皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
過去の映像 この国がもたらしたもの
「……確かにあんな風に歓迎されてうれしかった。ここに住み着くのも悪くはないと思った。けどな。魔族に襲われて泣いてる者達が大勢いる。泣いてる者達がたくさんいるのに、魔族に襲われずに安心して毎日を過ごすなんてことはできない」
「その泣いてる者達は、あなたを虐げる者達でもあるんでしょう? いいじゃない、そんなの! あなたが悪いわけじゃないのに!」
何者をも恐れる必要のない場所、時間をギュールスに与えたかった。
オワサワールでは確かに彼の力を必要とする者達はいた。
しかしその仕事をしている最中も、すぐに手を出す者達がいた。
ミラノスには、そうまでして彼らに関わろうとするギュールスの気持ちが分からない。
「……生みの親はどうなって死んだのかは知らない。けどその話は育ての親から聞いた。家族から見離され、一族から見捨てられて死んでいったそうだ。育ての親は魔族の襲撃に遭った。それは覚えてる。森中が火の海になってた。目の前が真っ暗になった。先が全く見えなかった。虐げられる未来も、歓迎される未来もなかった」
ギュールスは一旦目を閉じる。と同時に、全員が見ている映像も途切れた。
「今もあの絶望感は覚えている。そんな今を幼い命に与えたくない。それにこの国の者達も、世界中のみんなと同じだ。『混族』とはこういう存在である、と決めつけて俺に接してくる。そんな被害者が数多くいるのに、その者達への弔いの気持ちは誰も持とうとしない。俺が目の前に現れるとただ闇雲に迫害し、敬愛する。行為は正反対だが、その思いの根っこはみんなおんなじなんだよ」
ギュールスの話が終わると、部屋の中は静まり返る。
やがてかすかに、ミラノスのすすり泣く声が聞こえる。
しばらくして咳払いをしてロワーナがギュールスに質問をしてきた。
「なぜ私を第二夫人としてこの国に招き入れたのだ? お前のその力があれば、一人で解決できることではなかったのか?」
「無理に決まってるでしょう。だって俺は『混族』ですよ?」
何から何まで『混族』が理由になるわけではない。
ギュールスの返事は、ただの言い訳か言い逃れにしか聞こえなかった。
やれやれとため息をつきながら、ギュールスはかみ砕くような説明を始めた。
「……ミラノスの前で答えるのも流石に気が引けますがこの際です。はっきり言いましょう。ロワーナ王女。あなたは俺に、国や一族、そして自分を守るように言いましたよね?」
ロワーナはもちろん覚えている。
しかしロワーナは、黙って辞表を出し近衛兵駐留本部から去ったギュールスが、まだあの時の口約束を覚えているとは思っておらず驚いている。
「……本音を言わせてください。王女、あなたバカですか? バカでしょ。バカです」
いきなり感情を込めて言い切るギュールス。
周りに誰がいようがお構いなしに言い放つ無礼な言葉は、親衛隊達ばかりではなく、ヘミナリアもミラノスも言葉が出てこない。
「世界から嫌われている『混族』が、どうやって近衛兵の肩書なくしてあなたをずっと守れっていうんです? ……この映像をご覧いただきましょうか」
ギュールスがそう言って壁に映し出した映像。
近衛兵の装備を身に付けたギュールスが、一人で街の中を歩いている。
映像の中で、知り合いと思われる傭兵数人に絡まれるギュールス。
「こ、こいつらまさか」
ケイナが真っ先に反応し、エリン、アイミ、ティルの三人は彼女に同意する。
ギュールスが初めて近衛兵の装備を身に付けた日のことだ。
一旦彼女らと別れ、合流したときには装備一式丸ごと失っていた。
その経緯が映像で流れている。
その中でギュールスは、傭兵達に取り囲まれ、通りすがりの通行人からも羽交い絞めにされる。
「ギュールス、お前……」
「俺がどんな目に遭ったかはどうでもいいんですよ。問題は俺への境遇です。近衛兵の装備と分かっていても、俺自身はこんな風に扱われるんです。王女を守ろうと動いたとたん、逆に不審人物扱いされるんですよ。そんな俺がどうやったらその約束を守れるか考えましてね」
「ギュールス……、あなた……私へは、何も思う所はなかったの……?」
「……ミラノス……。正直俺のどこに魅力を感じたのか、俺にはさっぱり心当たりはなかった。俺にはただ、この国が持つ魔族との縁を断ち切りたい。そのためにどうするかしか頭になかった」
「私の思いを踏みにじってまで、それでも魔族の被害者にどうのって、よくもそんなこと言えるものね!」
ミラノスはギュールスへの親しい思いはもはや消え、怒りの目を向ける。
「……ミラノス……。やっぱり俺、そんな風に見られる方が落ち着くわ。憎まれ、恨まれ、蔑まれて生きてきた。今更一人増えたところで痛くもかゆくもないな。ただ、やはりこの国、いや、ニューロス王のやろうとしていることは止めなきゃならない。自分がどんなに世界中から恨まれようと呪われようと、たとえ味方がいなくなっても、世界を魔族の餌食にするわけにはいかない。たとえ……」
そんなミラノスを真っすぐに見た後にロワーナの方を見て言葉を継ぐ。
「ロワーナ王女からも怒りを買うことになっても。第二夫人にされるなんてプライドも許さなかったでしょうね。でも、ロワーナ王女のそばにいてその身を守る方法なんて、『混族』の身分で他に打つ手はないでしょう。ない物ねだりされるよりはましでしたけどね」
「お前は一つ、約束を破ったな。自分の都合のいいことばかり口にして、都合の悪いことは忘れたか? お前こそバカではないか」
ロワーナはつかつかとギュールスに近寄る。
そして彼の横っ面を平手で叩いた。
パシッ!
全員が、ロワーナがギュールスにしていることを目撃する中で響き渡る音。
同時に痛みを堪えるギュールスの声。
「心当たりはないか? なら言ってやる。捨て石になるな、と約束させたことを忘れたとは言わせんぞ。大体お前は以前から自分の扱いが軽すぎる!」
「捨て石?」
ミラノスがロワーナの説教に口を挟む。
ギュールスの話をロワーナから聞く時間を持った時には出なかった言葉。
何のことかとロワーナに質問する。
「何でも悪いのは自分のせいにすればいいと思っている。あるいは周りを助けられれば、自分がどんなに被害を受けても構わないと思っている。今回もそうだろう。ミラノス王女からどんなに非難されても、魔族から襲われる被害が少なくなることを考えればそれも構わないとな」
「私から非難を受けることで、魔族から襲われることが少なくなる?」
今まで魔族の情報をあまり聞くことがなかったヘミナリアやミラノスに気を遣い、ニューロスの企みをはっきりと伝えてこなかったロワーナは、これを機にはっきりと言い切った。
ニューロスが魔族の力によって世界を支配しようとしていたこと。
ずっと前から、試みとしていろんな国がその被害に遭わせていたこと。
「……確かにわが国の紋章が入っていたローブを身に付けていた魔術師が、魔族を呼び寄せていましたね……。まさか、ギュールスのお母さまも?!」
ロワーナは黙って頷いた。
ギュールスの身辺調査をしたばかりの頃は、自然発生した魔族による暴虐としていたが、その後の様々な調査と絡み、ニューロスの魔族の研究の成果を試した結果によるものと判明した。
「……わ……私……お、お母さまの仇の、身内……」
「俺の身内がどうのって話じゃねぇよ。お前だって言ってただろ。世界中が魔族の脅威から解放されて、みんなが喜んで毎日を過ごせる世の中にしたいって。俺も、お前を含めた皆が笑って暮らせる世の中であってほしいんだよ」
ギュールスの口調は投げやりだが、それだけ自分の母親のことは気に掛ける必要のない大した話じゃないというアピールのつもりのようだ。
ミラノスに向けた表情に、やや優しさが感じられる。
「だが彼女の心を踏みにじった事実は変わらん。世界中から虐げられるのは、世間は魔族への罰のつもりなのだろう。だがミラノス王女にしでかしたことは魔族の罪じゃない。お前の罪だ。お前から言わせれば、そのように差し向けた私の罪でもあるだろうがな」
この国の行く末。
魔族の研究の設備や成果。
そして実質上のこの国の王家。
様々な問題が浮き彫りになり、部屋は沈痛な雰囲気に包まれた。
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