学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ

ナックルボーラー

心に残る小さな未練

 クラスメイトとの雑談を終えた太陽は、ファミレスを出た後は寄り道をせずに真っ直ぐに帰路につき、家に辿り着いた太陽は自室のベットに仰向けで寝っ転がり、天井を見上げる。


 天井のライトと真っ白な天井をボーっと眺めながら、太陽は今日を振り返る。


「(それにしても……今日は厄災日だな……。今朝あいつと会ったばかりか、信也といい、千絵といい、剰えはクラスメイトの奴らもあいつの話題を出しやがる……。まぁ、あいつは学校ではかなり認知されてるから、話題が出てもおかしくねえのかもな)」


 その事を考えながら横返り、そのままの勢いでベットから起き上がる。
 数分寝っ転がってみたものの気分が晴れる事はなく、カーテンで閉じ切ったベランダへと目を向ける。


「……まだ、あいつは帰って来てねえのか……」


 完全遮光性でないカーテンの奥の為、外の光、少なくとも向かいの部屋の光は確認出来るのだが、それで向かいの部屋が点いてない事が分かる。
 部屋が点かないからと言ってその部屋の主が帰宅してないって考えるのは早合点であるが、ただ単純に家にはいるのだが部屋にはいないだけか、まだ時間的に早いがもう就寝したのか、それとも太陽の言葉通りにまだ帰宅しないのかは分からない。


 太陽は少し重たい歩みでベランダのカーテンを少し開け、窓を開放。
 気分を変えたくての換気で、窓を開くと夏に入る前の季節の冷たい夜風が太陽の頬を燻る。
 そして、吹く夜風が少ししか開かなかったカーテンが躍り出す。
 浮き上がるカーテンを超え、太陽は素足のままにベランダに出て、ベランダの柵に背中から体重を預ける。
 冷たい風が心地よい宵の口だが、残念な事に丁度巨大な雲が頭上を通過して星空は拝めなかった。


 敢えて背中を柵に乗せて向かいを視界に入れようとしなかった太陽だが、後目で向かいの部屋を見る。
 向かいの部屋にもベランダがあり、太陽の部屋のベランダとの距離は1メートル弱。
 柵からジャンプをすれば届く距離で、昔、向いの住人が頻繁にこのベランダ越しに太陽の部屋に訪問していたのを太陽は思い出す。


『ねえ太陽! ワン○ース最新刊買ったんでしょ? 読ませてよ!』


『だぁあ! だからいつも言ってるだろ! ベランダから入らずに玄関から来いって! 万が一に落ちたらどうするんだよ!』


『へえ? 私の心配をするんだ。太陽って優しいね。でも大丈夫! 私の運動神経を舐めないでよ。絶対に落ちないから』


 幻影の様に太陽の眼前に過去の光景が流れる。
 昔は今の様な時々すれ違う程度ではなく、四六時中暇があれば互いの部屋を行き来していた。
 友達以上で恋人未満。家が隣同士で、最も信頼できる親友で、恋人……だった。


 二人の部屋のベランダは高校生になった太陽なら簡単に飛び移れる程の距離だが、その住人である二人の距離はこの距離以上に開き、縮まることはない。


「……今日は、なんだか一段と冷えるな……」


 思いに耽ていると夜風が一段と寒くなるのを肌で感じて、太陽は部屋へと戻る。
 ベランダの窓を閉め、カーテンも再び閉め切った太陽は、窓に背を付けて、滑るように床に座り込む。


「……なんか……。今日の俺、凄く女々しいな……。元カノと遭遇して、元カノの話題を出されて苛立って……。もうちょっと男らしい度量を持った方がいいのかな……」


 体育座りをして膝に顔を埋めて太陽は自嘲する。
 そんな太陽の脳裏には今朝の千絵の言葉が反復して流れる。


『このままだと太陽君と光ちゃんは離れ離れになるよ……? そうなったら太陽君、絶対に後悔するよ』


『昔みたいに皆で他愛もない会話が出来る程度には、仲直りしてほしいって』


『昔の様に皆で仲良くしたいっていう、私のワガママかな……』


 中学までの様な、太陽、光、千絵、信也の四人でふざけ合ったり、笑い合ったりと仲の良かったのが、まるで数十年も昔かの様に遠い日とさえ感じる。


 太陽が光との仲が崩壊した後でも千絵は変わらずに接してくれる。
 今日の様な人の傷に塩を練り込む、本人からすれば優しさなのだが、太陽からするとお節介の何ものでもない。


 太陽がこんな事を思うのは毎日ではない。
 今日はたまたま過去のトラウマが蘇る出来事が重なり、傷が開いたからに過ぎない。
 しかし、開いた傷から漏れる記憶が太陽を更に胸を締め付ける


 太陽は千絵との会話の中で、自分が光に振られたのは自分の不甲斐なさだと語っていた。
 だから、全部が全部光を責める事は出来ない。だが、自分を保つために光を憎しみの対象にしているのだと。


 太陽も分かっている。
 自分から心の離れた状態で情けで付き合いを続けられるぐらいなら、真正面に告げられた方がいいと。
 キープされて裏で二股や浮気されるよりかはその方がいい。
 その点に関しては、光は誠実なのだろう。


 だが……太陽が光を忌み嫌うのは、それだけではなかったのだ。






 それは、太陽が光に振られた三日過ぎた頃だ。
 やはり、相手に好きな人がいるからという理由で振られるのは、10年以上の付き合いが弊害して、完全に納得できなかった太陽は、本当は一度、光に復縁を求めようとした時があった。


 携帯とかの相手の顔が見えない物ではなく、対面してもう一度自分の方に心を引き込もうと、太陽は光と会おうとした。
 だが、家に行っても誰もおらず、光を探して太陽は街に出たのだが、そこで太陽が観た物は、太陽の心を壊すのに十分過ぎるものだった。


 楽しそうに一緒に歩いている男女。
 男はモデルの様な長身で顔も抜群のイケメン男子で。
 女の方は……太陽の元カノである光だった。


 二人仲よく歩く光景を目の当たりにした時、太陽の心臓の鼓動が早鐘を打つ様に早くなり、過呼吸を起こしかけた。


 太陽は光と歩いている男を知っている。
 その者は太陽と光の1個上の先輩で、光と同じ陸上部に所属をしていた男だ。
 陸上選手としての成績も良く、勉学にも優れ、性格が良く、外見も良いからと、裏ではちょっとしたファンクラブまで存在したハイスペックな男性だ。
 噂では、陸上の特待生で県外の高校に進学したと聞いていたが、今は春休みだから帰省しているのか。


 何故、男が光と一緒にいるのか、太陽が知る由もない。
 二人は何かしらの買い物をしているようだったが、これ以上二人を見る事が出来なかった太陽は、逃げる様にその場から走り去り、涙で濡らした顔のまま自宅へと帰った。


 自室に引き籠った太陽は、現在の太陽同様の壁に背中を付けての体育座りをしながら、笑いと涙が同時に出る。


「は、ははっ……勝てるわけがねえ……。何が、もう一度光の心を引き寄せるだ……。相手は、あのカッコいい先輩だぞ……俺みたいな地味男が勝てるわけがねえよ……」


 二人が歩いているからと言って既に恋人関係なのかは定かではない。
 付き合っているのか、それとも光の一方的な片思いかは分からない。
 どちらか知らないが、光が男に向けていた笑顔は本物だった。
 あの者が、光が言った好きな人なのか……。


 三日という浅い日で太陽は光に振られたという現実を直視できないでいた。
 だが、二人の楽しく買い物をする光景を目の当たりにして太陽は初めて実感する。
 大切な恋人を失う喪失感。
 それが自分では到底敵わない相手だという敗北感。


 嗚咽が込み上げるも声を殺す様に泣いていると、暫くして外は日が沈み、向いの部屋である光の部屋の電光が太陽の部屋へと届く。
 太陽の部屋は昼から今まで電気を点けずにいて、その光の部屋から漏れる蛍光が光が家にいることを示す。


 泣き疲れ、真っ赤にする目下と虚ろな目で太陽は向かいを見ると微笑して。


「……先輩との買い物……楽しかったんかな……」


 部屋に引き籠り、その後の行動を知らない太陽だが、泣いて発散したからか自分でも怖いぐらいに冷静だった。


 人の心は、好きの反対は嫌いと言われるが、実際は違うらしい。
 人の好きの反対は無関心と聞く。


 しかし、太陽は今の自分の気も知らないで楽しく買い物をしていた光に対して、とてつもないどす黒い感情が芽生え始めていた。
 これは、少なからず、太陽は光に対して未練がある証拠となる。
 自分がこんなに苦しんでいるのに、まるで自分を忘れたかの様に楽しい時間を過ごす想い人を、太陽は憎むことしかできなかった。
 だが、このまま相手の心に自分がいないのにも関わらずに縋りつくのは惨めだと思い。
 なら、せめて過去に後ろ髪を引っ張られようと、無理でも前に進もうと太陽は決心をして、携帯を取り出し、太陽は最後に光の携帯に連絡を入れる。


 光はワンコールで出た。
 光が「もしもし……」と少し緊張したかの様な声音を発すると、間髪入れずに太陽は要件を言う。


「……光……お前の希望通り……別れるか、俺達……」


 せめて……互いが幸せになる道がある事を祈って……。




 過去を思い出し、太陽の胸がはち切れんばかりに苦しくなる。


「……千絵。お前は昔の様に仲直りしてほしいって望んでるが……。正直、出来ることなら、俺もせめて友達のような関係に戻りたいって心の隅では思ってるさ……。だけどな」


 小さい頃に好きになり、紆余曲折して恋人になって、そして振られ。
 前に進もうと思って沢山の女性と関わろうとしても、最後には過去のトラウマでの女性不信で一歩踏み出せなくなって。
 光と別れた後、誰とも付き合えないでいる。
 勿論、このままでは駄目だと必死に前に進もうと踠くも結果は伴わない。
 ……そう。
 太陽は自分は前に進んでいると思っているが、自身も薄々気づいている。


 太陽は光と別れた後、実質前に進めてない。
 太陽の時間はあの卒業式の日から止まっていた。
 もしかしたら……太陽は今でも光のことが……。
 太陽自身はそれを否定する。
 しかし、もしそうだったとすれば、尚更太陽は光との関係を切りたいと思っている。


「ごめんな、千絵……。お前の望む仲直りは、多分、一生来ないと思う……。だって俺は―――――自分がまだ光の事を好きなのではと、認めたくねえからよ……」


 十年以上も好きな相手をただ一つの出来事で心底嫌いになれるはずもない。
 しかし、それを認めてしまえば、太陽は自分の事を好きでもない相手に未練を持つ惨めな男だと認めてしまうことになる。
 だからこそ、太陽は光を忌み嫌い、関係の断絶を求めている。
 そうしなければ、太陽はこの先一生、元カノへの想いで前に進めないからだ。

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