。目を向けると、体育館には訓練生と思われる十五人くらいの男女が四列に並んで、かけ声に合わせて剣を振っているのが見えた。


「はぁ! 一、二、三!! せい!」


「四、五、六、七!! もっとだ! そこ、動きが甘い! 今よりこぶし一個分上に振り抜け!」


 様子を見るに、師範役らしい一人が前に立って手本になったり指示を出したりしているようだ。

「――十八、十九、二十!! よし、次だ!」


 師範役は女性で、後ろで髪を一本に束ねている。


 今はちょうど俺の見ている側に背中を向けているため顔が分からないが、ぱっと見た感じでは訓練生とあまり歳が変わらないような雰囲気だ。


 師範が次のメニューに移ろうとすると、稽古を受けていたうちの一人の女子学生が息を切らしながら彼女に抗議した。


「レイラさま~……ねぇ……」


 その名前に、ドキリとした。レイラだって?


「ん、どうしかしたか、ウタ」


「そろそろ休みませんかー?
 私たち、レイラ様とは違うんですよ……」


 ウタと呼ばれた女子生徒は、そう言うと練習用の先端が丸い剣を地面に投げてへたりこんだ。

「まだまだ!なんのこれしき!

 ……と言いたいところだが、私もちょっと夢中になりすぎたな。

 休憩も必要だし、皆のことを考えてこのへんにしておこう」


「わーい、やったー!」


 女子生徒は急に元気になってその場で跳び跳ねた。ジャンプに合わせてツインテールがぴょこぴょこと揺れる。


「皆、十分間の休憩だ!」


 号令を聞いて他の訓練生がへろへろと地面に座り込む中、彼女だけがレイラの元へかけていった。


「やれやれ…… ウタは調子が良いんだな」レイラが苦笑する。


「まー、疲れはしたけど今日はいつもより元気かな?

 ところでレイラ様はお水、要るぅ?」


 ウタの敬語が崩れ、友達同士のような親密な話し方になった。


「いや、雑用なんていいよ。それくらいは自分でやるからさ」


「いやいや、休憩したいって言うわがままを聞いてくれたお礼だと思って、どうかウタのお願いを気持ちよく引き受けてくださいな~!」


「うーん、まあ良いか。

 じゃあ、ありがたく汲んできてもらうよ」


「ありがとうレイラ様!

 ――えっと、水筒は~~っと……
 あった!」

 ウタはそう言うと、体育館のすみに並べられていた水筒の中から一本持って、外へ走っていった。


「ふう……」


 体育館が静かになると、レイラ様と言われた彼女が、ウタの出ていった出口のほうを向いて汗をぬぐった。


「……あ」


 そして、俺の目は彼女の顔をはっきりとレンズの奥にとらえた。


 レイラという名前を聞いた時から浮かんでいた記憶の肖像画と、網膜のシャッターが捕まえた一瞬のスナップが驚くほどに一致して、俺はとっさに顔を引っ込めた。


「どうしたのじゃ、コーキ」


「……別に」動揺を必死にごまかす。


「しっかしあの師範、ずいぶんな美少女じゃのう~。 カティアとはまた違った凛々しさを感じるのじゃ。

 そち、どう思う?」


「だから、なぜ我に聞く」


 ブラッドはため息をつくと、あごを上げて俺のほうを示した。


 カリンは無言の誘導をなぜか無視してアイザックさんに聞く。


「師匠はどうじゃ?」


「うーん、カリンと同じくらいじゃないかな?」


「おー、うまい具合にごまかされたのじゃ」


 そうだ。きっと、よく似た別人に違いない。


 淡い期待が浮かんで、もう一度体育館の彼女を見た。


 ――ああ……


 都合の良い期待は、すぐに裏切られた。


 ――間違いない。口の中で呟く。


「……あれは、やっぱり……」


 早く、この場を去ったほうが良いかもしれない。それが彼女にとっても賢明な判断だ。


 なにより――俺には彼女に合わせる顔がない。


「ちょいとちょいとぉ、チミたちぃ~!」


 と、そんな思考を中断させる、どこか外れたような声がした。


「ぼわ!? なのじゃ!」


 後ろを振り返ったカリンが変な声を出して驚いた。


 わざわざ振り返って見なくても分かる異常なオーラを、俺は背中に感じた。


「そこ、手すりの前からどいてくれないかなぁ。

 ほら、後ろのチミたちも早くどっか行ってよ」


「レイラさんをここから見守る権利を与えられているのはわれわれ親衛隊のみ!

 関係者以外は立ち去るでござるよ」


 振り返る。


 気付けば変な格好をしたむさくるしい男の集団が後ろに立ちはだかっていた。


 十人ほどの連中が全員、ヒョウ柄のジャージを着ている。下は何故か普通のズボンだった。ジャージをタックインしているため、限界まで引き上げられたズボンのベルトが見えている。


「お、お主ら、何者じゃ!?

 いや、そんなことよりも」


 カリンが頭を抱えて絶望したように言う。


「――いくらなんでも格好がダサすぎなのじゃぁーー!!」


「! い、いきなりなにを言い出しますか!! この小娘がぁ!」


 ヒョウ柄ジャージを着た唇の厚い男が、顔を真っ赤にしてカリンに言った。


 ジャージの胸元には大きなハートがししゅうされており、その図形の中には赤い糸で


「レイラたん」


 と書かれていた。

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