皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

行動開始


 翌日の今頃の時間は、何事もなければロワーナは母国のオワサワール皇国で、レンドレス共和国次期大統領との婚約の準備に取り掛かっている最中だろう。
 ただの婚約ではない。かつての部下の、しかも第二夫人としてである。
 それだけなら笑いごとで済まされる。
 ところが今のロワーナは、レンドレスの人質になったも同然。
 そして彼女にとってのオワサワールは、やはりレンドレスの人質にされたも同然である。
 この婚約を反故にすれば、オワサワール皇国ばかりではなく世界が未曽有の危機を迎えることになる。
 だがこのまま婚約をし、結婚式を挙げるとなると、レンドレス共和国による世界の支配の第一歩が始まるのである。
 それによって世界が平和になるのなら、何の問題もないだろう。
 しかし世界は戦争による悲劇をなくす方向に動き始め、各国それぞれが考える世界平和への道を進んでいる。
 そんな中レンドレス共和国だけが、世界を脅かす魔族の力を我が物にしようとし、その力を利用して世界侵略を図り、着実にその力を伸ばしていった。

 その事態を止められるのは自分しかいないと判断したロワーナ。
 前夜、相手のその仕掛を利用して母国に戻り、救援の手回しを依頼し、準備を整える。
 そしてその時間はやってきた。

 昨晩と同じように、ニューロスが先に夕食を終えて小部屋に入っていく。
 それに遅れてギュールスが同じように小部屋に入っていった。
 それからしばらくして、極力丁寧な態度と口調でヘミナリアとミラノスに願い出る。

「あの、申し訳ありませんが、しばらくお静かに願いたいのですが」

「え?」

「どうかされました?」

 二人から聞き返されるがそれを無視。
 転移魔法を使えるエノーラに、エリアードへの援軍要請と援軍の案内の指示を出す。

「え? これは……」

 転移の門が床に出現。エノーラ一人がその金色の円に吸い込まれていった。

「か、彼女はどこへ? それより今のは?」

 転移の門の設置のことについてはこの二人には伝えていないことを知る。
 政略については全くこの二人は知らされていない。
 となると、対応しなければならない相手が増えることはないとロワーナは確信。
 余計な争いごとを避けることが出来たことに安心した。

 その金色の円から現れたエノーラ。
 そして彼女に続いて現れるエリアードから遣わされた部隊。
 その人数は二十人。
 しかし誰一人として余計な足音を立てず、その気配もおそらく部屋の外には漏れてはいない。
 この様子ならおそらく、この国の国境を包囲する軍も用意しているだろう。
 後は素早く自分達が地下の研究所を制圧するだけである。
 しかし言うは易く行うは難し。
 とてつもない力を有しているギュールス。
 実力不明のこの国の王、ニューロス。
 魔族の力を研究している研究員三人を抑えなければならない。

 とりあえず今現時点において、魔力はそれなりにあり魔術も使えるヘミナリアもミラノスは完全に無力化することに成功。
 とは言っても二人は反撃する気もなければ抵抗する様子もない。
 対話で争いを避けられるのであればそのやり方を優先する主義の様である。
 そして実際エリアードの部隊と会話をしている。
 しかし彼らはロワーナからの依頼で動いているのみ。
 彼らへ投げかけた質問はロワーナの方に回ってくる。

「申し訳ありません。現状のこの国は世界において危険な存在であるとしか言えません。なぜならば、それを信じてもらえなければ水掛け論になるだけで、無駄な時間を使ってしまいます。詳しい説明はあとできちんとします。今はどうか穏便に願います」

 ロワーナはそう答えると、元第一部隊七人を連れて小部屋の方へ入っていった。
 納得し切れないヘミナリアとミラノスはその後ろ姿を見るだけしか出来ない。
 ただミラノスはその小部屋の扉を閉じた時に、不安げな面持ちでギュールスの名を呟いた。

 …… …… ……

 長い螺旋階段を降りた先に魔族の研究室はある。
 しかし悠長に階段を降りていく暇はない。
 突入した全員、背中の羽を使い、最短距離でその部屋の扉に向かう。
 しかしその入り口から光が漏れている。

「全員、階段に降りろ。慎重に階段を辿る」

 ロワーナの指示によって降りた場所は、入り口からは死角になる位置。
 扉が開いているのを確認してのロワーナの判断だった。
 音を立てずに降りる彼女達。
 その入り口に近づくにつれ、そこに誰かが立っているのが分かる。
 入り口からの光により、人影が階段に映っている。
 その入り口のそばに辿り着いたロワーナ。
 そこから彼女達に話しかける声が聞こえる。

「……お待ちしてましたよ。ロワーナ王女。……いや、本当にこの時を随分待ちました」

 聞き覚えのある声。
 本当に、長く会うことがなかった者の声。
 懐かしさと共にやってくる寂しさ。
 それと同時に怒りの感情もロワーナの心から込み上げてくる。
 ゆっくりと入り口の前に移動して仁王立ち。
 そして対面する二人。

「ギュールス……。事の次第によっては、私はお前を……」

「……ロワーナ王女。私とあなたが語らう時間はまだ先です。まずはこちらへどうぞ」

 歪んだ笑みを浮かべ、背中を見せるギュールス。
 その先の研究室には、おそらくニューロスと三人の研究員がいる。
 ギュールスがその四人と合流すれば、研究室の制圧に相当手間取ることは間違いない。

「待て! ギュールス!」

「……そんなにお話ししたいことがあるなら、この中でも問題はありませんよ」

 ロワーナはギュールスの動きを止めようとするが、ギュールスが研究室のドアを開けるのが早かった。

「あなたと語らう前に、この方々ともお話しをしなければいけませんからねぇ」

 開いた扉からは、ロワーナの予想通りの四人が見えた。
 四人はギュールスとロワーナを見ても何も動ずることはなかったが、親衛隊がいることが分かるとかなり驚いた様子を見せた。

「な、なぜこの者達がいるのだ? ロワーナ王女だけというから入れることを許可したのだぞ?! ギュールス! ここはヘミナリアとミラノスにも知られていない場所だ! すぐに追い出せ!」

「本当はあのお二人にも来ていただきたかったのですが、まぁ仕方ありませんね。この方々が来てくれただけでも良しとしましょうか」

 ニューロスは激しく怒っている。
 しかしギュールスは、それでも平気な顔で受け流しながらちらりとロワーナ達の方を見やる。
 ロワーナはその顔を見て、なぜこうも涼し気にしていられるのかと怪訝に感じる。その時のギュールスは、自分に向けられた怒りがまるで他人事のように受け取っていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品