学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ
合宿編5
「ふぅ……なんとか昼は乗り切れたね……。けど、流石はアスリート。食べる量は異常だよ」
「そうだな。白飯沢山炊きすぎたなって思ってたが、逆に足りないって言われるとは思わなかったぞ……。業務用の炊飯器を2つ丸ごと使ったのにな……」
激闘の昼食を終えて部員たちが食べ終えた食器を洗う助っ人4人。
千絵と光は食器を洗い、太陽と信也はお盆を担当していた。
「これを毎日毎食やらないといけないと考えると憂鬱だな……。まあ、殆どが信也と千絵が味付けをしてくれたが、それでも嫌気が差すぜ」
「俺はあくまで自己満足の味付けしか出来ないから、殆ど高見沢がしてくれたからな。先輩や部員の人たちも言っていたが、高見沢が味付けした生姜焼き本当に美味しかったぞ」
「へへへへ。ありがと新田君。そう言われると頑張った甲斐があったよ」
満更でもなく恥ずかし気ながら頬を掻く千絵に光は拭き終わった皿を置いて言う。
「私は料理下手だから本当に千絵ちゃんが言って助かったよ。私の場合は殆ど戦力になれなかったし……」
「いやいや。光ちゃんも最終的には慣れてきて上達してたと思うよ。もしなんだったら、合宿の間に料理教えてあげるよ」
「本当に? ありがと千絵ちゃん」
友情全開に微笑ましく話す光と千絵。
自分の分のお盆を半分拭き終えた太陽が今後の事を話す。
「午後からのスケジュールってどうなってるんだ?」
「昼食後は陸上部の人たちは1時間の休憩後に練習再開。俺たちは食器洗いを終えた後に少し休憩して、部員の人たちにスポーツドリンクとタオルの用意だ」
「うげぇ……殆ど休みなしって事かよ……。めちゃくちゃこき使われるじゃねえか、マジで詐欺レベルだぞ」
「それ、今更うだうだ言ってもしょうがないよ。滅多に体験できない事ってポジティブに考えよう。……私はそう考えてるから……」
恐らく一番に体力を消耗したであろう千絵が生気の宿ってない笑いを零す。
料理ではあまり役に立たなかった上に、男子で体力も千絵よりかはある太陽が先に愚痴を零すのは申し訳ないとさえ思う。
「それは兎も角。私の方は終了だね。光ちゃん、後の皿はお願いできるかな?」
「ん? 別にこの分は私の担当だからいいけど、どうして?」
「掃除。食堂も使ったし、軽くモップ掛けやテーブルを拭かないといけないから」
なるほどと納得して頷く光。
ここで信也が挙手する。
「それなら俺もそっちに回るよ。高見沢1人で広い食堂全てするのは無理だと思うし」
「そうだね。なら新田君、お願い」
信也は千絵の手伝いと持ち場を離れようとした時に太陽が呼び止める。
「おい信也! お前、自分の分が終わってないのに俺に投げるなよ!?」
信也の担当するお盆拭きは半分しか終わっておらず、信也が持ち場を離れるということは、残りのお盆は太陽が拭かないといけなくなるってことになる。
太陽はその事で信也に糾弾するが、
「頼むぜ太陽」
端的に捨て台詞を残して、清掃道具を取りに一旦食堂を出て行く信也と千絵。
2人切りになった元カレと元カノ。
気まずい空気が流れて、その後に2人が帰って来るまでの間、閑散な空気が食堂を包みこんだ。
場所が変り千絵と信也は清掃道具が収納されている倉庫へと来ていた。
倉庫の鍵は千絵が担当して預かっており、無くさない為に千絵は首に紐で掛け、掛けた状態で倉庫の鍵を開く。
「えっと、掃除道具掃除道具、と」
倉庫内を見渡して掃除道具を探す千絵。
その後ろで信也が千絵に声を掛ける。
「なあ高見沢。食堂で掃除をするって言いだした時、俺の方に視線を向けていたが、あれでよかったのか?」
唐突に信也は何を言っているのだろうかと思うが、信也は気付いていた。
千絵が自らが掃除をすると言い出した時、信也の方に何かを呼びかける様な視線を送っていたのを。
信也をそれを察して残りのお盆拭きを太陽に任せて千絵に付いて来たのだが。
「……うん。あれで良かったんだ。太陽君と光ちゃんが二人キリになれば、少し距離が元通りになると思って。さっきの二人の言い争いを見て思った。太陽君って、心底光ちゃんを嫌ってないんだって」
「……それ、かなり差し出がましくないか? 前に太陽は言ってただろ。俺に無用な親切はしないでくれって」
太陽は光に振られた後に、千絵は何とか2人の距離を縮めようと模索した事があり、太陽にそれを止めてくれと言われた事もある。
「そもそもな話だが。お前、この合宿に俺たちが来るってのを予想してたのか? それで自分が参加してあいつらの仲を取り持つって」
「そこまで私は預言者じゃないよ。今回のは本当に偶然。太陽君や新田君が参加したのは、本当に驚いてたんだから。けど、丁度良い機会だと思ってはいたけど。この合宿で良くも悪くも進展してくれるんじゃないかってね」
千絵の真意を聞いた所で少し間を空けて信也は千絵に問う。
「……なあ、高見沢。前から思ってたが、お前は何がしたいんだ?」
「何がしたいって、どういうこと?」
信也の質問に訝し気にする千絵。
信也は眉間に皺を寄せて、千絵の心に訴える眼光を向け。
「お前…………太陽の事が好きなんだろ?」
信也の一言でこの場が凍り付いたかの様な感覚が迫る。
千絵は一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに冷静となるも半笑いをして。
「…………バレてたか」
「当たり前だ。お前を見ててお前の好意に気づいてないのは、あの太陽だけだ」
千絵は眼を泳がし視線を逸らすも、信也の真っすぐな瞳を騙す事は出来ず、失笑して。
「私って案外分かり易いんだね。…………うん、私は、太陽君の事が好きだよ。昔から、今も」
信也を前に千絵は隠すことなく素直に告白する。
自らの恋心を、今も昔も太陽が好きだってことを。
信也はそれを聞き、強く歯噛みをした後、千絵に問いただす。
「ならよ。なんでお前は自分の首を絞める事ばっかしてるんだよ。太陽は今はフリーなんだぞ? なら、告白する絶好のチャンスだろ。あいつは失恋で出来た穴を埋めるようとしている。なら、その機会を使えば、お前にだってチャンスが―――――」
「無理だよ」
信也の言葉を遮り千絵は一蹴する。
そして千絵は悲しみの混じった眼で無理に笑顔を作り。
「無理なんだ、私には、少なくとも、今の太陽君に私は告白することは出来ない……」
「どういう意味だよ、今の太陽に告白できないって……。まさか、振られたショックで金髪に染めてチャラ男を装う事に対してなのか?」
「違うよ。外見とかじゃなくて、心に対して言ってるの。あっ、別に振られて未だにウジウジしている女々しい部分って訳じゃないよ。今の太陽君は……そう、壊れた機械みたいな物だから」
「全然言っている意味が分からねえんだが……」
千絵が何が言いたいのか、そもそも千絵自身は分かって貰いたいなんて端から思っていないのか、これ以上の補足は無く、
「確かに今の太陽君は心に深い傷を負っている。……それもそうだよ。太陽君は小さい頃から光ちゃんの事が好きだったんだから。これは、新田君も知ってるよね?」
「……まぁな。中学の頃に嫌って程聞かされたし、だが……お前、後悔しないのか?」
千絵は暗い影を一瞬浮かばせ、口を閉じるが、直ぐに開口する。
「後悔……するかもね。これからずっと。知り合いから一番後悔する恋の終わらせ方は身を引く事だって教わったけど。その教えを台無しにしようとしてるかもね」
千絵の一言一句が重たく信也に迫る。だが、信也はそれを黙って聞くことしか出来なかった。
「私は太陽君が好き。太陽君は、彼の名前の通り、私にとっては太陽そのものだよ。人付き合いが苦手で暗く閉ざしていた私を照らしてくれたんだからね。恩……って言っていいのか分からないけど、私の目的は、恩人が幸せになってくれるだから」
その笑顔に嘘は見受けられない。だが、全てが真実だとは信也は思えなかった。
「……それでお前の幸せが消えても、お前はいいのか……」
つまり太陽が千絵を選ばない。その未来を示唆して千絵は困り顔で、
「……それは私だって、好きな人に好きになって貰えるなら幸せだけど……太陽君に私の気持ちは伝わらない。信也君もさっき言ったよね。太陽君は人の好意に対して鈍感だから。私から告白しない限り、多分……私をただの友達としか見てくれないよ。多分気づいて貰う時には、私はおばあちゃんになってるかもね」
幼馴染故の曖昧な距離感。近すぎて異性として見てくれない危険性がある。
幼馴染は最も同じ時間を過ごして、互いを知っているという意味で大きなアドバンテージを作るが、それ以上に関係の崩壊を生じる大きな壁でもある。
「……だが、お前は太陽に告白する気がないんだろ……?」
千絵は少し間を空けて頷き。
「……うん。少なくとも、太陽君があの事を思い出すまで、私の罪が許されるまで、私は、自分の恋心を封印するつもり」
「太陽の思い出だとか、お前の罪だとかは追及する気がねえ。……けど、俺に何か手伝える事はないのか……?」
何かを許しを請う千絵の姿を見て居た堪れずに信也が協力を買って出るが、千絵は首を横に振り。
「ありがたいけど、新田君にしてもらうことは、何もないよ。人の恋路に首を突っ込むお節介な性悪女な私だけど、私は自分の恋を誰かに助力を求めるつもりもないし、誰かに加担されたくない。私の恋は、私自身で決着を付けたいから」
感謝を込めながらも、申し訳なさそうに千絵はハッキリ言う。
そう……か、と信也は眼を伏せる。
そんな信也の額を千絵は指で突き。
「……ありがとね、新田君。正直新田君には感謝してるんだよ? こうやって私の悩みを聞いてくれる人がいるから、私は気を軽くすることが出来る。だから私は、自分の好きな人たちの為に、頑張れるんだから」
ニシッといつもの屈託のない笑顔で感謝の意を込める千絵。
信也は千絵に突かれた額を摩りながら、ニヤケそうなのを必死に堪えた微笑を浮かばせ。
「どういたしましてだ、高見沢」
相手が笑顔なら笑顔で返す。これが信也が千絵から教わった事。
よーし!と千絵は気分を整えられたのか、腕を精一杯に上に伸ばしてストレッチをして、
「そろそろ戻らないと太陽君たちの雷が落ちるね」
倉庫に来た目的を思い出して掃除道具を探し出す千絵だが、信也に背中を向けながら尋ねる。
「そう言えば、私の恋の話はしたけど、新田君には好きな人がいないの?」
彼女に顔を見られず幸いで、信也は凍り付いた様に苦笑する。
少し躊躇いもしたが、ふぅ……と息を吐き信也は口を開く。
「……いるぜ、好きな人」
その回答に千絵の手は止まり、そして振り返り、興味津々とした輝く眼で信也に向き合い。
「なになになに! 誰だれだれ!? 新田君の好きな人って!? 凄く気になるんだけど!? あっ、名前は聞くのは流石に失礼だからヒント頂戴! 同じ学校の人? 他校の人? 先輩? 同級生? 後輩? それとも社会人!?」
失礼と言いながらもマシンガンの様に質問を撃ち散らかす千絵だが、信也ははぐらかす様に笑い。
「ノーコメントだ」
「えええ! ぶーぶーだよ! 折角、私が応援してあげようと思ったのにな」
「それはさせねえよ。お前も先刻言っただろ? 自分の恋は自分で決着を付けたいって。俺もそうだ。誰かに水を差されたくないからな。特にお前には」
自分の発言を掘り起こされ苦い表情になる千絵。
「……それを言われると何も言い返せないけど……分かった。けど大丈夫だよ。新田君は良い人だもん。その人がとんでもなく鈍感な人じゃない限り、新田君の気持ち絶対に伝わるから! 私が保証するから、お互い恋を頑張ろ! って、私の恋は殆ど負け戦だった……」
最後に自虐を混ぜながら楽しみが増えたとばかりに浮足立った足取りで掃除道具を握って倉庫を出ようとする。
が、ドアノブに手を掛ける寸前に千絵は信也に釘を刺す。
「あっ、ここで話したことは他言無用だよ? もし私の恋慕を誰かに話したら、私は新田君を嫌いになる+その好きな人を必死で見つけ出して新田君は意地悪だって言うからね!?」
言い終わると千絵は勢いよく扉を開き、1人颯爽と出て行く。
1人残され茫然と立ち尽くしていた信也だが、笑いが込み上げて腹を抱えて少し声量を押さえて哄笑すする。
「はははははっ! 高見沢の恋心を言いふらせば高見沢が俺を嫌いになるか。そうなれば、高見沢、わざわざお前は俺の好きな奴を探す手間が無くなるな」
堪え切れずに笑うも虚しさだけが残り、信也は笑うのを止める。
そして誰も聞かれる事がないと、信也は独り言を呟く。
「……お前は太陽の事を鈍感鈍感って言うが、お前も大概だぜ、高見沢……。俺の好きな奴は……うん、俺も言わないぜ。お前がお前の恋に決着を付けるまで、俺も、この想いを隠し続けてやるからよ」
「そうだな。白飯沢山炊きすぎたなって思ってたが、逆に足りないって言われるとは思わなかったぞ……。業務用の炊飯器を2つ丸ごと使ったのにな……」
激闘の昼食を終えて部員たちが食べ終えた食器を洗う助っ人4人。
千絵と光は食器を洗い、太陽と信也はお盆を担当していた。
「これを毎日毎食やらないといけないと考えると憂鬱だな……。まあ、殆どが信也と千絵が味付けをしてくれたが、それでも嫌気が差すぜ」
「俺はあくまで自己満足の味付けしか出来ないから、殆ど高見沢がしてくれたからな。先輩や部員の人たちも言っていたが、高見沢が味付けした生姜焼き本当に美味しかったぞ」
「へへへへ。ありがと新田君。そう言われると頑張った甲斐があったよ」
満更でもなく恥ずかし気ながら頬を掻く千絵に光は拭き終わった皿を置いて言う。
「私は料理下手だから本当に千絵ちゃんが言って助かったよ。私の場合は殆ど戦力になれなかったし……」
「いやいや。光ちゃんも最終的には慣れてきて上達してたと思うよ。もしなんだったら、合宿の間に料理教えてあげるよ」
「本当に? ありがと千絵ちゃん」
友情全開に微笑ましく話す光と千絵。
自分の分のお盆を半分拭き終えた太陽が今後の事を話す。
「午後からのスケジュールってどうなってるんだ?」
「昼食後は陸上部の人たちは1時間の休憩後に練習再開。俺たちは食器洗いを終えた後に少し休憩して、部員の人たちにスポーツドリンクとタオルの用意だ」
「うげぇ……殆ど休みなしって事かよ……。めちゃくちゃこき使われるじゃねえか、マジで詐欺レベルだぞ」
「それ、今更うだうだ言ってもしょうがないよ。滅多に体験できない事ってポジティブに考えよう。……私はそう考えてるから……」
恐らく一番に体力を消耗したであろう千絵が生気の宿ってない笑いを零す。
料理ではあまり役に立たなかった上に、男子で体力も千絵よりかはある太陽が先に愚痴を零すのは申し訳ないとさえ思う。
「それは兎も角。私の方は終了だね。光ちゃん、後の皿はお願いできるかな?」
「ん? 別にこの分は私の担当だからいいけど、どうして?」
「掃除。食堂も使ったし、軽くモップ掛けやテーブルを拭かないといけないから」
なるほどと納得して頷く光。
ここで信也が挙手する。
「それなら俺もそっちに回るよ。高見沢1人で広い食堂全てするのは無理だと思うし」
「そうだね。なら新田君、お願い」
信也は千絵の手伝いと持ち場を離れようとした時に太陽が呼び止める。
「おい信也! お前、自分の分が終わってないのに俺に投げるなよ!?」
信也の担当するお盆拭きは半分しか終わっておらず、信也が持ち場を離れるということは、残りのお盆は太陽が拭かないといけなくなるってことになる。
太陽はその事で信也に糾弾するが、
「頼むぜ太陽」
端的に捨て台詞を残して、清掃道具を取りに一旦食堂を出て行く信也と千絵。
2人切りになった元カレと元カノ。
気まずい空気が流れて、その後に2人が帰って来るまでの間、閑散な空気が食堂を包みこんだ。
場所が変り千絵と信也は清掃道具が収納されている倉庫へと来ていた。
倉庫の鍵は千絵が担当して預かっており、無くさない為に千絵は首に紐で掛け、掛けた状態で倉庫の鍵を開く。
「えっと、掃除道具掃除道具、と」
倉庫内を見渡して掃除道具を探す千絵。
その後ろで信也が千絵に声を掛ける。
「なあ高見沢。食堂で掃除をするって言いだした時、俺の方に視線を向けていたが、あれでよかったのか?」
唐突に信也は何を言っているのだろうかと思うが、信也は気付いていた。
千絵が自らが掃除をすると言い出した時、信也の方に何かを呼びかける様な視線を送っていたのを。
信也をそれを察して残りのお盆拭きを太陽に任せて千絵に付いて来たのだが。
「……うん。あれで良かったんだ。太陽君と光ちゃんが二人キリになれば、少し距離が元通りになると思って。さっきの二人の言い争いを見て思った。太陽君って、心底光ちゃんを嫌ってないんだって」
「……それ、かなり差し出がましくないか? 前に太陽は言ってただろ。俺に無用な親切はしないでくれって」
太陽は光に振られた後に、千絵は何とか2人の距離を縮めようと模索した事があり、太陽にそれを止めてくれと言われた事もある。
「そもそもな話だが。お前、この合宿に俺たちが来るってのを予想してたのか? それで自分が参加してあいつらの仲を取り持つって」
「そこまで私は預言者じゃないよ。今回のは本当に偶然。太陽君や新田君が参加したのは、本当に驚いてたんだから。けど、丁度良い機会だと思ってはいたけど。この合宿で良くも悪くも進展してくれるんじゃないかってね」
千絵の真意を聞いた所で少し間を空けて信也は千絵に問う。
「……なあ、高見沢。前から思ってたが、お前は何がしたいんだ?」
「何がしたいって、どういうこと?」
信也の質問に訝し気にする千絵。
信也は眉間に皺を寄せて、千絵の心に訴える眼光を向け。
「お前…………太陽の事が好きなんだろ?」
信也の一言でこの場が凍り付いたかの様な感覚が迫る。
千絵は一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに冷静となるも半笑いをして。
「…………バレてたか」
「当たり前だ。お前を見ててお前の好意に気づいてないのは、あの太陽だけだ」
千絵は眼を泳がし視線を逸らすも、信也の真っすぐな瞳を騙す事は出来ず、失笑して。
「私って案外分かり易いんだね。…………うん、私は、太陽君の事が好きだよ。昔から、今も」
信也を前に千絵は隠すことなく素直に告白する。
自らの恋心を、今も昔も太陽が好きだってことを。
信也はそれを聞き、強く歯噛みをした後、千絵に問いただす。
「ならよ。なんでお前は自分の首を絞める事ばっかしてるんだよ。太陽は今はフリーなんだぞ? なら、告白する絶好のチャンスだろ。あいつは失恋で出来た穴を埋めるようとしている。なら、その機会を使えば、お前にだってチャンスが―――――」
「無理だよ」
信也の言葉を遮り千絵は一蹴する。
そして千絵は悲しみの混じった眼で無理に笑顔を作り。
「無理なんだ、私には、少なくとも、今の太陽君に私は告白することは出来ない……」
「どういう意味だよ、今の太陽に告白できないって……。まさか、振られたショックで金髪に染めてチャラ男を装う事に対してなのか?」
「違うよ。外見とかじゃなくて、心に対して言ってるの。あっ、別に振られて未だにウジウジしている女々しい部分って訳じゃないよ。今の太陽君は……そう、壊れた機械みたいな物だから」
「全然言っている意味が分からねえんだが……」
千絵が何が言いたいのか、そもそも千絵自身は分かって貰いたいなんて端から思っていないのか、これ以上の補足は無く、
「確かに今の太陽君は心に深い傷を負っている。……それもそうだよ。太陽君は小さい頃から光ちゃんの事が好きだったんだから。これは、新田君も知ってるよね?」
「……まぁな。中学の頃に嫌って程聞かされたし、だが……お前、後悔しないのか?」
千絵は暗い影を一瞬浮かばせ、口を閉じるが、直ぐに開口する。
「後悔……するかもね。これからずっと。知り合いから一番後悔する恋の終わらせ方は身を引く事だって教わったけど。その教えを台無しにしようとしてるかもね」
千絵の一言一句が重たく信也に迫る。だが、信也はそれを黙って聞くことしか出来なかった。
「私は太陽君が好き。太陽君は、彼の名前の通り、私にとっては太陽そのものだよ。人付き合いが苦手で暗く閉ざしていた私を照らしてくれたんだからね。恩……って言っていいのか分からないけど、私の目的は、恩人が幸せになってくれるだから」
その笑顔に嘘は見受けられない。だが、全てが真実だとは信也は思えなかった。
「……それでお前の幸せが消えても、お前はいいのか……」
つまり太陽が千絵を選ばない。その未来を示唆して千絵は困り顔で、
「……それは私だって、好きな人に好きになって貰えるなら幸せだけど……太陽君に私の気持ちは伝わらない。信也君もさっき言ったよね。太陽君は人の好意に対して鈍感だから。私から告白しない限り、多分……私をただの友達としか見てくれないよ。多分気づいて貰う時には、私はおばあちゃんになってるかもね」
幼馴染故の曖昧な距離感。近すぎて異性として見てくれない危険性がある。
幼馴染は最も同じ時間を過ごして、互いを知っているという意味で大きなアドバンテージを作るが、それ以上に関係の崩壊を生じる大きな壁でもある。
「……だが、お前は太陽に告白する気がないんだろ……?」
千絵は少し間を空けて頷き。
「……うん。少なくとも、太陽君があの事を思い出すまで、私の罪が許されるまで、私は、自分の恋心を封印するつもり」
「太陽の思い出だとか、お前の罪だとかは追及する気がねえ。……けど、俺に何か手伝える事はないのか……?」
何かを許しを請う千絵の姿を見て居た堪れずに信也が協力を買って出るが、千絵は首を横に振り。
「ありがたいけど、新田君にしてもらうことは、何もないよ。人の恋路に首を突っ込むお節介な性悪女な私だけど、私は自分の恋を誰かに助力を求めるつもりもないし、誰かに加担されたくない。私の恋は、私自身で決着を付けたいから」
感謝を込めながらも、申し訳なさそうに千絵はハッキリ言う。
そう……か、と信也は眼を伏せる。
そんな信也の額を千絵は指で突き。
「……ありがとね、新田君。正直新田君には感謝してるんだよ? こうやって私の悩みを聞いてくれる人がいるから、私は気を軽くすることが出来る。だから私は、自分の好きな人たちの為に、頑張れるんだから」
ニシッといつもの屈託のない笑顔で感謝の意を込める千絵。
信也は千絵に突かれた額を摩りながら、ニヤケそうなのを必死に堪えた微笑を浮かばせ。
「どういたしましてだ、高見沢」
相手が笑顔なら笑顔で返す。これが信也が千絵から教わった事。
よーし!と千絵は気分を整えられたのか、腕を精一杯に上に伸ばしてストレッチをして、
「そろそろ戻らないと太陽君たちの雷が落ちるね」
倉庫に来た目的を思い出して掃除道具を探し出す千絵だが、信也に背中を向けながら尋ねる。
「そう言えば、私の恋の話はしたけど、新田君には好きな人がいないの?」
彼女に顔を見られず幸いで、信也は凍り付いた様に苦笑する。
少し躊躇いもしたが、ふぅ……と息を吐き信也は口を開く。
「……いるぜ、好きな人」
その回答に千絵の手は止まり、そして振り返り、興味津々とした輝く眼で信也に向き合い。
「なになになに! 誰だれだれ!? 新田君の好きな人って!? 凄く気になるんだけど!? あっ、名前は聞くのは流石に失礼だからヒント頂戴! 同じ学校の人? 他校の人? 先輩? 同級生? 後輩? それとも社会人!?」
失礼と言いながらもマシンガンの様に質問を撃ち散らかす千絵だが、信也ははぐらかす様に笑い。
「ノーコメントだ」
「えええ! ぶーぶーだよ! 折角、私が応援してあげようと思ったのにな」
「それはさせねえよ。お前も先刻言っただろ? 自分の恋は自分で決着を付けたいって。俺もそうだ。誰かに水を差されたくないからな。特にお前には」
自分の発言を掘り起こされ苦い表情になる千絵。
「……それを言われると何も言い返せないけど……分かった。けど大丈夫だよ。新田君は良い人だもん。その人がとんでもなく鈍感な人じゃない限り、新田君の気持ち絶対に伝わるから! 私が保証するから、お互い恋を頑張ろ! って、私の恋は殆ど負け戦だった……」
最後に自虐を混ぜながら楽しみが増えたとばかりに浮足立った足取りで掃除道具を握って倉庫を出ようとする。
が、ドアノブに手を掛ける寸前に千絵は信也に釘を刺す。
「あっ、ここで話したことは他言無用だよ? もし私の恋慕を誰かに話したら、私は新田君を嫌いになる+その好きな人を必死で見つけ出して新田君は意地悪だって言うからね!?」
言い終わると千絵は勢いよく扉を開き、1人颯爽と出て行く。
1人残され茫然と立ち尽くしていた信也だが、笑いが込み上げて腹を抱えて少し声量を押さえて哄笑すする。
「はははははっ! 高見沢の恋心を言いふらせば高見沢が俺を嫌いになるか。そうなれば、高見沢、わざわざお前は俺の好きな奴を探す手間が無くなるな」
堪え切れずに笑うも虚しさだけが残り、信也は笑うのを止める。
そして誰も聞かれる事がないと、信也は独り言を呟く。
「……お前は太陽の事を鈍感鈍感って言うが、お前も大概だぜ、高見沢……。俺の好きな奴は……うん、俺も言わないぜ。お前がお前の恋に決着を付けるまで、俺も、この想いを隠し続けてやるからよ」
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