学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

合宿編8

 千絵と信也と別れて、1人他の組とは離れて練習している長距離組に合流した太陽。
 その練習光景は、1人の女性によって白熱していた。

「はい! もう1セット行きます! 力を抜いては意味がありません! 最後まで全力で行きましょう!」

「「「「「「「ひゃ……ひゃい」」」」」」」」

 全国大会常連選手、晴峰御影を筆頭に練習に励む長距離組。
 流石の御影も己で課した練習メニューをこなし、一切の緩みも見せずに練習に取り掛かるも。
 他の部員は付いて行くのが精一杯で、汗は勿論、鼻水、涎も垂らして阿鼻叫喚だった。
 
 練習メニューは坂道ダッシュで、御影は誰よりも先行して入り、彼女のペースに追いつける者はいない。
 これが天才と凡人の差なのか。
 彼女が将来世界大会出場を期待されてる有力選手だと言うのを改めて思い知らされる。
 
 御影よりも遅かったが、何とか走り終えた後続の部員。
 ゴールして弛緩したのか、地面にへたり込みその場を一歩も動けずにいた。
 先ほど水分補給の休憩を入れたはずなのに、この練習がどれだけハードだったのか帰宅部の太陽は想像もしたくない。

 1人毅然としてタオルで汗で濡れた髪を拭う御影がここで太陽の存在に気づく。

「あっ古坂さん。それって、飲み物・ ・ ・を持って来てくれたんですね、ありがとうございます」

 御影の『飲み物』という単語で死屍累々だった部員たちは眼を輝かせて復活する。

「す、すまねぇ助っ人……。お、俺に水を恵んでくれ……」

「私にも……」

 まるで砂漠に迷い込んだ放浪者の如く水を嘆願する部員たち。
 様々な水分を撥水して脱水症状寸前にまでなっているのか。
 スポーツドリンクで色々な栄養素は補充できるが、塩分は大丈夫なのだろうかと心配になる。

「おい晴峰。もう少し手を抜いてもいいんじゃないのか? 厳しい練習が成長を促すと言っても、それで壊れたりすれば元も子もないぜ?」

 練習メニューを決める御影に忠言する太陽だが、御影の真剣な眼差しがそれを拒む。

「なにを言うんですか古坂さん。全国大会優勝、なんて言葉で言うのは簡単ですが、実現はそんな安易な事ではありません。同じ夢を志すライバルは全国に何千人いると思うんですか? それが皆、優勝を目標に頑張っているのに、練習がキツイから手を抜くなんて愚行です」
 
 御影の真正面の正論に太陽は口を詰まらす。
 
「私も小さい頃から幾度も全国で優勝をした経験あります。それで私は周囲から天才天才と讃えられますが、正直その天才っていう一言だけで済まされたくないです。私だって人一倍練習を頑張ってます。汗を流し、豆も潰し、それでも踏ん張って踏ん張って、優勝という栄光を勝ち取って来ました」

 優勝出来る猛者たちを周りから天才と称される。
 才能があるから優勝できる。才能がある奴に負けても仕方ない。
 その様な僻みを持つ者は、その天才と呼ばれる者の影を見ていないと御影は言いたいのか。

「1度敗北を経験した私は、もう負けるのが怖くて怖くて仕方ないんですよ。私はもう、負けるつもりは毛頭ないです。だから、私は練習に手を抜くつもりはありません。それで、周りの人から批判され様と、私は一切に気にしませんので」

 御影の言葉を太陽だけでなく部員たちも俯き聞いていた。
 太陽だけでなく、他の者たちも同じ考えをしていたのだろう。
 御影は才能があって天才だから、全国優勝を成し得たのだと。
 そして部員たちの表情から、御影の練習に付いていけないのは才能の差だと決めつけていたかのような。
 彼女がどれだけの鍛錬を熟してここまで来たのか、一切想像もしていなかった。

「……そろそろ練習再開ですが。この状態だと練習もままならないですね。私だけ練習を続けますので、皆さんはもう少し休憩を――――――」

 御影が言い終える前に、部員たちは沈んでいた腰を上げた。
 その事に御影は少しばかり驚いた様子。
 そして長距離組のリーダーである3年生の畑が御影に言う。

「いや……正直俺たちだとお前に追いつける気がしねえ。お前と同じ練習をこなしたところで、お前はどんどん先に行くからな。けどな―――――こっちだって選手としての意地があるんだよ! お前が頑張るんだ、こっちだって意地でも付いていってやるよ!」

 畑は部員の方に振り返り、部員たちに発破をかける。

「おいお前ら! この天才さんに負けてる訳にはいかねえぞ! この合宿で練習をこなして、天才さんの度肝を抜かせてやろうぜ!」

「「「「「「おぉおおお!」」」」」」

 先ほどまでの辛い表情から一転して気合に満ちた表情となっていた。
 普通なら、御影にああまで言われれば自信喪失を起こすだろう。
 だが、それは部員たちのやる気と陸上に対する真摯な気持ちからなんだろうが、これも御影の一種のカリスマなのだろうか……それともただの偶然の天然なのか。

 御影自身も負けるつもりは毛頭ないとやる気を見せる姿を見て、太陽は御影と彼女が重なった。

「(……そうか、こいつ似てるんだ、あいつに……)」

 短距離組に様々なアドバイスを与え、周りから信頼される光と。
 偶然の賜物であるが、全員にやる気を与えて先導して練習に取り組む御影が似ていると気づく。
 もし相違する点を挙げるのであれば、光の場合は横に並んで皆と共に歩くタイプで。
 御影の場合は先に歩いて皆を先導するタイプ。
 だが……結果として皆から慕われる。

「(だから俺はこいつの事が気になるのか……あいつに似ているから? それは分からない)」

 ただ、太陽は薄々芽生え始めていた。
 御影に対する自分の気持ちが……それが何なのかは分からないまま。
 だが、この気持ちがもし仮に恋だとすれば、その原因はなんなのだろうか?
 昔好きだった元カノに似ているからなのか。
 もしそうなれば、太陽はこの恋を芽生えさせるつもりはない。自分の気持ちを押し殺すように拳を握りしめる。
 心に渦巻く感情で吐き気がする。頭が痛くなる。胸が締め付けられる。
 
 結局の所、太陽はまだ1歩目が進めないでいた。
 その歩み方を太陽は未だに模索しているから。

「まっ、ぶっちゃけ焦る必要はねえか。人生はまだまだ長いし、これから頑張って―――――」
 
 自問自答を零す太陽だが、ここで懐の連絡用で持っていた携帯が鳴る。
 画面を見ると、発信者は千絵だった。

「もしもし、千絵か。どうした?」

『あぁ、ごめん太陽君。今大丈夫かな?」

 大丈夫だが、と太陽は頷く。

『よくよく考えたら私たちね、そんな悠長にしている暇がなかったことに気づいたの。夕食の下拵えだったり、大浴場の清掃だったりね。光ちゃんはコーチ代理として手が離せないから、ごめんだけど施設の方に戻って来て貰えるかな?』

「…………了解」

 答える太陽だがその言葉に覇気はなかった。
 ピッと通話を終了させた太陽は、恨めし気な眼で練習に取り掛かる御影へと振り返り。

「(どこが雑に扱わないだゴラッ! 休む暇もないじゃねえか! ……あとで千絵に頼もう。晴峰あいつの嫌いな食べ物を聞いておいてくれって! どれかの飯でそれをオンパレードしてやるからな!)」

 不本意な合宿に巻き込んだ張本人に心で怨言を零しながら、太陽は施設の方へと戻った。


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