ATM~それが私の生きる意味~
山内恵未②
ライブ終了後、DJタクの握手会が行われた。
握手会はCD購入特典等ではなく、全ての人々に無料で行っている。
「本日はありがとうございました!」
DJタクはにこやかに受け答えをしている。ライブの疲れもあるはずだが、その様子をおくびにもださないのは流石元人気歌手だ。
クロナはDJタクと握手した際に、
「あの、娘さんの恵未ちゃんに会わせてもらえないでしょうか」
と尋ねた。
「恵未と? あいつはこういったことは苦手だからなあ……」
「少し、お話したいんです」
DJタクはクロナの瞳を見つめた。
「……わかった。握手会が終わってからでいいかな?」
「は、はい! ありがとうございます」
クロナは元気よくお辞儀をする。その様子を見たDJタクは、
「やはり、似ているな」
と呟いた。
クロナにはその呟きが聞こえていたが、その後の問答を想定し、聞こえなかったことにした。
「お父さん、何か用?」
「おお、恵未。このお嬢さん方がお話したいそうだ」
DJタクに呼ばれた恵未は、クロナたちを一瞥すると、
「私とお話したいことって?」
と尋ねた。
「あの、私クロナって言います。恵未ちゃんが昔幸香ちゃんとユニットを組んでたって聞いて、それで……」
「ああ。組んでたって言っても、たった一年くらいだよ。聞きたいことってそれだけ?」
恵未は人差し指で頭をちょこん、と叩きながら言う。
「あの、どうやって知り合ったのかなって」
「知り合った切っ掛け……ね」
恵未は頭の中を探るように答えた。
「ちょうど、今のあなたたちと同じ感じかな。あの日も、私はお父さんの手伝いでラップをやってたんだ。そしたら、そのライブを見ていた幸香が突然私のところにきて、『一緒に音楽やろう』って言いだしたんだよ。あの時は急に言われたから驚いたね」
あはは、と恵未は照れ笑いを浮かべながら語った。
「そんなことが……」
「正直、何言ってるんだって思った。いきなり見ず知らずの人にそんなこと言われた経験なかったし。でも不思議と、私は彼女に惹かれていたんだ。何というか、人を引き付けて離さない引力みたいなのを感じた」
幸香について語る恵未の瞳が、真剣な目つきになる。
「たった一年だけだけど、幸香といてわかったことがあった。あの子、自分の信念っていうものを持っているから、目的を達成するための努力は惜しまないって感じだったよ。彼女は意識が高いし、その意識の高さに比例した実力を持っていた。そして何より」
恵未はそこで言葉を区切り、
「幸香には、私なんかを遥かに超える才能を持ち、私では到底することが出来ない努力をしてきた」
先ほどと変わらない目つきで恵未は語る。
「……すごい人なんですね、幸香ちゃんて」
「テレビでも大口をたたいているのを結構見かけるけど、実際にそういうことが言える実力持っているってわけなんだね」
時雨の言葉に、恵未は頷いた。
「そう。幸香はよく大口をたたくから、彼女を快く思わない人はたくさんいる。でも、今の衰退した音楽界、芸能界には、幸香みたいなタイプが必要だと思うんだ。だから私は、幸香のことを影から応援しているよ」
「……本当に、影からでいいんですか?」
「……え?」
クロナは恵未を見据えた。
「今日の恵未ちゃん、すっごく輝いてました。私は幸香ちゃんとユニットを組んでいた時代のことはわからないけど、あんなにステージで輝ける人が、歌をやらないなんてもったいないと思います」
「……」
「教えてください。何で恵未ちゃんは今はアイドルをやってないんですか?」
「……私が幸香とユニットを組んで一年が経ったある日、幸香はGMプロダクションにスカウトされたんだ」
恵未はぽつりと語り出した。
「私は幸香の才能が認められたんだと思ってうれしかった。でも、幸香はスカウトを断るって言ったんだ」
「どうして? 私なら飛びつくけど」
時雨の言葉に、恵未は微笑みをこぼした。
「私がスカウトされなかったからだよ。幸香は私と一緒にアイドルデビューしたがっていた。でも、スカウトされたのは幸香だけ。私はGMプロダクションの目にかなうほどの実力も才能もなかった」
「そうだったんだ……」
「私は幸香がトップアイドルとして輝く姿を見たかったし、何より幸香の夢を邪魔したくなかった。だから私は、自分からアイドルをやめることにしたんだ」
心なしか、恵未の表情に影が差しこんだように見える。
「そこまでしなくても、よかったんじゃないですか?」
「……幸香には、路傍の石にすぎない私のことなんて気にしないでほしかった。トップを目指すことができる人間は限られている。そんな幸香を、私が潰していいはずがない。だから私は、幸香と決別したんだ。もう二度と会わないようにね」
明るげな口調で話す恵未の表情は、どこか重い。口に出している言葉と本心の矛盾が手に取るようにわかった。
「そこからの幸香の上り具合は、説明する必要もないよね。でも幸香はまだ止まらない。彼女の夢を果たすまではね」
「幸香ちゃんの夢って何なんですか?」
クロナは今まで聞きたかったことを質問した。
「この業界の礎になる。それが幸香の夢だよ」
「礎?」
「うん。今の音楽界は全盛期に比べるとレベルが低いといわれている。だから幸香は自分が礎となり、自分が最低レベルのアイドルとなることで、アイドル界、ひいては音楽界を発展させようとしてるんだ。今の幸香より歌やダンスが上手いアイドルはいない。そんな幸香のようなスペックのアイドルが当たり前のように存在するようになったら、アイドル界のレベルだって上がると思うんだ」
「な、なるほどな……」
途方もない夢だ。しかし、幸香なら達成できそうな気がする、と信二は思った。
「だから、私は……」
「なら、その夢は恵未ちゃんも一緒にかなえようよ」
「……え?」
クロナの言葉に、恵未ははっとした。
「恵未ちゃんが路傍の石にすぎないなんて、何でわかるの? まだ15歳なんでしょ。だったら、まだまだ可能性がある。実力が足りなくてアイドルを止めたのならば、これから実力をつければいい。私たちと一緒に、アイドルをやってみようよ!」
クロナは恵未に手を差し伸べた。恵未の目には、どのように映っているのだろうか。
「……あなたの言うこともわかるけど、でも、私は」
「なんて、いきなりこんなこと言われても何言ってるんだってなるよね」
クロナは微笑した後、
「私には、人を惹きつける引力はないかな?」
と尋ねた。
その言葉を聞いた恵未は、驚いた表情を浮かべている。
「……少し考えさせて。それが今の私が出せる答え」
「……うん。私は待ってるよ、いつまでも」
恵未の表情を確認したクロナは、もう用は済んだといわんばかりに恵未に背を向けた。
「ありがとうございました。ではまた」
「あ、ああ」
「皆、行こう」
彩希たち三人を引き連れて、クロナはライブハウスから立ち去った。
握手会はCD購入特典等ではなく、全ての人々に無料で行っている。
「本日はありがとうございました!」
DJタクはにこやかに受け答えをしている。ライブの疲れもあるはずだが、その様子をおくびにもださないのは流石元人気歌手だ。
クロナはDJタクと握手した際に、
「あの、娘さんの恵未ちゃんに会わせてもらえないでしょうか」
と尋ねた。
「恵未と? あいつはこういったことは苦手だからなあ……」
「少し、お話したいんです」
DJタクはクロナの瞳を見つめた。
「……わかった。握手会が終わってからでいいかな?」
「は、はい! ありがとうございます」
クロナは元気よくお辞儀をする。その様子を見たDJタクは、
「やはり、似ているな」
と呟いた。
クロナにはその呟きが聞こえていたが、その後の問答を想定し、聞こえなかったことにした。
「お父さん、何か用?」
「おお、恵未。このお嬢さん方がお話したいそうだ」
DJタクに呼ばれた恵未は、クロナたちを一瞥すると、
「私とお話したいことって?」
と尋ねた。
「あの、私クロナって言います。恵未ちゃんが昔幸香ちゃんとユニットを組んでたって聞いて、それで……」
「ああ。組んでたって言っても、たった一年くらいだよ。聞きたいことってそれだけ?」
恵未は人差し指で頭をちょこん、と叩きながら言う。
「あの、どうやって知り合ったのかなって」
「知り合った切っ掛け……ね」
恵未は頭の中を探るように答えた。
「ちょうど、今のあなたたちと同じ感じかな。あの日も、私はお父さんの手伝いでラップをやってたんだ。そしたら、そのライブを見ていた幸香が突然私のところにきて、『一緒に音楽やろう』って言いだしたんだよ。あの時は急に言われたから驚いたね」
あはは、と恵未は照れ笑いを浮かべながら語った。
「そんなことが……」
「正直、何言ってるんだって思った。いきなり見ず知らずの人にそんなこと言われた経験なかったし。でも不思議と、私は彼女に惹かれていたんだ。何というか、人を引き付けて離さない引力みたいなのを感じた」
幸香について語る恵未の瞳が、真剣な目つきになる。
「たった一年だけだけど、幸香といてわかったことがあった。あの子、自分の信念っていうものを持っているから、目的を達成するための努力は惜しまないって感じだったよ。彼女は意識が高いし、その意識の高さに比例した実力を持っていた。そして何より」
恵未はそこで言葉を区切り、
「幸香には、私なんかを遥かに超える才能を持ち、私では到底することが出来ない努力をしてきた」
先ほどと変わらない目つきで恵未は語る。
「……すごい人なんですね、幸香ちゃんて」
「テレビでも大口をたたいているのを結構見かけるけど、実際にそういうことが言える実力持っているってわけなんだね」
時雨の言葉に、恵未は頷いた。
「そう。幸香はよく大口をたたくから、彼女を快く思わない人はたくさんいる。でも、今の衰退した音楽界、芸能界には、幸香みたいなタイプが必要だと思うんだ。だから私は、幸香のことを影から応援しているよ」
「……本当に、影からでいいんですか?」
「……え?」
クロナは恵未を見据えた。
「今日の恵未ちゃん、すっごく輝いてました。私は幸香ちゃんとユニットを組んでいた時代のことはわからないけど、あんなにステージで輝ける人が、歌をやらないなんてもったいないと思います」
「……」
「教えてください。何で恵未ちゃんは今はアイドルをやってないんですか?」
「……私が幸香とユニットを組んで一年が経ったある日、幸香はGMプロダクションにスカウトされたんだ」
恵未はぽつりと語り出した。
「私は幸香の才能が認められたんだと思ってうれしかった。でも、幸香はスカウトを断るって言ったんだ」
「どうして? 私なら飛びつくけど」
時雨の言葉に、恵未は微笑みをこぼした。
「私がスカウトされなかったからだよ。幸香は私と一緒にアイドルデビューしたがっていた。でも、スカウトされたのは幸香だけ。私はGMプロダクションの目にかなうほどの実力も才能もなかった」
「そうだったんだ……」
「私は幸香がトップアイドルとして輝く姿を見たかったし、何より幸香の夢を邪魔したくなかった。だから私は、自分からアイドルをやめることにしたんだ」
心なしか、恵未の表情に影が差しこんだように見える。
「そこまでしなくても、よかったんじゃないですか?」
「……幸香には、路傍の石にすぎない私のことなんて気にしないでほしかった。トップを目指すことができる人間は限られている。そんな幸香を、私が潰していいはずがない。だから私は、幸香と決別したんだ。もう二度と会わないようにね」
明るげな口調で話す恵未の表情は、どこか重い。口に出している言葉と本心の矛盾が手に取るようにわかった。
「そこからの幸香の上り具合は、説明する必要もないよね。でも幸香はまだ止まらない。彼女の夢を果たすまではね」
「幸香ちゃんの夢って何なんですか?」
クロナは今まで聞きたかったことを質問した。
「この業界の礎になる。それが幸香の夢だよ」
「礎?」
「うん。今の音楽界は全盛期に比べるとレベルが低いといわれている。だから幸香は自分が礎となり、自分が最低レベルのアイドルとなることで、アイドル界、ひいては音楽界を発展させようとしてるんだ。今の幸香より歌やダンスが上手いアイドルはいない。そんな幸香のようなスペックのアイドルが当たり前のように存在するようになったら、アイドル界のレベルだって上がると思うんだ」
「な、なるほどな……」
途方もない夢だ。しかし、幸香なら達成できそうな気がする、と信二は思った。
「だから、私は……」
「なら、その夢は恵未ちゃんも一緒にかなえようよ」
「……え?」
クロナの言葉に、恵未ははっとした。
「恵未ちゃんが路傍の石にすぎないなんて、何でわかるの? まだ15歳なんでしょ。だったら、まだまだ可能性がある。実力が足りなくてアイドルを止めたのならば、これから実力をつければいい。私たちと一緒に、アイドルをやってみようよ!」
クロナは恵未に手を差し伸べた。恵未の目には、どのように映っているのだろうか。
「……あなたの言うこともわかるけど、でも、私は」
「なんて、いきなりこんなこと言われても何言ってるんだってなるよね」
クロナは微笑した後、
「私には、人を惹きつける引力はないかな?」
と尋ねた。
その言葉を聞いた恵未は、驚いた表情を浮かべている。
「……少し考えさせて。それが今の私が出せる答え」
「……うん。私は待ってるよ、いつまでも」
恵未の表情を確認したクロナは、もう用は済んだといわんばかりに恵未に背を向けた。
「ありがとうございました。ではまた」
「あ、ああ」
「皆、行こう」
彩希たち三人を引き連れて、クロナはライブハウスから立ち去った。
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