毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

3-9

「……」


毒手を扱う若い長髪の男――ブラッド――は答えない。
どうやら、本名を名乗るつもりは全く無いようだ。


その場で着けた適当な名前といい、よくわからない理由で俺にスキルを伝授したことといい、なんだか怪しい。


師匠がどうのとか、毒手をポーション作製なんかに使うなとか言ってたが――


「ん、待てよ。

そもそも、どうして俺がポーションを作ることを知っていたんですかね」


「別にどうということはない。その道具袋からはみ出たものを見れば分かること。戦いにおいて敵を観察することは基本だ」


「……へぇ~、たったそれだけで、ねぇ?

とか言ってどうせ、自分もポーション作ったことあるんでしょ」


「――な、何を言うか!?

我が、師匠よりこの誉(ほま)れ高き技を伝授された我が、そんなことする筈ないだろう!!」


ちょっと毒づいてみただけなのに動揺してるぞこの人。


ブラッドが慌てて話を戻す。


「お、おいそこの眼鏡。聞きたいことがあったのだろう?

茶番はこれくらいにして、お前の質問に答えてやろう」


「アイザックです。アイザック・ファルガーモ」


「うむ、では毒手とは何か、話そうぞ。

それにはまず、"気"について言っておく必要がある」


口を挟んだのはカティアさんだった。


「"気"…… さきほど闘技場でもいろいろと言われていましたけれど、魔力とはまた違うものなんですか? 

あ、私、カティアっていいます」


「良い質問だ」


ブラッドはそう言うと、滝壺の近くでおもむろにしゃがみこんだ。そして、そこから続く小さな清流の水をひと掬(すく)いして口に含む。


「真(まこと)に麗(うるわ)しい、透き通った水だ。

お主らも試されよ」


「――美味しいです」


ブラッドに倣(なら)ったカティアさんが感想を述べる。


「さて、この清流の流れる、緑に満ちた森。

これが都の近く、それも衛生の悪い貧民街のすぐそばにあることを、不思議とは思わんかね?」


「思ったよ、たしかに」


貧民街の外のこの森。まるで別の空間にでも迷い込んだかのようだった。


ブラッドは続けて言う。


「人間の密集した都市のすぐ側に、森が存在できる理由。

それはまさに、ここに"気"が溢れているからだ。

気とは、魔力とはまた別の存在。

魔力は密集したままにしておくと、最終的にダンジョンを形づくるということは子供でも知っているだろう。

しかし、"気"はその逆を往く」


魔力の密集によるダンジョンの形成。昨日の墨染の森なんかがそうだ。


ダンジョンが出来る仕組みを簡単に言っておく。


元々魔力は深い森や未開の地といった、動物――特に人間――の手があまり加わっていない場所に集まりやすいのだが、それが突然なんらかの変異を起こした場合、魔物が好む環境が出来てしまうのである。


そしてその変異は、魔力の密度が異常に高い場合に起こるため、魔物の住み処となり、結果的にダンジョンが生まれるということだ。


そしてそういった魔力の一部を用いたのが、俺たちが使う魔法である。単純な魔法を使えば簡単に火を起こせるなど、日常生活にも役立っている。


本来は生活や冒険を助けてくれる欠かせないもの。しかし、人間が管理しきれないほどの異常なまでの密度の魔力はダンジョンとなって害を及ぼすし、大量の燃料は、引火すると大惨事を引き起こす。同じことだ。


「その"気"とやらが魔力の逆を行くとは、どういうことだ?」


うろ覚えの知識を引き出しながら、ブラッドに問う。


「気は魔力とは違い、密になればなるほど、自然を豊かにしていくのだ。

そして、それは同時に魔力を中和する」


「中和……」


アイザックさんが目を丸くする。


「ということはつまり、魔力とは相反する存在にあたるのですか。

しかし、魔力と相反するチカラだなんて、僕は調合学のほかは専門外なのでなんとも言えないのですが――そんなこと、初めて聞きました。

仮にそれが本当だとしたら、もっと世に知られていてもおかしくは無いのです。

ブラッドさん、これはどういうことです?」


「フッ……」


ブラッドは不敵に微笑んでから言う。


「当たり前よ。何故ならばこの"気"と魔力の関係性は、長年の経験側から我が初めて導き出したものだからな」


「なんだって!?  ブラッドさん、それが本当ならば、これは世紀の大発見ですよ!

 冒険者学校の教授陣なり王国の研究機関なりに、あなたのことを紹介しましょうか?

これでも一応研究者の身、僕にも"つて"があるので――あくまでも、本当なら、ですが」


アイザックさんが半信半疑ながらも食いつく。


「本当とも本当とも。 なんなら、会ってやっても良いぞ。ただし、王国はいまいち好かぬ。お前の口から冒険者学校に伝えておけ」


堂々と請け合う彼。嘘をついている感じはしない。


そして、さっきから気になっていたこと。


「長年生きているだのなんだのって、やっぱりお前はバケモノなのか?」


「フフフ……それは今は答えられぬな」


ブラッドは微笑を浮かべたまま答えようとはしない。ためしに丁寧に言ってみる。


「もったいぶらずに教えてくれますか?

気うんぬんよりもずっと気になるんですけど」


「無理だ。フフ――」

ブラッドは俺の問いには無視して続ける。

「そして我とお主の持つ、毒手について。

気と毒手の関係性は、魔力と魔法の関係とに似ている。

魔法が魔力を引き出すのに対し、毒手は気のチカラを引き出すものだ」

「気……じゃあ、アンタがここで滝行してるのも、毒手と関係あるのか」


「さよう。毒手のチカラというのは、一般的なスキルのそれとは違い、冒険者自身のレベルアップよりも、直接的な修行によって効果的に鍛えることが出来る。

気に当たり、気に触れる。我の場合、この森が絶好の場であった」


「修行――、俺の毒手は鍛えられる――」


「さあ、今話せるのはこれくらいだ。

さてと――」


ブラッドが髪を留めながら言う。


「ところで、お主ら、パーティーを組んでおるようだが、責任者は誰だ」


「責任者とな?

立場的には師匠が一番上だと思うのじゃが」


たしかにアイザックさんだろう。他はそれぞれ彼の助手に弟子、そして飛び入り参加の冒険者にあたるんだし。


「ふむ、眼鏡か。

我をお主らの仲間に加えてはくれぬか」


「はぁ!?」


斜め上すぎる申し出。目が飛び出るかと思った。


「ええ、良いですけど」


責任者はあっさり承諾する。


「ちょっと、アイザックさん!」


「フッ、決まりだな」


ブラッドは有無を言わさずに加入を決め込んだ。


「なんでこんな怪しい奴を!」


アイザックさんが落ち着いて弁明する。


「少し謎めいた感じがするけど、単なる戦好きという雰囲気だし、悪い人では無さそうだよ。

どのみち、あとで冒険者学校に話を通して彼を連れていく必要がある。

"気"について、教えてもらうためにね」


こうなるともう、アイザックさんには敵(かな)わないことが分かっていたので、俺は諦めた。


「最後に、さきほどのスキルを試し撃ちしてみぬか」


ブラッドが提案する。


「まあ、いざ実戦の時に必殺技のつもりで撃ったらヘボかった――なんてことになったらヤダし、一度使ってみるか」


俺は手頃な木に向けて、左手にチカラを込める。今までに無い、荒波がぶつかるような強(したた)かな感覚が手に宿る。


「蝕狼撃(ショクロウゲキ)!」


そう技名を呟くと、手からヘドロのようなものが湧き出て、集まる。


すると、その毒の集合体は一個のかたちを形成した。


できそこないの粘土細工に墨でも塗り込んだかのような、はっきりしないかたちの、漆黒の狼。


狼は木に飛び付くと、噛み付いた。


そしてそのまま首を降って幹を食いちぎると、地面に溶け落ちた。


「!?」


なんと、木が倒れる。


俺の今までのスキルは、ほぼ毒による効果を狙ったものなので、純粋な物理的威力は低い。


それが、この蝕狼撃はどうだろう。


噛み付いたチカラだけで木を倒してしまった。


「すごい……」


思わず口に出す。


それを聞いたブラッドはご満悦のようだ。


「さあ、次は毒気槍だ。我の剣に当ててみせよ」


そう言うと、体に気をまとわせ、例の漆黒の剣を右手に形成する。


「毒気槍(ドクキソウ)!」


俺は再びチカラを込め、先程と同じ要領で技名を言えば良い、はずだった。


しかし。


「うぐっ!!」


「コーキ君!?」


「ど、どうしたのじゃ!」


「あっ! み、見てください、コーキさんの手が――」


「な、なんだ、このチカラは!?

小僧、きさま、何をした!!」


突然空気がジリジリと音を立てて震え、ブラッドが動揺する。


「知るかよ! アンタが説明しろよ!」


俺も今、自分の腕に何が起きているのかが分からない。


ただ、荒波とは比較にならない、どす黒いものがうごめくのだけは理解できた。


突然、自らの頭の中に、イメージが豪雨のようになだれ込む。


宇宙、神々、大自然、文明。


――空から落ちる大岩が星を形成する。長いようで短い過程を経て、生物が人型になる。教会の上にちらりと映る、天使の翼。巨大建造物に雷が落ちる。砂漠に種子が降り注ぐ一方、街に火山流が流れ込んで死の世界にする。


もっと、何かを見た気がする。しかし、殆どは一瞬と一瞬の隙間に滑り落ちていった。


頭の中に謎の映像。このイメージ。


"神秘"とでも呼べば良いのだろうか、それを。


誤解を恐れずに言うのなら、俺は一瞬のうちに神秘を体験した。


混乱する頭の中では、そうとしか言いようが無かった。


「……なんですか、これは」


一周も二周も回って呆けた思考から出たのは、そんな間抜けな声だった。


それは、紫と黒の中間色をした、槍だった。


ただの槍では無い。ムカデのように、何本もの槍が繋がっている。


その槍の連結体は、根本から先端にかけて、細身になっていく。


一番先の鋭利な切っ先は、空に向けて不気味な煌(きら)めきを発している。


鎖や関節のようにかくりと曲がる、自分の身長の何倍もある黒き鉄の鞭(ムチ)。


俺は左手を見つめたまま、動かせずにいた。


それは、形容するとしたら、蠍(さそり)の尻尾。


毒のエネルギーで出来たそれを見て、


「フフフ……フハハハハハ!!」


ブラッドが狂ったように笑いだした。


そして、自らの左手の剣をこちらに向けると、言った。


「面白い、面白いぞ、毒手の今世(いまよ)の使い手よ!!」


「!?」


ブラッドが斬りかかってきた。


俺は反射的に左手を下げる。本当に無意識だった。


キイイイン――!!


俺の毒気槍が蟹(かに)の腕のように曲がり、漆黒の毒剣を受け止めた。


「くっ……」


ブラッドは動かない。


前のめりに踏み出したまま、大きな塊を受け止めている。


俺も、チカラを込めるので精一杯だった。


そのまま三十秒ほどこう着状態が続いたのち、変化は起こった。


「ううっ!」


突然、俺の左手からチカラが抜ける。


まるで感覚ごと失ったかのような、腕の疲労感に、後ろに押される。

ブラッドはそのまま、槍の鎖を弾き飛ばした。


「くうっ……」


俺は片膝をつく。


「――"気"が未だ熟さぬ以外は……なんという……フフフ……」


ブラッドが興奮ぎみに何かを言う。


そして。


「フフフ――、フハハハハ!!」


狂人のような高笑いが、森にこだました。


(第4章に続く)








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