学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

太るぞ?

 川辺の土手で御影と別れた太陽は、一人家に続く帰路を歩いていた。
 帰るすがら、太陽は考え事で顔を険しくしており、内容は、先ほどの御影との会話のこと。

『どんな辛い思いをしようと、過去は変えられませんし、時間は戻せません。それを強く想っていた事実は嘘ではないです。そして、それらがあってこその今の自分があります』

「……昔の出来事が今の自分、か……」

 独りごちり、歩道を歩いていると通りかかった服屋のショーウィンド前に足を止める。
 ショーウィンドに反射して、鏡の様に太陽の姿が投影され、その姿と過去の自分の姿を照らし合わせる。

 中学の頃の太陽は、黒髪と派手目な衣装を着ない地味な男子。
 現在の太陽は、金髪に耳にピアスと、流行に乗った服を着るチャラ男な風貌。

 こんな自分に変える切っ掛けとなったのは、過去の失恋。

 相思相愛だと思っていた相手に振られ、情けない自分の姿を捨て去り、心機一転としてイメチェンを施し、性格も無理にオープンをして積極的にコミュニティーを増やして来た。
 金髪にしたのは、昔、デートの最中に元カノが一番嫌いな恰好が『チャラチャラした男』と言っていたから。
 なら、一層相手の嫌いな恰好になって、とことん嫌われた方が楽だと、太陽は現在の恰好になった。

 しかし、これは前進でもなく、成長でもない。

 逃げているのだ。
 過去の失恋から、目を背けるように。
 
「人に散々偉そうな事を言った癖に、いざ自分の身に不幸が起きれば立ち直れない、って……。とんだ笑い者だよ」

 自嘲しながら空元気の笑いをするも虚しいだけで直ぐに止める。
 店内からショーウィンド越しにこちらを奇妙な表情で見ていた従業員を見て、太陽は恥ずかしながら歩みを再開する。

「それにしても、晴峰あいつ……本当に凄いな。陸上を辞める寸前に追い込んだ相手にリベンジする為に、知り合い全てを置いてきて、こっちに引っ越してくるなんてよ。まあ、親の転勤らしいが……」

 御影の母親は昔天才陸上選手として取り上げられ、幾度と世界大会に出場を経験した人物。
 引退した現在でもコーチを続け、沢山の有名選手を輩出した名コーチ。
 コーチの関係上、転勤はほぼないに等しいから、多分、転勤命令を出されたのは父親であろう。

 だが、御影は高校生、残ろうと思えば一人暮らしで地元に残れたかもしれない。
 父親の職業は分からないが、母親がテレビにも出演する有名人であるなら、一般よりも裕福だと思われる。
 経済面でも、もしかしたら御影は前の学校に残れたのだろうが、御影は引っ越しを選んだ。
 地元には多かれ少なかれ友達がいたのかもしれない。
 言葉が悪いが、それらを捨ててまでこちらに引っ越して来たのは、それだけ自らがライバルと呼ぶ光との再戦を大願しているからかと思う……。

「そうなると……増々言えねえよな……。お前がライバルと思っていた相手が、オーバーワークで足を怪我して陸上を休止していますって……」

 意気込んでいる御影の姿を思い出して憂鬱にため息を吐き、太陽は目つきを鋭くさせ。

「無関係になったのに、なんで俺が”あいつ”の所為で憂鬱にならねえといけねえんだよ」

 イラつきながら太陽は吐き捨てる。
 あいつ、それは元カノであり、御影がライバルだと思っている渡口光のことである。

 光は高校1年の夏に行われる大会前の練習中。
 大会に熱意を燃やしていたのかは分からないが、自分を追い込む過剰練習オーバーワークによって足をの靭帯を怪我してしまい、今は陸上部を辞めている。
 先ほど太陽が光のことで『陸上を休止』と言っていたが、普通であれば『陸上を辞めた』的な事を言うはずだ。太陽の言葉からすれば、今は休んでいていつか活動を再開する意味合いになる。

 それは正解で、光は陸上を完全に辞めたわけでもなく、怪我が完治すれば陸上を続けると、母親経由で太陽はその事を聞いていた。
 しかし、高校の間ではほぼ復帰は絶望的だとも聞いている。

 そのことを御影に言わなければいけないことなのだが、如何せん、太陽は言えなかった。
 この土地に住んでいればいつかは気付かれるのだが、相手がわざわざライバルを追って引っ越して来たという事情を知ってしまった太陽は、言えるわけもなかった。

 なぜ、今更になって元カノの事で悩まされないといけないのか、太陽は荒々しく自らの髪を強く掻く。
 そして最後に舌打ちをした後に、ディスカウントストアが目に入り太陽はその道に方向転換する。

「なーんか、菓子でも買って行くか」

 最近購入した漫画のお供として菓子や飲料を買う為に太陽は店内に入る。
 夏本番に控えたジリジリとした外気と、電気代及び環境全く考慮してないクーラーの利いた店内の気温の差に「寒っ!」と身震いしながら、太陽は菓子コーナーに向かう。

 この店は物が安いということで太陽はよく来ており、目的の場所まで迷いのない足で進み、棚に並べられた多種なスナック菓子を見比べる。

「今日の気分で、九州しょうゆでいいか」

 特にこだわりを持たず、気分で味を決定する太陽は他にいくつかのスナック菓子を籠に放り入れた。
 寝っ転がりながら、漫画を見て、菓子を頬張るのは至福の時。
 その時間を長く感じたく、太陽はいつもよりも少し多めに籠に菓子を入れる。
 
 菓子には飲み物だよな、と太陽は次は飲料コーナーに向かおうとした時、ある人物の姿が目に入る。

「うーん、あと少し……あと少しで届くのに、ふ、にゅーん!」

 つま先をこれでもかと伸ばして背伸びをし、棚の一番に置かれたチョコ菓子に手を伸ばす小柄な女性。
 太陽は見なかった事にしようと、親切心ゼロで去ろうとするが、後でバレたら怖いと、その見知った女性に近づく。

「(……てか、近くに台座があるんだから、それ使えよな……)」

 視界の片隅にポツンと置かれた、届かない人用に置かれた台座に見て嘆息しながら、太陽はその女性に声をかける。

「なにしてるんだよ……千絵」

「あっ、太陽君。どうしたの、こんな所で?」

 小柄な女性、太陽の幼馴染である高見沢千絵は一旦背伸びを止めて、太陽と向き合う。

「どうしたの、じゃねえよ。お前、近くに台があるんだからそれ使えよな。気づかなかったのか?」

 太陽は床に置かれた台を指さし教える。
 
「え? あるのは知ってたよ。ただ使わなかっただけ」

「なんでだよ!? 届かないんだったら普通使うだろ!」

「太陽君、あのね。これだけは言わせてほしいんだ。……これを使うとね、なんだか負けた気になるんだよ……」

 知らねえよ! と太陽は叫びたくなるもグッと飲み込む。
 哀愁漂わし悲しみにくれる目で半笑いを浮かばす千絵の表情から恐怖さえ感じる。
 
 千絵の身長は中学1年から止まっていると本人が愚痴ってたのを思い出す。
 千絵は女子の平均身長を下回り、恐らくだが、150cmにも届いてないだろう。

「ってもな……。あんまり意地っ張りになるんじゃなくて、台があるなら使えよな? 多分、今後お世話になるかもしれないんだからよ」

「それってこのまま千絵がチビって言いたいの!?」

 そうだと言いたげに苦笑しながら、太陽は先ほど千絵が届かなかったチョコ菓子を取り、千絵に渡す。
 千絵もありがと、と礼を言いながら受け取りカゴに入れる。

「太陽君はいいよね。男なんがら背が高くて……。チビの気持ちは分からないんだよ」

「男にだって小さい奴はいるぞ。まぁ、今はチビの気持ちはあまり分からねえけどな」

 太陽の身長は男子高生の平均身長。
 皆子供の頃は小さいのだが、今の身長になってからは特に気にした事がない太陽。

「けど、まだ私は諦めてないよ。私の成長はこれからだ!」

「なに、打ち切り漫画のテンプレートみたいなことを言ってるんだよ。成長ったって、もう望みは薄いだろ」

「まだいける、諦めてないよ、成長期!」

「なんで俳句口調?」

 自分の成長にまだ望みを持っている千絵。
 人間の基本的な成長期終了は17~18(個人差あり)と聞くから、ある意味千絵はまだ諦める年齢ではない。
 だが、太陽はある千絵のある一点を見て、

「……まあ、お前の場合はそこは周りから羨ましがられるかもな」

 ボソッと呟く。
 千絵のある一点とは、それは、服の上からでも膨らんだ胸。
 小柄な身長と半比例して膨らむそれは、多分だが、女性の平均値を超えてるかもしれない。

「なにか言ったかな、太陽君?」
 
 もしかしたら小さく言ったつもりの太陽の囁きは千絵に届いていたのかもしれない。
 いつでも殴りますよ?と言わんばかりに露骨にグーパーを繰り返していた。

 自らのセクハラ発言を思い返す太陽は首を横に振りながら、話題を変える事を試みる。

「そ、そういえば、お前もこの店に来たって買い物に来たってことだよな?」

「なに今更なこと言ってるの? 当たり前だよ。私も暇じゃないし、冷やかしには来ないよ。今日の夜食を買いに来たんだよ」

 ほら、と太陽に千絵は購入予定の物が入ったカゴを見せる。
 あまり相手が買う物に興味はないのだが、千絵のカゴに入った物たちを見て太陽は頬を引き攣らす。
 
「……お前、どんだけ買うんだよ……」

 太陽のいつもより少し贅沢と多めに入れた数を遥かに超える、カゴから溢れんばかりに詰められていた。
 スナック菓子、チョコ菓子、インスタントラーメンと本当に夜食として買っているのかと疑問視する。

「あぁ、親や兄妹の分もだよな、それ。流石にそれだけ自分用に買うのは―――――」

「ううん。これ、全部自分用だよ?」

 太陽の答えを千絵は一蹴する。

 千絵は両親と兄妹3人家族。
 兄が二人で千絵は長女であるが末っ子。
 この量なら、両親が兄の分もと言っても不思議ではない。
 だが、あろうことか、千絵はこの大量の食品や菓子は全て自分用だと言っている。

「あぁ、何日か分ってことだよな。確かに、何度も買いに行くのって面倒だもんな」

「ううん。これ、今日の分だよ?」

「うん、スマン、それは流石に流せねえや。ありえねえだろ!? これが一日分って!」

 ビシッと太陽は千絵の零れ落ちそうなぐらいに積まれたカゴを指さし否定する。
 普通であれば一般的、少なくとも太陽からすれば一週間は持つ量に対して、千絵は一日分だと言い切った。

 至極全うな意見のはずだが、なぜか千絵はフッと太陽を鼻で笑い。

「甘いね太陽君。この最近千絵のお気に入りのデラックスチョコクッキーよりも甘いよ!」

 「いい、太陽君」 と前付をして千絵は話を続ける。

「勉強即ち、頭を使うには糖分が必要なのは世の常識。医大を目指す私は毎日勉強に励んでいるから、これだけのお菓子は必要なんだよ!」

「そ、そうか……」

 千絵の熱弁に気圧され太陽は相槌を打つ。
 
 千絵の言い分は分かるし、間違ってはないのだろう。
 だが、それはあくまで適切な量に対してだ。
 過剰に摂取すれば、眠気や、最悪の場合将来糖尿病になるんじゃないのかと心配になる。
 
「(たまに、俺はこいつが本当に頭良いのかって疑いたくなるぜ……)」

 これでも太陽の通う進学校で一年の頃から上位をキープしている秀才。
 昔からこの方法で勉強をしているのなら、その結果が出ているのかもしれない。
 だが、勉強云々よりも、太陽はある事を呟く。

「―――――太るぞ?」

 今度は見逃してもらえず、太陽の腹部に強烈な拳が入ることとなる。

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