皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

世界は二人を見失う


 レンドレス共和国の騒動から約一年経った。
 かの国の実態は王国。その王、ニューロスの代までの研究内容は闇に葬られ、二度と誰の目にも触れることが亡くなった。
 その研究の結果を活かせば、どこからともなく現れる魔族による脅威は解消されたのではないかという論議が世界のあちらこちらから生まれる。
 しかしその研究を進める必要がいずれ生まれることは間違いない。
 そのために、レンドレスの王国時代から世界にしてきた所業が世界各地で再現されるのは目に見えている。
 一人の『混族』が加わったことで、それまでの魔族との苦戦が嘘のように感じられる体験を得たオワサワール皇国はそんな異議を唱え、反レンドレス同盟国がそれに追随する。
 その結果レンドレスの研究を惜しむ声は消えていった。

 だが研究の存続を望む声が消えた理由はそればかりではない。

 被害を大きくせずに魔族を討つ。そのための努力に伴う悲劇は世界的規模から見れば些細な事。綺麗事を並べている場合ではない。
 そんな根強い意見も消える魔族の動向の現状があった。

 魔族の出現の通報を受け、該当する国が軍などに出動要請をかける。
 彼らが現場を駆け付けた時にはすでに魔族の死体が現場に転がっていて、その地域の被害はほとんどない。
 レンドレスによる魔族がらみの活動がなくなってから、そんな首をかしげるも歓迎すべき現象が起き始め、そのケースが増えていく。
 被害が大きくなることはあるが、生命的被害はゼロ。
 時々現れる目撃者達。
 黒っぽいが違う色のローブをまとった二人組が現れるや否やその魔族を時間かけずに倒し、いずこへと去る、あるいは消滅する。
 彼らの証言は一様にそんな内容である。
 今後も魔族が現れたら、いつでもどこでもその二人組が現れて魔族を倒してくれるなどともちろん誰も考えないが、余計な悲劇を生み出す必要がなければないに越したことはない。

 オワサワール、特にロワーナ王女はその正体不明の二人組に感謝はするが、自分の説得力で反対派を説き伏せたわけではないことも自覚している。
 そしてその二人組に心当たりがある者は、ロワーナ王女と親衛隊のみ。
 会って確かめたい思いはあるが、確かめた後どうするのか。
 その目的がない限り、その思いはただの好奇心でしかない。
 好奇心だけの行動はほとんどの者は歓迎できない王女という立場のロワーナ。
 その彼女は現在、オワサワール皇国の内政事務の責任者となっている。
 魔族の襲撃回数や被害の範囲が以前と比べて規模が収縮されている。
 冒険者たちに傭兵募集をかけずとも手は足りる皇国の軍事力。
 以前の様に近衛兵師団を編成する必要もなくなったため、彼女にはその責務が割り当てられたのである。

 そして彼女が執務している王宮内の入り口付近の部屋、親衛隊の詰め所では、今ではすっかり親衛隊に馴染んでいる来客の姿があった。
 王宮内のこの部屋までは顔パスで自由に行き来できるようになった、ニヨール宿場新報社の元気娘、上司と同じ爬虫類の獣妖族のホワール記者である。
 その望みが叶えられた彼女は親衛隊達から、浮足立って四六時中仕事もないのにここに入り浸るかと思われていたが、そこは記者としての誇りか、仕事以外はあまり顔を出すことはない。
 そんな彼女がここにいる。ということは。

「考えてみれば、王宮の出入りが自由になったと言っても、その行き先がここ限定ですからね。私がここに来るということは、大概話題も決まってくるんですよね」

「まぁ論理的だな。我々が記事になっても新聞の売り上げが上がるわけじゃない」

「ということは、ロワーナ王女かその身辺の話題で来たってこと……? 一時上がった婚約話はもう立ち消えになったしねー」

 勝手知ったる何とやら。
 ホワールはその詰め所で自分で淹れたお茶を啜る。

「婚約の話はいずれ消えると思いましたよ。周りは特ダネだの何だの騒いでましたけど。目立つ話題は誰もが知りたがりますんで、そんな人達にお任せです」

「じゃあ何しに来たんだ? 用もなく来る柄じゃないだろう」

「えぇ、エノーラさん、その通り。今回は……本題に入る前に、今回に限りギブアンドテイクはなしで」

「こっちから情報貰ってさようならってこと? 都合よすぎない?」

 ティカップの湯気で曇るホワールの眼鏡。
 しかしその奥の瞳が鋭く感じるのは不思議である。

「いーえ。今回はテイクアンドギブ。逆になります。しかも最終的にはこっちが分が悪くなるかもですがね。それだけの価値はあるかなーと」

「得る物がでかすぎてリスクなんか考えてられないと?」

 対価を得る。
 あくまで互いに対等と思える価値の物をやりとりするのが取引の基本。
 しかしホワールは、相手との取引よりも自分のメリットとデメリットを比べて話を持ち掛けてきた。

「取材対象が、私相手と他者相手では反応が違うってことくらいは分かります。なので、バトンタッチしてもらってその後でその相手から私との取材を応じてもらえたらなと」

「勿体ぶってるな。そのバトンタッチの相手は……王女だよな。で、誰の応対をさせるんだ?」

「……バトンタッチした後、私に接触させないようにする可能性もあるんですよ。そんな覚悟はあるんですけどね。まぁこうして走り回ってるのは私一人だけなので、私の期待が無視されてもそちらには痛くもかゆくもないですし、そちらを叩く記事を私が書いても没になるか、採用されても誰も読まないでしょうから……」

 ホワールの目の鋭さに冷たさもある。
 何か腹を決めた思いを抱えているようだ。

「……この後の取材にも応じてもらうよう王女には取り計らう。で、王女に会わせたいの相手は誰なんだ?」

「……かつての部下、ギュールス=ボールド。元近衛兵の中で唯一の男性でシルフ以外の種族」

 親衛隊内で手が空いている者に、日常業務に支障をきたさない範囲で、周りに内緒で彼の捜索を頼んでいた王女。
 一年かけても彼の所在が分からなかった。
 上司や同僚から呆れられて単独で動き回ることを許された者だからこそ、彼の居場所を突き止めたのだろう。

 メイファが即座に立ち上がり、急いで詰め所から出ていった。
 そんな彼女にも構わず、お茶をまた一口啜るホワール。

「もっとも彼がドタキャンとかしない限り、あと一か月くらいその場所にいるみたいです」

「やはり、野宿とか」

「今彼女、ドタキャンとか言いましたよ? ドタキャンって、予定を立てた者じゃなくて、何かを予約した者じゃないと出来ない行為です……よね」

 ティルの指摘にエノーラがはっとする。

「……鋭い方もこの中にはお出での様で。わざと口を滑らせたわけじゃないですから」

 大きな音を立てながらドアが開く。
 メイファからの報告を受けて急いでやってきたロワーナがそこにいた。

「彼は……彼のいるところが分かったのか?!」

「えぇ。……彼からの話を詳しく聞くことが出来るのは、王女しかいらっしゃらないと思いましたので伝えに来たんですが」

「その話を聞き出してもらいたい、ということか? ……口にすることが出来ない話題もあると思う。だが君にとっては記事になる、しかも他の記者には入らない情報が一番大切だろう。あってすぐにはすべてを聞くことも出来ないと思う。そこら辺は我慢してもらえないか?」

「流石に耳にすること自体ヤバい話は遠慮しますよ。こっちは冒険者向けの新聞社なんで。……ということで、取引成立ですね。彼は今……」

 一言も聞き漏らすまいと、ロワーナは生唾を飲み込んだ。

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