皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

手を取り合って


 近衛兵になって初めて見た、街行く親子連れの幸せそうな笑顔の数々。
 自分には決して向けられない顔をしているその家族に憧れた。
 自分の子供を守ろうとして、ギュールスよりも力が劣っていることが分かっていても、そのために彼の背中に炎の魔法を放つ強い母親の意思。
 直接体を張って我が子を守ろうとしたその手に憧れた。
 初めて自分を受け入れてくれた者達は、自分のことを守ろうとしてくれた。
 しかし彼が望むその顔を、誰も向けようとしなかった。
 彼が望む、その身を盾にして守ってもらうようなことは起きなかった。
 彼がそれを望むには、あまりに強くなっていた。
 だから同僚達には、彼を守る必要はなかった。
 だがギュールスには、守ってもらう必要があったかどうかということが問題ではない。
 守ってもらう存在が欲しかった。
 立場上や役目上守るのではなく、自分の体を覆って守ってくれる、そんな存在に憧れていた。

 してもらってうれしい思いを持ったなら、その思いを強くすることで、そう思った自分と同じように誰かに思ってもらいたい。
 その行動が「守る」ということなら、我を失ったとしても誰かがうれしく感じてくれるその行動をとり続けるだろう。

 しかしギュールスが二人に伝えたことは、魔族そのものになっても無害の存在のままでいる方法ではない。
 そうであるに違いないと思い込んでいるだけである。
 我が身を顧みず、一も二もなくその存在を守るかけがえのない存在。
 養ってくれたノームの家族と一族には、どうしても目に見えない境界線が敷かれている感じがあり、どうしてもそれを越える気が起きなかった。
 しかしギュールスは、それだけ家族というものに、いつの間にか強く憧れていた。
 そして手が届かないからこそ、それを得ようとする努力をしないどころか得る気も起きず、手をこまねくような思いも持たなかった。

 それが、何かに縋りたい思いのあまりそれを口にしてしまったことで、届くことがあり得ないはずのその願いに手が届こうとしている。
 ギュールスが驚くのも無理はない。
 しかしそれに応じるロワーナに、同じように一瞬驚くミラノスもそれに同意する。

 その家族になるということはすなわち。

「再婚ってわけね」

「でも私は、『第二夫人』だけは拒否したいわねー」

 悲壮感や憧憬、未練、いろんな思いが渦を巻いているギュールスの心は置いてけぼりのまま、二人は笑顔で盛り上がる。
 その二人のやりとりは、彼の思いをすべて救いとった。

「でもそうなったら子供もたくさん欲しいわねー」

「……ギュールス。私達の子供は、あなたのような人生を送らせない。寂しさを誤魔化し、感情を押し殺すようなつらい毎日は送らせない。あなたが欲しかった幸せな家族と幸せな人生を与えるの。あなたにはそんな子供達の姿を見て、それで幸せを感じてほしいの。それとあなたも私達の子供達と私にも教わりたいの」

「教わりたい?」

 誰かに伝えられる物を自分は何か持っていただろうか。
 それよりも、今自分の体に起きている状況はそれどころではないのに、とギュールスは戸惑いは止まらない。

「うん。いつか、あなたがいなくなっても、遺された者達だけでもたくましく生き抜ける強さと強かさを、あなたから教わりたいの」

 その意味を分かりかねてロワーナを見るギュールス。
 彼女の横でミラノスが穏やかに頷いている。

「俺に……そんなのがあったんだろうか……。いや、ない。ないよ……。あったなら、今もこんなに苦しんでない」

「そのためにも私達が、いつまでも一緒にいるんじゃない。少しだけでもその苦しみを減らしてあげたいの」

 ミラノスはそう言うが、一緒にいるということはすなわち。

「……俺みたいに、世界中から仲間外れに」

「だから、こうして家族になりたいって言ってるんじゃない。……それとも、一緒にいたくないの?」

 ギュールスは止めを刺された。
 もう言い逃れも何もできない。
 全ての弱音は受け止めてもらえる。
 全ての願いは叶えてくれる。
 彼女達が望まない境遇になっても、一緒になってそれを受け入れると言う。

「今まで一緒にいても、一緒にいるって実感が湧かなかったわよね。ようやく一緒になれる気がする。……虐げられる『混族』っていう種族じゃなくて、世界を苦しめる魔族すべてを打ち払う『青の一族』って胸を張って名乗れるくらい、たくさん家族が出来るといいね」

 いつの日かロワーナが言っていた『青の一族』という言葉。
 知らないはずのミラノスの口から同じ言葉がいきなり出てきた。
 ロワーナも驚き、その昔話をミラノスに聞かせると、彼女もたまたまの偶然に驚き、喜ぶ。

 ギュールスはいつの間にか、生まれて初めてうれし涙を流していた。

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