毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています

桐生 舞都

第3章 もったいぶらずに教えてください 3-1


「助手になっても作るのはポーション。内職だって未だにポーションで困っちゃいますよ。
――でも、前と違って調合の勉強を出来るのは幸いですかね」


都へと向かう道中の俺たち。俺はカティアさんに改めて自分の話をしていた。


「ほら、城下町が見えてきたよ」


「いつ見ても見事なものじゃな!」


アイザックさんが前方を指し、カリンが遠くに見える大きな白い建築物――城を見て感嘆した。


「ランプリットなんて久々だよ」


ランプリットは、俺達が暮らすランプリット王国と同名の街であり城下町、いわば首都である。


都には、一方通行ではあるが旅人の使うことが出来る瞬間移動装置――転送陣がある。


これを使えば、世界の様々な場所に出口として設置された魔方陣の場所にワープすることが出来る。


このたいへん仰々しい装置は、膨大な電力と魔力の維持が必要なため、そう簡単に何処にでも造ることが出来るものではない。必然的に、これがある場所は人の多い大きな都市に限られる。


今回の冒険は終了で、予定では全員がそのまま帰路に着くつもりだった。

が、アイザックさんによれば、小屋から街道に抜け、そこから歩いて転送陣のあるランプリットまで行く方が来た道を引き返すよりも手っ取り早いとのこと。俺たちに異存は無く、都まで行くことになった。


そして翌朝、小屋を出立したのである。


「せっかくだから少し街中を見ていきませんか?」


カティアさんが提案する。


彼女はあの後、「助けてもらったお礼がしたいので、研究所の場所を教えてほしい」と言い、カリンが「それなら遊びに来るのじゃ」と提案したため、帰り道も同行することになった。



「さーんせーい」


「僕は構わないけど……カリンは、家のことは大丈夫なのかい?早く帰らないと心配されるよ」


アイザックさんは俺と違って浮かない様子だ。そういえば、本来薬屋の手伝いがある筈のカリンの身を預かっているんだもんな。


「ち、ちゃんと七日間空ける、と家に言うておるのじゃ」


カリンが目をそらして言う。


「いやいやいや長すぎでしょ、


ちょっとダンジョンに行ってくるのにそんなにかかるわけないじゃないか……


よく許してくれたね、薬屋のご主人」


「もともと放任主義だから、無問題なのじゃ」


舌を出して言う彼女を見て、俺はあることを思い出す。


そして、わざと意地悪っぽく言う。


「……俺、見ちゃったんだよな~。


 ずっと前にもお前が遠出したことがあっただろ?


その後、納品で店に行ったら主人が『これも薬屋の発展のため……』って自分を納得させるように言ってるの見たことあるぞ。


本当に放任主義だったらあんな悩むような表情するか~?」


「ギクッ!コーキ、また余計なことを!」


「……お前に、アイザックさんという気鋭の研究者のもとで経験を積ませるのが後々店のためにもなると考えてるみたいだが、そもそもの本人がこれじゃあね」


「ぐぬぬう!」


「クスクス」


俺たちのやりとりにアイザックさんが笑ったが、目が笑ってなかった。


「……カリン、帰ったら君と薬屋の主人と話があるから、覚えておいでね」


「トホホ……なのじゃ」


落ち込んだカリンは俺たちから離れ、カティアさんに寄りかかり、くっついて歩く。


「コーキにいじめられたのじゃ~」


カティアさんが歩きながら「よしよし」と背の低い彼女の頭を撫でる。こうして見るとなんだか仲の良い姉妹みたいだな。
そのうちにパーティーはランプリットの入り口にあたる城門にたどり着いた。


堀に架かった橋を渡り、この城門を越えた先はもう、街である。


門の両側では二人の衛兵が、これが城下町のテンプレートなのだ、とでも誇示するかのように、両眼を光らせて立っている。俺たちは呼び止められることもなく、すんなり街の中へと入ることができた。


「どうしましょう?まずはやっぱり市場でも回りますか?」


どこからか地図を取り出して読んでいたカティアさんが聞く。


「俺は異存無しです」


カティアさんに賛成する。そして残り二人も同様に市場に寄りたい旨を伝えた。


住居が密に集まった道を抜け、そのまま街の中心部まで移動する。


やがて、通りの中に、カラフルなアーチが組まれた一角が現れた。ここがランプリットの市場である。


市場は流石首都だけあって人が多く、一定の進行方向が自然と出来ていた。そうしないと奥へ進めないからである。


焼いたトウモロコシや肉の匂いが食欲をそそる。


果物屋ではカゴいっぱいのオレンジがリアカーに詰まっていて、通り過ぎると果実のみずみずしい匂いがふわりと漂った。その前では女性と商人らしき男が立ち話をしている。


「全然動けねえ~!」


「人間が集まった、ものすごい熱気なのじゃ」


人の多さからなかなか進めないので、時折露店の商売人からダイレクトに声を掛けられることも多い。


アクセサリーや安物の石を並べた店では、ハンチングをかぶった店主が気だるそうに通りを眺めていたが、こちらの女性二人を見ると「お嬢さん達どうだい」と手招きした。


二人がその雑貨屋に興味を示し、駆け寄った。木箱を積み上げただけの、市場でもひときわ簡素な屋台。


「自分で買うのはいいけど、無駄遣いしないようにね」


アイザックさんが、アクセサリーを見始めたカリンを背後からたしなめる。

「兄ちゃんも、どうだい?そこのイヤリングなんか、お似合いだぜ」


店主はそう言って俺に、ブルーの石がはまったものを示す。


「あ、いえ、結構」


そう言って断った手前、店から少し離れて二人の様子をうかがわなければならなかった。


「そっか残念だぜ~。


まあ、そこの姉ちゃん達がなかなか見る目があるようだから、二つほど買って貰えそうでラッキーだ」


店主は顎髭を撫でてそう言うと、石の種類を選ぶ二人を、顔を綻ばせて見る。


「……ううう、どれにしようか迷います」


「この色なら……ふうむ……」


二人は布が張られた木箱の上を食い入るように吟味している。これは長くなりそうだ。俺はこっそりため息をつく。


「おや、ここの奥は古本屋みたいだね。


ちょうど良い、女性陣が選んでいる間ここで暇をつぶそうか」


アイザックさんが、雑貨屋の奥の赤い屋根の屋台を見つけて俺を誘う。数台のワゴンに本が積まれており、その一角は紙とインクの独特の匂いが漂っていた。店主も安楽椅子に座り、本を読んでいる。立ち読み可という暗黙のサインだろうか。


アイザックさんがハードカバーの文学全集を読み、俺は読みやすい本を探して時間を潰していると、


「これにします!」


カティアさんが悩んだ末、赤い石の指輪を買った。


「この石のが一番しっくりくるのじゃ」


カリンは落ち着いた青緑の石のネックレスを選んだ。


二人が目利きなのは店主のお世辞ではないようだ。俺は本を戻し、彼女達が取った所の値札を確認する。


 ――500Gか。これならカリンの小遣いでも問題ないだろう。カティアさんの指輪は1000Gで、こういう雑貨にこだわりの無い俺としては買うかどうか微妙なラインだ。





二人は嬉しそうにはしゃぎながらそれぞれのものを付け合った。なるほど、カリンの赤い指輪と、カティアさんの青緑のネックレスだったのか。なかなか二人のイメージに合っている。


それにしても、ずいぶんと打ち解けたものだ。ニコニコした様子で戻ってきた二人に、アイザックさんが言う。


「最近物騒らしいから気をつけてね。特にそういうものをつけて歩くのは」


「スリとかですか?」


「ああ……いや、でもちょっと違うような。


なんせ、悪質なものでね」


「……それは、盗られても、あまりの手際の良さに帰るまで気付かないとか?」


俺は冗談交じりに尋ねる。


「いや、それ何気に一番怖いけど、そうじゃない。


集団で取り囲んで襲うんだ。」


「集団でってことは窃盗団ですか?でもこんな賑やかな街の真ん中でそれは――」


カティアさんがうーんと唸る。


集団で、窃盗、それも市場で――。


俺は、あることを思い出した。


「……まてよ、もしかしてストリートチルドレン?」


ランプリットの西端、この街全体の生活排水が流れる人工のどぶ川を隔て、貧民街がその向こう岸にある。


「貧民街の奴等かの?」


俺の言葉で思い至ったのか、カリンが言った。


「貧民街か……、『あそこに自ら近づく人間は三種類。命知らず、世間知らず、そして借金で夜逃げしたランプリット市民』、ってジョークがあるぜ。


嬢ちゃん達は絶対近づくんじゃねえぞ?」


俺たちの話を聞いていたらしい雑貨屋の店主が煙草を燻らしながら言った。


俺は、貧民街に住む子供の中には、徒党を組んで、川を越えたこちら側で悪事を働く者もいると聞いたことがある。



アイザックさんがその手口について語る。


「その通り。彼らのやり方だけど、まず綺麗な服を着た一人か二人が市場の呼び込みのふりをして近づく。おおかた、服は店からでも盗んだのだろう。


次に、背の低い、比較的幼い子供が四人以上で、ターゲットが逃げられないように囲い込み、刃物で脅して密着し、歩かせる。


最後に、綺麗な服を着た、その中でも背の高い子供達がさらに取り囲み、いかにも良いトコの学生集団が談笑しているかのように擬態する。長身が集まらなかった時とかは、二人羽織りでそう見せるらしい。


そうして金目のものを奪うと、人気の無い場所にターゲットを残して素早く去っていく。


そういうわけで、狙われた人が一人か二人なら周りは気付かない場合も多かったから、王国政府の、首都を管理する部署が子供の集団に注意を呼び掛けたんだよ」


「ほえ~、そうなんですか!


にしても、すごいですね!

最近の子供はずいぶんと頭がいい――」


「感心してどうするのじゃカティア!」


「もし嬢ちゃんらが盗られても、安心しな。


そん時は、また来てくれれば一回だけ同じのをやるよ」


二個でも赤字にならないのだろうか。店主は目利きらしいこの二人を気に入ったようだ。


俺たちは店主と別れ、また市場をずんずんと進んでいく。

人混みもまばらになってきた。


途中、俺は聞いてみたいことがあった。


「アイザックさん」


「うん?」


「あの仮説について、詳しく教えて欲しいのですが」

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