毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています
2-8
壁が錆びて植物の絡んだちっぽけな小屋。その裏に、それは隠れるようにしてあった。
石で作られた簡素なそれにカティアさんが祈り、俺たちも彼女に倣う。
石が崩れないように工夫した跡が感じられるそれは不思議と、粗末な感じはしなかった。
カティアさんが故人に向けて囁く。
「今日は、私が組んだパーティーの仲間さん達を連れてきましたよ、
いつもは私一人でしたから、驚きました?」
彼女はその後も何か呟いたようだったが、ささやくような声になったので聞き取れなかった。
俺は石板に刻まれた文字に気付く。
女性の名前だった。
俺は顔や年齢、そして生い立ちさえも知らないその人に祈った。
「どうか安らかに……」
祈りを終え、カティアさんはゆっくりと俺たちに向き直る。
そして、
「コーキさん、お願いがあります」
「は、はい!」
「――私と握手をしてほしいのです」
神妙な面持ちで言い、彼女は片手を差し出した。
俺はぽかんとする。
「え、握手、ですか?」
そう言いながら、俺は右手を前に出す。
「いえ、違うんです。
コーキさんの、左手です。そのグローブも外してください。」
そう言って、俺の右手を押し返す。
「え、でも……」
わざわざグローブを外せ、と言うことは、それがどういうことか、彼女は分かっているようだ。
なおも躊躇していると、
「いいから、ほら!」
そう言って無理矢理に俺の腕をつかみ、グローブを外し、左手をしっかり握って降った。
彼女が俺の手を掴むのは一瞬の出来事だった。
彼女は俺の手をぎゅっと掴み、腕を振り続けている。
「ちょっと、そんなことしたらあなたが!」
俺は手を引き剥がそうとするが、指一本離れない。
彼女を見ると、案の定苦しそうに顔をしかめている。
師弟コンビもただただ彼女の行動に困惑している。
「なんですか、これくらい!
こんなもの、こんなもの、全然大したこと、たいしたこと、無い、じゃ、ないですか!!」
「ちょっと声震えてますよ!離してください!」
「離しません!!」
「危ないですって!」
「こんなの痛くも痒くもありません!」
「いいから早く!」
「嫌です!」
「じゃあ両の手のひらを見せてください」
「えっと、こう……?……って、子供騙しですか!?
とにかく、離しません!」
「カティアさん――」
見かねたカリンとアイザックさんが二人がかりでなんとか引き剥がし、 解毒薬を飲ませる。
そうされてもなお、彼女は月の光を背に、凛として立っていた。
そうして立つ彼女は丸腰でもかっこよく見えた。
カリンが「これは絵にでも描きたいのじゃ……」とぼそりと呟く。
そしてカティアさんは言う。
「さっきの作戦、能力を上手く生かしていて、すごく良かったと思います!
だから、コーキさんはもっと毒手のことをガンガン開示してくべきです!
……ですよね?」
カリンとアイザックさんに微笑む。
微笑みを向けられた二人は、少しの間不思議そうにお互いの顔を見合わせていた。だが、やがてカティアさんの意図を察したらしく、俺と彼女を見て、笑顔でうんうんと頷いた。
なんだか気恥ずかしい。
俺はきつい握手で軽く跡のついた自分の左手を見る。
カティアさんの言動は全く予想できないけど、俺はそんな常識とか理窟とかを越えて、手の赤い跡を見た瞬間、不思議と、彼女の言ってくれたことをとても素直に受け入れることができた。
一年前のとある事件。もちろんそれを忘れたわけではない。
でも、俺はこの瞬間、毒手持ちの冒険者として新たに歩き出すことを決意した。
***
今日の冒険を終え、小屋で眠る俺は、夢を見ていた。
それは、ある女の子についての夢らしかった。
***
小屋の前で騒ぐ彼らの様子を、太い樹木の裏から覗き見る影があった。
後ろで束ねた髪。端整な顔立ちだが少しきつい表情。そして、青い瞳。
彼女は川に入って濡れた足下を見てため息をつく。
靴が濡れて気持ち悪いことこの上無かった。
――この私がコソコソ尾行か、なんて思われるのが嫌だったから適当に言いくるめて先に帰ってもらったけど、やっぱり、あいつらも連れて来れば良かったか。
自ら手を下さずとも、先に川に入らせて、退治させて、その後おぶってもらえば濡れることも無かったのに。
どちらにしろ、手応えの無い魔物だったが。
彼女は自らの取り巻きである冒険者連中と共に、王国の都からダンジョンの多い地帯へと向かう道を歩いていたが、道中ですれ違った冒険者の一行に知った顔を見つけた。
そして偶然見付けた彼の足取りを掴むため、気分がすぐれないから都に帰るとかなんとか言って取り巻き達と別れ、反対側を歩いてきたのだ。
「すれ違ったとき、びっくりしたよ。幸い向こうは私に気が付かなかったみたいだけど。
そのまま尾行して、森に入るのを見たからついてって一部始終を見たけど……
コーキ、一年前から、――あの時から、何も変わってない。
本当に、お人好しで、バカな奴。」
彼女は自らの手を爪が食い込むほど握りしめる。
「弱いくせに、その自己犠牲をも厭わない優しさ。
それが時にお前だけでなく、周囲をも傷付けることに、どうして気が付かない?
ずっと隠れていれば良かったものを、また、そうやって、身の丈に合わない冒険をして、他の誰かを……」
彼女はうつむき、歯を食い縛る。
「私は完璧だったからこうしてまた以前のようにダンジョンの土を踏むことが出来る――
しかし、私以外の人間が、あいつのせいで傷付くかもしれないなど、もう黙って見過ごせないのだ」
彼女が悲痛な声を絞り出すと、青いはずの瞳が、不気味な輝きを放ち、らんらんとルビー色に燃え盛った。
「いつか取り返しのつかないことになる前に、……私が、あいつを、再起不能にしてみせる……。
――『ムジュナ』。」
震える声でそう呪文を唱えると、彼女の姿は完全に闇に溶けた。
後にはただ、静寂だけが残る。
***
夢を、見ていたようだった。
でも、俺にはもう、その内容が思い出せない。
早朝のまどろむ頭で考えても、不思議なことに欠片として思い起こすことができなかった。
(第3章に続く)
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