皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
ロワーナ、絶望の中の決断
魔族の力と性質の研究をしているという噂がある、このレンドレス共和国。
その力を憎むギュールスが、その関係者になっているとは思わなかった。
ロワーナは破壊工作でも考えているのかという期待をしていたが、ギュールスは、その研究者と思しき魔術師と志を同じにしているとしか思えない行動をとり始めた。
「ちょっと見ていただきたい実験があるんですよ。私が希望しても滅多にさせてもらえなくてね。この研究員の方々が厳しすぎて」
「馬鹿なことをおっしゃらないでください、ギュールス様。あなたの考えていることは我々の想像をはるかに超えていることしかないんですから」
「ですがそれくらいならまぁいいでしょう。ですが、部外者にわざわざ見せる必要があるか……。あ、失礼しました。今後我々の後ろ盾になってくださる方でしたね。失礼しました」
ロワーナは絶望の中で驚く。
第二夫人となる話は、この者達にも伝わっているらしい。
「わ、私はまだ……」
「その話よりもまず、これから行う実験を見ていただきたいのですよ。私にとっては何度か体験済みですが、こんな大物相手に取り組んだことはありませんでしたがね」
ここでお待ちください。
ギュールスはロワーナにそう言い残し、部屋を出る。
その間、研究員と思われる三人の様子を伺うが、魔力や能力など、エンプロア家代々伝わる紋章の力を以てしても判明しない。
『準備が出来ましたよ』
部屋の中に響くギュールスの声。
どこから聞こえてるのかと部屋の中を見回すが、スピーカーらしきものはない。
「お客人。ガラスの向こうですよ」
研究員の一人が指を指し示す。
ガラス窓の向こうの部屋の床は随分下にある。
天井に近い壁にそのガラス窓があり、それがロワーナ達が今いる研究室という位置関係。
その床にいるギュールスは両手を振ってガラス窓の方を向いている。
小さく見えるとは言え、彼の表情は読み取れる。
「ではギュールス様。こちらは準備が整いました。よろしくお願いします」
研究員の一人がマイクのようなものを通じて、ガラス窓の向こうのギュールスに呼びかける。
するとギュールスは、天井からつるされている魔族五体のうちの一番右の物の下に移動し、上に手を伸ばし魔族の体に触れる。
触れた手が溶けるように見える。しかし下に流れず、魔族の体を伝って上に伸びていくようだ。魔族の体は黒い球体。そして全身に毛が生えている。手足はなさそうだ。
その黒い体が次第に青くなっていく。
ギュールスの体の形は、反対の手、頭、両足と溶け始めるが、やはり床には流れ落ちず、その魔族の体を覆っていくようだ。
「ここにいる魔族は皆死んでおります。だから何をされようが抵抗することはありません。ですのでギュールス様には何ら危険は及びませんが……」
「我々よりも研究熱心で積極的。我々の立場がなくなってしまいそうで、困ったものですよ。ホホホ」
声を上げて苦笑いをする研究員。
しかしこれがどんな実験になるというのか。
しばらくその様子を見続ける。
次第にその体が小さくなっていく。
魔族の体を包んだギュールスがスライム状になり、包んだものを溶かしていくようにも見えた。
魔族の体は下から縮み始める。
そしてその体を引っかけているフックに向かって収縮していく。
やがてその青は人の形になり、フックにしがみつくギュールスの姿が現れた。
『すまん、ちょっといいか』
「はい、なんでしょう? ギュールス様」
「続けてもう一度その実験をするなんてことは言わないでしょうね?」
『頼む。降ろしてくれ』
研究員は脱力する。
フックを下げる操作をし、ギュールスを床に降ろした。
そしてギュールスの体を研究員が何かの装置を天井から降ろし、スキャンのような動きをさせた。
その部屋を出てしばらくして部屋の扉からノックの音。
そして入ってくるギュールス。
「お前達が実験になかなか賛成してくれなかったのは、フックの操作が理由か」
「「「違います」」」
お前達はなかなか冗談に笑ってくれないな、と軽く愚痴をこぼしながら、彼らから何かのデータを受け取る。
「物理的耐久性は上がったか。それと耐火性があがった。あとは……大した目立つ変化はないな」
「い、一体何の実験?」
データから目を離しロワーナを見る。
そして再びあの歪んだ笑いをぅかぺながら、ゆっくりと口を開く。
「あの魔族をこの体に取り込んだらどう変化するのか、という実験ですよ。生きている魔族相手にこれをやると、その魔族に体を乗っ取られる可能性がありますからね。死んだ魔族なら乗っ取ろうとする意思もないので、安心して実験が出来るということです」
「これで三度目の実験なんですよ」
「これまでの実験では、ギュールス様の体の能力は相当高く跳ね上がりました。ですが今回はそうでもなさそうですな」
「しかし退化したり新たな能力が加わるということはないようでしたから、極端な変化はなしということで」
研究者たちはギュールスの説明の補足をする。
しかしそれはさらにロワーナの不安を煽る。
オワサワール皇国はこれまで未知の魔族と何度も戦ってきた。
当然ロワーナも刃を交えたこともある。
その一番力があるランクの第一級。その力を取り込むということは、この世界に出現する魔族よりも、高い能力を数多く備えた存在になるということではないか。
「あ……悪魔か神にでもなろうというつもり……ですか?」
「お客人。失礼なことをおっしゃいますな」
「見て分かりませぬか? この青い体を」
「ギュールス様は我々とは違う、神に違い存在の『混族』なのですよ? 成長する神なのです」
ロワーナは愕然とした。
世界中で軽蔑されている存在である『混族』が、この国では神扱いされているのだ。
迫害され続けてきた者が、ここではもてはやされている。
居心地がよく感じるのも仕方のないことだろう。
しかしそれだけで、憎むべき存在の魔族の力を受け入れるというのか。
「ロワーナ王女に、この実験を見てもらいたかったのですよ。ただそれだけです。さ、部屋に戻りましょう」
その笑い顔のまま機嫌よく体質を促すギュールス。
ロワーナはそれに従う以外に何もできなかった。
研究室を出て小部屋に向かう階段を上がる途中で、ロワーナはギュールスに問いかける。
「その力を以て、世界を支配しようというのか?」
「私は世界を支配しようなどと思いません。魔族の力を利用するだけです」
「お前はっ」
「ニューロス王は私に言いました。戦争屋になるつもりはない。世界の住民達を苦しませるつもりもない。だからこそ、貴国の周りの小国を無傷で占拠し、我々は何の損害も受けず撤退したのです」
魔族の存在を恐れる必要のない世界。
それはこの世界にとって悲願の夢かもしれない。
しかし力を増していくギュールスのその先を想像したときに、その力に彼自身は耐えられるのだろうかという不安も生まれる。
魔族の力への憎しみはどこへいったのか。それも重要な問題である。
憎しみを抱えたままなら、彼の心も壊れてしまうだろう。
もし第二夫人になることを断ったらどうなるか。
これほど力を得ているレンドレスに、魔族の力を取り込んだギュールス。
敵味方共に傷を負わせずにレンドレスが占拠出来る国は、小国だけとは限らなくなる。
いつでもオワサワールを同じように占拠出来るんだぞと、暗にロワーナに伝える実験だったのだろう。
レンドレスの属国にはならないための人柱になれというメッセージにも見えた。
しかし今回の来訪の目的を受け入れる理由が新たに一つ、ロワーナの中に生まれた。
ギュールスが壊れないように監視をしなければならない。
ギュールスのこれまでの道のりは、オワサワール皇国を裏切る行為とも思える。
しかし、彼が積み上げた功績をないものとしたことは、本人の希望もあったかもしれないが、彼の在籍していた部署の最高責任者としては、彼の行動に何ら報いることをしなかった。
ギュールスのとった行動が罪というのなら、そうさせた自分にも罪はある。
その監視と、オワサワール皇国の国民の自由の保証を続けることを自らの罪滅ぼしと考えた。
そして彼の罪滅ぼしは、自分も半分は肩代わりをする意味でも、第二夫人となる縁談を甘んじて受ける決心をした。
ギュールスとロワーナの二人は、ミラノス達がいる部屋に戻る。
王の部屋は、緊張感はありながらもそれなりに砕けた雰囲気になっている。
そして二人が小部屋に向かう前と同じような穏やかな様子のミラノスが、彼女達にお茶とお茶菓子ばかりではなく昼食まで用意して、親衛隊は既に食事を始めていた。
ギュールスの顔は、小部屋に向かう前の表情に戻っている。
しかしロワーナの表情は暗い。
親衛隊よりも先にミラノスがロワーナを気遣う。
親衛隊は全員規律し謝罪する。
「す、すいません! 昼食を勧められまして、お二人はいつ戻ってくるか分からないということで、強引に勧められ……あ、いや、そのっ」
エノーラが慌てる。
その理由を言えば、ミラノスを悪者扱いしてしまうことになるからだ。
だがロワーナは力なくそれを制する。
「いや、いいんだ。うん、そのまま続けてもらって結構」
「……いかがなされました? 何か様子が……」
親衛隊の何人かがギュールスを、殺気を伴った視線で睨む。
今度は、その気配を感じたロワーナが慌てる。
「あぁ、いや、本当に何でもないんだ。ちょっと長い階段を上り下りしたからかな、はは。あ、我々の分もあるのか。……私も、頂くか」
洗脳でもされたのかと心配する親衛隊だが、その言葉にため息が感じとり安心した。
ため息をつくのは、自意識がある証拠である。気分が落ち込んでいるだけであることを知り、ある意味安心はしたものの、やはり気が気ではない。
「……今回の縁談、受けることにした」
いきなり決断するロワーナ。驚く親衛隊。一層全身から喜びに満ち溢れる雰囲気を醸し出すミラノス。
そして穏やかな表情はほとんど崩さないギュールス。
その理由を聞こうとする親衛隊達だが、ギュールスとミラノスの手前、なかなかうまく聞き出すことが出来ない。
「決心なされたのでしたらば、今日のお泊りはこの王宮の部屋をお使いください。もし断られるならあまりここのことを知られては困ることが多いので」
ミラノスはクスクスと笑いながらロワーナ達に話しかける。
親しい友人が増えたという感覚なのだろうか。
そして親衛隊達は一斉にギュールスを睨む。
が、ギュールスはそれに気付くことなく昼食に手を伸ばした。
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