皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
激動の夜の終わり
「……個人的にはいろいろと聞きたいこと言いたいことはたくさんありますが……この国はどうなるのでしょう?」
魔族の研究がどれほど進められていたかを知っている限りヘミナリアとミラノスに伝えるロワーナ。
研究の成果は保存しておいても損はないだろうが、それを目にした者がさらに探求しないとも限らない。
そしてその主導者であるニューロスは、対外的には大統領の立場であり内省的には王の立場でもある。
王政を完全廃止。そして他国からの助力を中心とする国家になるのではないかというロワーナの予想。
どのみちニューロスと研究員三名の今の状態では、普通に生活するのが精一杯だろう。
「父上と彼らは、何と言うか、幻術にかかっているようにも見えますが……」
「それは俺の術による。症状は幻術と変わりはないが、幻を見ているわけじゃない。下でロワーナにも軽く説明したが、感情に直接作用する術をかけた」
幻術は、対象者の視覚を惑わす術である。
ギュールスがかけた術は、認識に作用し、そこから生まれる感情に影響を及ぼす術である。
「術をかけてから、彼らが望んでいることを聞いた。その言葉に術が作動したんだ。その願いが常に叶えられ続けているという認識を持っている。願いが叶えられ続けているんだから、常に充実感を感じ取っている状態だ」
ギュールスは、常に背中に刃物で斬られた痛みを感じ続けている。
刃物が持つ能力によるものだが、斬られたことでその刃物が持つ能力を取り込むことが出来た。
高位の魔族を取り込んだことが、そんな能力を他者に発揮できるきっかけとなったようだ。
勿論そのような術を使える者は、これまで誰一人として存在していない。
「ということは……」
「常に満足しているから、幸福感が途切れない。そして多分……向上心を持つこともない。だから心の成長もない。だが他者に対して不満を感じたりすることもない。ある意味完成された性格の持ち主とも言える、かな」
欲望を持ったとしても、すぐにその欲望が叶えられたような満足感を得ることになる。
だから他者のものを奪う心、すなわち嫉妬や羨望の思いは持つことがない。
他者から何かを奪われるかもしれないという警戒心もないし、奪われたときに感じる恨みの思いも持つこともない。
しかし、時々その場の雰囲気を読み取ることは出来ない時もあるが、口数は少ないながらも会話による意思表示はできるし、互いに共感を得ることもある。
日常生活には差し障りはないが、どのみち国の責任ある立場に立つことは難しい。
「魔族との関わりを断つことには賛成するけど……。術が切れたりしたら、また研究を続けるために誰かを傷つけたりということは……」
この現象は、物事の受け止め方次第によるものである。
そしてどんなことが身の回りに起きても、自分が満足する思考しか出来なくなったとも言える。
だから、術はもうかけ終わった状態。つまり彼らはその術とは無関係なのである。
「魔族のことで誰かを不幸にするようなことはない、というわけね……」
もう、彼らはこれ以上誰かを悲しませることはない。
ヘミナリアは彼ら四人を、そんな安心感と憐れみと慈しみで満ちた目で見つめている。
「研究室とやらには立ち入ったことはないのですが、これまで聞かせていただいた話を基に考えるのならば、封鎖するのがいいでしょうね」
「ミラノス、心配には及ばない。他の国々の立会いの下、獄炎の術で燃やし尽くそう。魔族の研究に関するもの以外への延焼はあり得ない術だ」
火の魔法は普通の魔術師なら誰でも使える術の一つ。
しかし獄炎の魔法も、魔族を吸収したギュールスのみにしか扱えない。
「……あとは私達の身の振り方よね。王家は……王政と共に廃止。ギュールス、順番や言い出す方とかは別として……別れる方がいいわよね」
「ギュールスはともかく……ミラノス王女はそれでいいのですか? ヘミナリア王妃も……。その決断をしたら、訂正することは出来ませんよ?」
ロワーナはミラノスの決断に待ったをかける。
しかし二人の意思は互いに相談せずとも同じ思いで固まっているようだ。
「この王宮も放棄します。この国の端の方に、戯れで購入したあばら家があります。そこでニューロスと慎ましく今後の日々を過ごそうと思っています。その三人も一緒に生活できなくはなさそうですから、彼らも引き取ろうかと思っています。ミラノス、あなたはどうします? 一緒に暮らすつもりなら問題ありませんよ?」
ミラノスは首を横に振る。
「まずはその、反レンドレス同盟とやらから聞き取りの調査とかあるのではないでしょうか。それを済ませてから考えようかと思っています」
「ミラノス王女……。しかしあなたはほとんど何も知らない上、ギュールスにも利用された立場。そこまでご自身を追い詰める必要はないでしょう。……ギュールス、むしろお前の方が問題だ。婿の立場とは言え、女性からそんなことを言わせるのは異常だろう。夫としての責任をどうするつもりだ?」
厳しい視線をギュールスに浴びせるが、ギュールスも困った顔をしている。
「夫と言っても……夫らしいこと……まぁ会話したくらいだからな……。挙式は国を挙げての行事でしたが、簡単に言えばニューロス王が国民に宣言しただけのことだったような……」
「なっ……! その……なんだ、キ、キスくらいはしただろう! その……なんだ」
「……なかった、かな。うん、したことはなかった、うん」
次第に赤面するロワーナは、ギュールスからの思いもしない返事に戸惑い、逆に慌てる。
「なっ……、何もして、ない? ミ、ミラノス王女、その、彼とは……」
「そういえば……何も、ありませんでしたね……」
これにはヘミナリアも驚く。
神に近い存在である一族とブレア王家との子供を楽しみにしていた一人。
その交わりどころか、さらに話を聞けば手をつないだこともないと言う。
「そ、その……こ、この男が拒否した、とか、か?」
「いえ、互いに特に何も……」
流石にこれ以上の追及は野暮である。
つまりギュールスとミラノスの結婚生活は、婚前と変わらないままということであった。
「……魔族関連の調査で時間がなかったし……」
「父上との仲を親密にする方が大切かと思いましたし」
顔を真っ赤にしたままのロワーナの後ろで、親衛隊達が王女のフォローのことでひそひそ話を始める。
「と、とにかくもう遅い時間だ。明日、反レンドレス同盟の者達を緊急に呼び出して、研究室の処置に当たろう。ギュールス、お前、今度は逃げるなよ?! お前が何を言っても誰からも信頼されない立場なんだからな!」
研究室の処分の仕方は自ら望んだ焼却の処置。
しかも自分の術以外に出来ないやり方。
だがロワーナから信頼されないのは自業自得である。
ミラノスと同じ寝室だが、ロワーナと親衛隊の何人かが布団は別に同室とすることを決められた。
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