毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

3-7

 ***

「よく頑張ってくれたな。これは報酬だ」

 ノルマをこなした俺たちは、謝礼を貰う。


「ありがとうございます」


 情報提供の条件と言うのでタダ働きを覚悟していた。

 だからちょっと驚いたが、収入の少ない俺はありがたく貰っておくことにする。


「で、本題だが……」


「はい」


「……やめとけ」


「は?」

「はぁ?」


 俺に重ねてカリンが不満そうに聞き返す。


「働かせといて、揚げ句やめとけってなんですか」

「なんなのじゃ、そち」

 店主は俺たちをまあまあとなだめる。


「よりにもよってスラム街なんだよ、アイツがいるのは」


「スラムですって!?」


 予想外に反応したのはアイザックさんである。


「だから止めといたほうがいいんだ、あそこに行くのは。


 一歩間違えれば最悪、命を落とすことになる。」


「皆、ここは諦めて、彼がもう一度現れるのを待とう」


 店主にアイザックさんが加勢する。


「師匠! いったいどっちの味方をしとるのじゃ!

 それに、師匠はたかだかスラムも抜けられないような腰抜けじゃったか?」


「あそこはどうしようもないくらい危険なんだよ。それもさっきの窃盗グループの比じゃない。

 だから、いくら君達が行きたいといっても卸せない」


「じゃあアイツがのこのこ出てくるのをただ待つんですか、次はいつ出会えるか分からないってのに!」



 押し問答をしていると、カティアさんが横から入った。


「あのぅ、……アイザックさんはスラムがどんな場所か知っているんですか?」


「うん、いろんな噂を聞いているからね」


「でも、それって実際に行ったことは無いんですよね。


 私、実は行ったことがあるんですよ、スラム。


 私のような者が、スリ以上の目に逢わずに帰ってきたんですから、意外といけますよ。」


 スリはやられたんですね。スリは。

 それにカティアさん、一度怪力が判明すると誰も近づいてこないんじゃないかなあ。

 でも、逆に言えば彼女くらい実力のある人がパーティーいれば大丈夫だとも考えられる。


「確かに治安は悪くてスリが日常茶飯事なのでしょうけど、行ったら殺されるなんて、尾ひれがついて誇張されてるだけかもしれませんよ」


「でも、あそこは遊びで行くような場所じゃ……」


「遊びがダメなら、ダンジョンだと思って臨めば良いんですよ」


「むむぅ……」


 珍しく反論できずに押し黙る。

 机上の空論と実地経験との違い。

 彼女の指摘は、学者肌の人間が陥りやすい弱点をうまく付いている。

 だから、アイザックさんみたいな人にとって実際の体験を出されるのは弱い。


「ああもう、わかったわかった!勝手にしなさい!」


 アイザックさんが折れる。

 彼は「でも、ひとつだけ」と人差し指を注意マークに見立てて言う。


「僕たちがこれから行くのは街の一角じゃなくてダンジョン。

 運が悪ければさっきの少年強盗団なんかよりずっと凶悪な犯罪に遭うかもしれない。

 だから市場の時みたいな単独行動は絶対にしないこと。

 これだけを忘れないでね。」


 ***

 俺は今すぐにでも男のことを探したかったが、もう遅くなったので、パーティーはいったん宿屋に泊まった。


 そして翌日になり、スラムに向かう。


 道すがら、カティアさんが横に並んで話しかけてきた。


「ねぇ、コーキさんはどうしてコーキさんなんですか?」


「??? 何かの哲学かな?」


「いや、珍しい名前だなーって思って」


「ああそっちですか……」


 俺は名前の理由について彼女に話す。そういえばカティアさんは知らないんだな。以前、あとの二人には話したことがあるのだが。


「俺も小さいときの話だからよくは知らないのですが、自分は赤ん坊の頃ある女性に連れられて、ぜんぜん別の世界、別の時代から来たそうです。」


「別の……世界?

 コーキさんは転生した、というわけですか?」


「いや、俺がここに来たのは生まれてからなので。

 つまり異世界転移したということになりますね。」


「その世界は、どんなところでしたか?

 ――あっ、さすがに覚えてないですよね。はは。」


 彼女は口癖の"すみません"の代わりにニコニコ笑った。

 なんだか得した気分。


「コーキさんを連れてきたその、"ある女性"にでも聞かないと。」


 ああ、カティアさん。あなたはどうしてカティアさんなの……じゃなくて。

 あなたはどうしていつも地雷を踏み抜いてしまうんですか。

 無視するわけにもいかなかったので、俺はぼそりと答える。

「……その人なら、もういませんよ」


「……すみません」


 結局謝らせてしまった。


 その女性について、俺はよく知らない。

 前の世界では天災か戦争か、とにかく人がたくさん死ぬ出来事でもあったのだろうか。


 女性は俺を抱えたまま、息絶えていたらしい。

 母親ではないのか、というのが衰弱していた赤ん坊の俺を見つけた人の証言だった。

 モヤモヤした、かつ気まずい沈黙を破ったのは、俺たちではなくカリンだった。


「なんじゃここは!?

 この先はまるで、ぜんぜん別の街ではないか!」


 彼女は目を丸くして俺たちと川の向こう岸のスラムを見比べる。


 こちら側とは一本の細い橋のみで繋がる陸の孤島。


 向こう岸の河原はスラムの入り口にして、そこがどんな場所かを無知な人間に一瞬で知らしめるには充分な場所だった。


 ボロボロのテントが、河原を葉っぱで敷き詰めたかのように隙間なく並んでいる。


「本当に、行くのかえ……?」


 先ほどはアイザックさんに噛みついていたカリンも、この向こう岸の異常な空気に尻込みしているようだ。


 俺も正直、この橋を渡りたくない。


 住人の往き来を制限する門番のような人は特に居なかったが、なるほど、これはいないわけだ。通行を禁止されなくても自然と引き返したくなるからだ。
    

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