学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

最後の繋がり

 太陽が自宅に帰宅した頃と同時刻。


―――――県民健康広場健康促進センターの運動場にて。


「はぁ……はぁ……ぶはっ……はぁ……」


 外灯の光源に虫が集る下で、大量の汗で顔と身を濡らす渡口光が膝に手を付けて肩で息をしていた。
 疲労で嘔吐く光は自嘲を浮かばせ。


「ほんと……情けないね。3カ月以上リハビリしているのに、10キロもいかないで体力が限界だ……」


 震える太ももを軽く摩りながら、近くの芝生に腰かけ、光は体力の回復を試みる。
 楽な体勢と足を伸ばし、両手を芝生に付け、雲が月に掛かる空を仰ぎ。


「私、情けないな……。周りからの言葉に耳を傾けないで、何も考えたくないからって、自分に鞭打って、その結果がこの様じゃ……もう笑うしかないよ……。正しく自業自得……いや、因果応報の方がいいかな……。だって、私は幼馴染を、傷つけたんだから……」


 ズキッと膝と太ももに奔る痛みが光の表情を強張らす。
 そしてこの痛みが、紅葉が咲く秋前の、光が医者に言われた言葉を思い出していた。


『……君の活躍は同じ街に住んでいるから知っているが……。残念だが、君の高校での陸上は、諦めた方がいい』


 それは光にとって余命宣告された程に衝撃的で受け入れがたかった。
 だから光は医者に言った。


『お願いです! どんな苦しい治療にも耐えます、お金もどんなに高くても将来私が必ず返します! だから、私の足を治してください!』


 光は医者に詰め寄り懇願するも、医者は首を縦に振らなかった。


『君の怪我の度合いからして、高校ではゆっくりとリハビリに努めて、足の治療に専念した方が良い。もし仮に無理して治療を行えば、君は一生立てない体になってしまう。だから……高校での陸上は諦めたまえ』


 沈痛に宣告する医者。
 光自身も自らの体だから一番知っている。
 怪我を負い、手術を行い、成功してから光はリハビリを行って来た。
 まだその成果が出ていないからか、歩行も少しままならないが、一歩一歩完治に近づている。
 だが、怪我が治り、足を酷使する陸上を再開するのには、2年という時間は少なかった。
 光も薄々感じていた。だが、だからと云って納得できるはずもなく。


『お願いします、先生! 高校でないといけないんです! 高校で陸上が出来ないと……意味ないんです……。だから……お願いします。将来の事はどうでもいい。せめて、高校で陸上が出来るぐらいに足を治してください……。陸上は私にとっての……』


 消え入りそうな声で必死に想いで頼み込む光だが、返って来たのは溜息だった。


『私も出来ることなら君の希望通りに治してやりたい。だが、医者は万能ではない。君は将来どうなってもいいと言っているが、それは君の我儘だ。周りは誰もそれを望んでいない。それに、かなり厳しい事を言うが、これは君が自分の体の管理が出来なくて起こった事だという自覚はあるのか?』


 現実を受け入れない光に対しての苛立ちか医者の口調が少し荒立つ。
 だが、医者は光の為に言っている。それは光も分かっていた。


『君が何を思って陸上に取り組んでいるのか、どんな事情を抱えて走っているのか、私にはわからない。だが、自分の体の管理も出来ず、酷使して壊した体だ。私達医者は壊れた体を患者の意志に則り治す義務がある。そして、その壊す経緯に対して患者に注意する義務もある。だからハッキリ言おう。君の怪我はただの自業自得だ。だから、高校での陸上は諦めた方が良い。これは医者からの忠告だ』


 重く、鋭く、冷たく言い放たれた医者の言葉は一切休まず、他の者からの制止を振り払い、陸上で好成績を取る事に執着していた光の自尊心を打ち砕くのには十分だった。
 光はその時初めて現実を受け入れ、治療に専念するほかなかった。
 半年間は光は医者に言われたリハビリメニューをこなして治療を行って来た。 


 光の怪我は膝から太ももへの靭帯損傷。
 自分の限界を超えて走って来た光は練習中に激しい痛みを伴い病院に運ばれた。
 高校での選手としての復帰は難しいが、高校は治療に専念して大学や社会人に望みをかければ、光は陸上選手として再び返り咲く事が出来る……それが、医者の見解だった。


 やはり……光はこれを良しとは思わなかった。


「十分休んだし……。そろそろ練習を再開しようかな」


 5分程度空を見上げて耽ていた光は腰を上げて立ち上がろうとする。
 だが、体は回復していないのか、震えた足が凍えた様に動かない。
 光は歯を噛み。


「……ほんと、世の中って上手くいかないね。こんなんだと、自分が選んだ道が、本当に正しかったのか、分からなくなるよ……」


 体育座りで蹲り、自分の膝に顔を埋める光の頬を流れる雫。
 これが汗なのか、それとも光の涙なのか、それは分からなかった。
 そんな光の下に芝生を歩いて近づく足音が……光はそっと顔を上げて視線を横に向ける。
 光の下に近づいて来た人物は、手にレジ袋を携えた光の親友である高見沢千絵だった。


「千絵ちゃんか……。どうしたの、こんな夜遅くに……。買い物かなにか?」


 光は特に千絵の来訪に驚く素振りは見せずに飄々とした態度で、千絵の手に持つレジ袋から推測を述べるが。


「白々しいよ、光ちゃん。どーせ光ちゃんのことだから。また無理して走ってるんじゃないかって思ってね。はい、これ。スポーツドリンクとタオルね」


 座り込む光を見下ろせる程まで近づいた千絵は、中身の入ったレジ袋を光に押し付ける。
 光はそれを受け取ると、袋を開いて中身を確認。
 袋の中には500mlのペットボトルと白地のタオルが入っていた。


 別に光は千絵にこれらを持って来るようにお願いしている訳ではない。
 千絵が光の体を気遣い、時折差し入れをしに来るのだ。
 光にとってありがたいと思う反面、申し訳ないと思い微笑を浮かべ。


「……ほんと、千絵ちゃんには敵わないな……。私の行動を見透かされているようだよ。今度、飲み物代は渡すね。タオルは洗って……って、このタオル新品だ。もしかしてこのタオルも買ったの?」


 スポーツドリンクと一緒に入っていたタオルは店で売られている様に薄いビニール袋に封入されていた。
 光の質問に千絵は頷き。


「そうだよ。そこのコンビニで一緒にね」


 そうなんだ……と半笑いの光。
 まさか差し入れで新品のタオルを渡されるとは思ってなかった様子。


「な、なら、その分も今度一緒に渡すよ。今、財布は更衣室のロッカーに入れっぱなしだから」


 現在の光の手持ちは腕に巻いた腕時計とロッカーの鍵のみ。
 携帯、財布などの貴重品は館内の更衣室に仕舞ってある。
 だが、千絵は別にお金はいらないとばかりに首を横に振り。


「別にいいよ、それは。それよりも、汗かいたままそのままだと風邪を惹くから。タオルでしっかり拭く。あと、水分補給もしっかりね」


「……なんだか千絵ちゃん、マネージャーみたいだね?」


 千絵に促され、袋からタオルを取り出した光は強めに汗を拭う。
 そしてその間に千絵はふふんと誇った顔を浮かばせ。


「これでも一応は医者志望だからね。他人の体調悪化の抑制をするのも今後の至宝になるし、そもそも目の前で体調を崩す恐れのある人を放っておけるわけがないよ。それが親友なら猶更、ね」


 優しさなのか、医者を目指す自分に課した責務なのかは分からないが、親友という言葉を重みに感じながら、光はペットボトルの蓋を開け、中身の薄透明のスポーツドリンクを仰ぎ飲み込む。


 相当喉が渇いていたのか、ごくごくと強く喉を鳴らして潤す光。
 そんな光を保護者の様な暖かい眼差しを向けていた千絵だが、少し真剣な面持ちに変え。


「……ねえ、光ちゃん。確かに光ちゃんは陸上の才能があって、中学の頃は大会で優勝の経験だってある……。千絵は、光ちゃんがどれだけ陸上を頑張って来たか知ってるよ」


 唐突になんの話をしているのだろうと光は怪訝しくするが、千絵の瞳に儚げな影が差し。


「前に光ちゃんに訊いたよね。なんで無理をしてまで陸上に執着するのか。その時光ちゃんはこう言ったよね『折角才能を持って生まれたんだから、その才能を遺憾なく使いたい。だから陸上を諦めたくないんだ』って……」


 そう言えば言った、光はうんと頷く。


「最初は才能がある人の高慢ちきかと思ったけど……本当に光ちゃんが陸上に拘る理由って、それ?」


「……なにが言いたいの、千絵ちゃん?」


 高慢と言われた事よりも、千絵が自分に何が言いたいのかと眉を顰める光。


「怪我したとは云え、私には陸上の才能があった。だから、怪我を早く治して、高校で陸上をしたい。それに嘘偽りはないよ」


「分かってる。光ちゃんが嘘を言ってない事は。……けど、少し思うの。本当にそれだけが理由なのかって。そう言えば、光ちゃんが陸上を始めた理由って―――――」


「それ以上言わないで! それ以上言うと、千絵ちゃんでも怒るよ!?」


 千絵の一言多い発言に光は怒りを露わにする。
 千絵の言おうとした言葉が、最も光が言われたくない言葉だと分かったからだ。


 光の怒声に遮られ硬直する千絵は、ハッと我に返り頭を下げ。


「ご、ごめん……口が過ぎたよね……」


 光がこうやって感情を荒立てることは珍しい。
 千絵は直ぐに謝ると、光もハッと目を見開き。


「こ、こっちこそごめん……。いきなり叫んで……」


 互いに謝罪をして、気まずくなる空気になる事数秒。
 千絵は重たい口を開き。


「確かに今のは私のお節介が過ぎたよ。今日、ある人にも言われたのに懲りないな……私って。けどね、光ちゃん。これだけは言わせてほしい」


 千絵は言いながら光の真正面に移動をして、屈んで光と目線の高さを合わせ、言葉を続けた。


「光ちゃんが、良い成績を残したくて頑張るのであれば、私や周りは光ちゃんを応援する。けど、怪我を早く克服したいが為に無理をして辛そうにする光ちゃんを、少なくとも私は応援出来ないよ。光ちゃんが陸上をしてようとしてないと、私は光ちゃんの親友だから」


 柔らかく、そして光を本当に思っての千絵の言葉に光は思わず涙ぐみそうになる。


 千絵は昔から光の事を親友として思ってくれていた。


 親友は最大の宝と言うが、光にとって千絵という存在は最高の宝だと思う。
 だからこそ、光は悔恨の情に苛まれる。
 自分はこんな良き親友の気持ちを踏みにじったのだから……。
 いや、こんな良き親友だからこそ、知らなかったからとは言え、光は自分が許せなかったのだ。


 千絵は言いたい事を言い終わると、立ち上がり。


「それじゃあ、私は帰るね。忘れてないとは思うけど、明日の放課後は軽音部のリハがあるから、陸上もいいけど、そっちもしっかり練習しといてね?」


「分かってるよ。折角千絵ちゃんが誘ってくれたんだし、バンドそっちの方も絶対に手抜きはしないから安心して。コード移動とカッティングはしっかり練習してるから」


 光は怪我をした後、陸上が出来なく落ち込んでる所を千絵に誘われ軽音部に入部した。
 陸上を辞め、持て余した時間を新しい事に挑戦するために光は入部をしたのだが、光は陸上に未練があり、裏では陸上の方にも取り組んでいる。
 だが、だからと云ってバンドの練習を怠る性分ではない光は、帰ったら家族や近所に迷惑が掛からない様にひっそりとギターの練習をしており、同時期にギターを始めた千絵よりも上達している。
 元々天才肌の光の事だから、心配ないだろうと高を括る千絵は踵を返してその場を去る。


 バイバイと千絵の背中に手を振る光は、千絵の姿が見えなくなると、回復した足で立ち上がり。


「……もう5キロぐらい走ったら、帰るかな……」


 再びアスファルトの道を走り出す。


 はっ、はっ、と等間隔の息のリズムを取りながら真夜中の運動場を駆ける光。
 その最中、光は考え事をしながら足を踏み出していた。


「(……私が陸上を始めた切っ掛け……か……)」


 自分で遮り千絵に最後まで言わせなかったあの言葉。
 光は小学5年の、自分が陸上を始める前の事を思い出していた。
 光が陸上を始めた切っ掛けとなった、ある男の子との会話を。


 それは夕暮れの公園での追いかけっこ。
 どれだけ経っても光に追いつけなく、体力の限界が訪れた男の子が地面にへたり込み。


『ぶはぁ~! やっぱりヒカリは速いな!? 全然追いつける気がしねぇ……』


『へへん! それはタイヨウが遅いからじゃないの? 私はまだ、全然本気を出してないもんね』


『うわっ、うぜぇええ! ……けど、やっぱりヒカリは速ぇよ、俺もそこそこ速いはずなんだけどな……。なあ、ヒカリ。お前、マラソン選手とかにならねえの?』


『マラソン選手? マラソン選手って、あの走って競う人達のこと? 無理無理。私にあれは無理だよ。勝てっこない』


『いやいや。ヒカリは才能があるから絶対に良い線行くって。俺が保証するし、絶対に応援するからよ。やってみろって』


『……本当に、タイヨウは私を応援してくれるの?』


『あぁ! 絶対に応援する! 他の奴らが馬鹿にしようと、俺はお前を応援するぜ!』


 男の子……否、光にとって千絵と同じぐらい大切な親友であり幼馴染でもある、そして……元カレである古坂太陽の後押しで光は陸上を始めた。


「(分かってる……。今の太陽からして私は眼中にないことを……。あの日以来、1度大会があったけど、太陽は応援に来てはくれなかった……いや、来てくれるはずがない。なんてったって、私は太陽に取返しのつかないことをしてしまったのだから……)」


 小学5年生の頃、光は太陽の後押しで地元のクラブで陸上を始めた。
 太陽の言う通りに光に陸上の才能があったようだ。
 その為か、実力をぐんぐん伸ばした光は始めて半月も経たずにレギュラーを獲得して、大会に出場を果たす。
 そして、太陽も言葉通りに陸上の大会がある日は一度も欠かさずに応援しに来ていた。


 しかし、中学の卒業式の日に、光は自ら彼との絆を壊す言葉をいってしまった。


『……太陽、別れよ。……私達』


『……他に好きな人ができたんだ。その人に振り向いてほしい。だから、ごめんだけど、別れて』


 自分が言ったはずなのに、それを思い出すと虫唾が奔る。
 何度思い返しても光は過去の自分を殴りたい衝動に駆られる。
 だが、過去の自分に怒りを感じても虚しくなるだけで、時間を元には戻れない。
 割れた皿がどんなに頑張っても元に戻らない様に、壊れた関係は修復できない。


 そしてその後の出来事も湧き水の様に蘇る。


 太陽に自ら別れを告げた数分後、一向に戻って来ない二人を心配して体育館裏へとやって来た千絵が光を見つけ。


『どうしたの光ちゃん!? な、なんか太陽君が全速力で走って行ったけど!?』


『……太陽に別れを言ったの。私に好きな人が出来たからって……』


『好きな人……!? って嘘!? 光ちゃんは太陽君の事が大好きだったじゃん! なんでそんなことを!』


『いや~。よくよく思えば、私の太陽を好きってのは、家族としてって言うか、ほら、太陽とは小さい頃から一緒だったから安心する仲と言うか、それを男性として好きだって勘違いしてたらしい。だから、他の人が良いなって思ってね』


『嘘……嘘だよ! 光ちゃんは一人の男性として太陽君の事が好きで……。誰!? その光ちゃんの好きな人ってのは!』


『言わないよ。言えるわけがないよ。もし言えば、千絵ちゃんはその人に文句を言いに行く。その人には迷惑かけたくないから……』


『どうして……なんで……』


 光の言葉が信じられない千絵は苦悶の表情を浮かべるが、そんな千絵の肩に光は手を置き。


『……だから千絵ちゃん。私に構わず、自分の気持ちに正直になって……。こんな最低な女は、太陽には相応しくないから……』


 光は知っている。千絵の気持ちを。千絵がどんな気持ちで自分を後押ししてくれたのかを……。


「(それにしても、千絵ちゃんって凄いな……。こんな最低な女と今でも親友って言ってくれるんだから……。だから、そんな親友が悲しんでいるのに、自分だけ幸せになんて、なれないよ……。それに―――――)」


 あの日、彼女の部屋で偶然見てしまった千絵の心情をつづった一冊の本。
 それを見た日から、光は自身が最低な女だと思わざる得なかった。
 その苦悶の末、光は太陽に別れを告げることにした。


「他に好きな人が出来た?……なに言ってるのかな、馬鹿かな私は……。好きな人なんて、今も昔も……同じ人だって言うのにな……」


 渇いた笑いで自嘲する。


 光は自覚しており、否応にも分かってる。
 もう自分が彼の前に現れない方が良いということを……自分が現れる事で彼にどれだけ深い傷を負わせてしまうのかを……今朝の出来事の様に……。


「(だけど、ごめん太陽……。これは私のワガママで、最低女や屑女って罵ってくれてもいい……。高校……せめて高校まで、嫌いな相手としてでもいいから、私を見ていてほしい。高校を卒業したら、もう、太陽の前に現れないから……)」


 光が陸上に拘る理由は、否、正直陸上じゃなくても良い。
 光の学校では、大会となると陸上部とは関係のない生徒達も応援に来なければいけない。
 小さな地元の大会程度なら参加義務はないのだが、全国大会となると全生徒での応援もあり得る。
 そうなれば、彼も否応でも応援に来てくれるはず……だから光は全国を目指して自分に鞭を打っている。
 しかし、それなら陸上じゃなくてもいいのだが、光にとって他ではなく、陸上じゃないといけないのだ。


「(太陽のおかげで私は陸上と出会えた、太陽が私に陸上を勧めてくれたおかげで、私は数々の栄冠を手に入れる事が出来た……。私にとって陸上は……太陽との最後の繋がりなんだから)」
 

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コメント

  • ペンギン

    そういうことなら、なぜあんなことを言ったのか気になりますね...
    もしかして、親友を優先したんでしょうか...?なにか、他にもある気がしますが...

    0
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