皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

交差点で味わう、ロワーナの絶望


 嫌がらせにしてはあまりにも大掛かりすぎる小国への、誰もが忌み嫌う魔族の力による占拠と解放の繰り返し。
 しかもオワサワール皇国周辺限定である。敵意があるとしか思えないその黒幕は、すべての国が国交断絶しているレンドレス共和国。

 その国から友好関係を築くための交流を持ちたいという突然の申し入れ。
 二度目のロワーナ王女の来訪を接待するのは、かつての部下。
 この国の大統領の娘婿となっていたギュールスだった。

 自分の体質や力を嫌う彼が、それを好む国の大統領の家族に入り込んでいた。
 ひょっとして彼の芝居ではないか?
 そう思い、彼の挨拶に合わせるロワーナ。

「あ、あぁ……。初めまして……。ロワーナ、エンプロア、と言います」

 その男はミラノスの方を向き何やら話しかけ、ミラノスはそれに頷いて答える。
 この場での主導権を自分が持つということらしい。

「お話を聞かれて大変驚かれたでしょうが、友好関係を築く第一歩。この国も世界の一員として生まれ変わるための努力の一つとして受け止めていただければと思います」

 今までの記憶を消され、新たな記憶でも書き替えられたのかと思えるほどの、この場に相応しい言葉遣いでの挨拶。その淀みなさもそんな妄想を掻き立てた。

 今回の滞在予定は四泊五日。一回目と比べるとかなり長い。
 しかしその長い期間の滞在は、ロワーナにとって逆に有り難かった。
 自分の知っているギュールスと同一人物なのかを確かめるには、滞在している間でしか出来ない。
 出来るなら、さらに彼の真意も問いただす。四泊も滞在期間があるのだ。たとえ短くても、それくらいのことだけは確認しておかねばならない。

「初めてお出でになられたときはお会いできず失礼しました。今回は義父が失礼いたします。五日間の滞在ということで、政務を抱えている義父は流石にずっとロワーナ王女をご案内するのは難しいとのこと。代理として私と妻ミラノスが同伴を務めます」

 失礼のない挨拶に、ただ聞き入るしかないロワーナ。
 感情が先だった言葉が口をつきそうになるが、ミラノスが同席している以上下手なことを口にすることは出来ない。

 レンドレスの外交の策略だったとすれば、ロワーナは既に完全に絡み取られているも同然であった。

 ギュールスの真意を問おうにも、宮殿内の案内、食事の時間、常にミラノスが付き添っている。
 二人の距離を何とか引き離そうと、親衛隊もそのつけ入る隙を伺うが、その機会は訪れることはなかった。

 二日目はレンドレス共和国の首都、オリノーアの案内を受けた。
 港町からオリノーアまでは普通の馬車では三日ほどかかるが、大統領家専属の竜車で、ギュールスとミラノス夫婦、ロワーナの三人で一台。親衛隊十五名が二台に分乗して移動。
 朝食をとってすぐに出発。昼前には到着した。

 竜車の屋根にはには大統領家のエンブレムが刻まれている。
 次第に王宮に近づくにつれ、その速度も緩めていく竜車。
 速度を上げている時は気付かなかったが、竜車に気付いた街行く者達は皆親し気に手を振っている。
 ここでも自分達を歓迎しているのかと、ロワーナは気を重くしながらその者達の様子を見る。

 歓迎されることは別に悪いことではない。
 しかし第二夫人という、対等とは思えない夫婦関係で受け入れられようとしているのだ。

 だが住民達の思いは必ずしもそうではないとロワーナは知った。
 ギュールスが彼らに向かって手を振ると、その方面の者達から歓声が上がるのだ。
 ミラノスのそれよりも反応は激しい。

 今までそんなことがあっただろうか。
 街中で住民や冒険者達から暴行を加えられている姿を見たことがある。
 その後のギュールスは実に淡々とした表情。
 体の痛みは感じていたようだったが、ほとんど何事もなかったように立ち上がる。
 時々痛みを堪えて立つ姿もあったようだ。

 それがどうだ。
 住民達に穏やかな笑顔を見せて、遠巻きに見ている者達に手を振っている。
 次いで到着した竜車から降りた親衛隊の全員も、そんなギュールスと住民達の様子を見て驚いている。

「……人気が……おありなのですね……」

 大統領の息子ではない。
 世界から『混族』と罵られ虐げられた、出生はこの国とは無関係の者だ。
 その彼が、この街で、この国で歓迎を受けていた。
 そうでなければ大統領の娘に、婿として迎え入れられるわけがない。

 ロワーナの心の中に悔しい思いが生まれる。
 オワサワールに、彼に対してこのようになってほしかった。
 よそ者であっても受け入れてほしかった。
 自分が思い描いていた理想の都市の姿は、全く国交のないこの国に先んじられていた。

「まぁ、ね」

 ポツリと答えるギュールスは穏やかな表情のまま。
 そのギュールスに優しい笑顔を向けて腕をとるミラノス。
 その二人を見て、奇妙な温度差を感じるロワーナ。
 そして歯噛みしたくなるほどの自分の心中を振り返り、そこでもギュールスの表情とはバランスが感じ取れないことを、妙な引っ掛かりを感じ取った。

「さ、中を案内しましょう。皆さんもどうぞ」

 ギュールスの行方が掴めなくなって一か月以上経った。
 そんな彼が、この国の王宮として使われていた建物の案内をしている。
 相当ニューロスから気に入られたにしても、普通ではない成り行きの速さではないか?
 親衛隊達とロワーナは、装飾品に備わっている通信機能を使い、二人に気付かれないように思念でやりとりをしている。

「共和国制度により、義父は大統領の肩書を持っています」

 廊下を歩きながらギュールスは説明を始める。
 何の説明かと耳を傾けるロワーナ達。

「ですが実質、未だに王政の体制が保たれており、表向きは元王宮の国務機能を持つ建物ですが、現役の王宮なんですよ」

 いきなりのカミングアウトにロワーナ達は驚く。
 ミラノスは、ギュールスに絡みつく姿は住民達へのアピールだったのか、王宮の中では普通にギュールスの後ろをついて歩く。
 ギュールスには従順な態度という印象で。ギュールスの体が青くなければ、どちらがよりニューロスに近しい血縁の者か一見分からなくなりそうな二人の姿勢。

「これから案内する部屋は、ニューロス……大統領と呼んでおきましょうか。彼の私室です。私もミラノスも自由に出入りしていいとのことでしたから」

「大統領はそちらにいらっしゃるので?」

「いえ、今日は国内を見て回っているようです。国民の様子を直に見ることは必要だと。もちろん現地には事前に報せるようなことはしません。普段の生活ぶりを見ることが出来ないからと」

 彼の手中で踊らされることはないと知り、ロワーナはわずかに安堵する。
 しかし主がいない部屋に案内をするその目的が分からない。
 通信を使い、親衛隊にも気は緩めないように注意を促す。

 ニューロスの部屋に到着し、全員を招き入れたあと、ギュールスはしかめ面をする。

「しまった……。椅子が足りなかった……」

 部屋の中にある椅子とソファは、明らかに親衛隊全員座ることは出来ない数と広さ。

「私から伝えますから、あなたは予定通りにどうぞ」

 ミラノスに後のことを任せると、ギュールスはロワーナ一人だけを奥の部屋に案内した。

 二人がこの部屋から出た後、ミラノスは従者に、椅子を人数分もちこむように頼む。

『彼と王女がいない間、ミラノス王女を拘束する、という手は』

『ないでしょ。そのあとどうやってオワサワールに帰るの?』

『考えたくはないが、あいつが王女を拘束するということも考えられる』

 元第一部隊の親衛隊隊員は、思念の通信をやりとりする。
 しかしここでロワーナからの通信が入る。

『物騒なことはとりあえずやめておけ。今のところ丁重なもてなしを受けている。わがままを言えばすぐにでも帰国の手続きをしてもらえそうなほどにな』

 ロワーナの意向を受け、とりあえず様子見を決める親衛隊達。
 そんな彼女らにミラノスは自らお茶を淹れ、一人一人の前に出す。

「何も言葉一つも出ないで時間を過ごすというのも、何かおかしいですわね」

 裏表のない性格なのか、ギュールスがいなくなっても主賓のロワーナがいなくなってもその表情に激しさなどは現れない。

「冷めないうちにどうぞ」

 そう言いながら自分にも淹れたお茶を飲む。
 それにつられ、親衛隊の全員もティカップに手を伸ばした。

 …… …… ……

 奥の部屋は窓はない小部屋。天井に照明が一つのみ。

「ロワーナ王女。ここから先は、ニューロス王と私、そしてあと三人しか出入りしたことがない区域なんですよ。ミラノスや王妃ヘミナリアも入ったことはありません」

 誰の目にも触れることがなさそうな部屋。
 こんな所でも堅苦しい話し方をするまでもないだろう。
 ロワーナはそう思うが、そんな話を聞かされては、さらに緊張感が増すばかり。

「どういうことだ? 家族ですら足を踏み入れさせない場所へ、部外者の私を案内するというのは」

「この国に来ていただいた目的はロワーナ王女、あなたを第二夫人として迎え入れるということでした。そしてその話を受け入れていただく理由が、この先にあるということです。そうそう、ここからその目的の部屋までは螺旋階段でしてね。音も響くんです。ちょっとした声も、その長い階段の先にある部屋まで届きますから言葉遣いにはご注意を」

 その小部屋の壁に隠し扉があり、そこを潜るともう一つの小部屋がある。
 いつまで小部屋が続くのかと思わせるほど見た目が同じ部屋。
 しかしその部屋から移動する隠し扉は床にあった。

「踏み外すと、流石の私も命がないくらい地下深い所にその部屋はあります。
 ……ほら、声が響くでしょう? この先の部屋にいる者達にも聞こえるほどですから。あ、手すりは丈夫なことこの上ありません。存分にご利用ください」

 ギュールスはそう言って先に螺旋階段に進む。
 照明は所々にあるが、見下ろした先の照明はすべて見ることは出来ない。
 ロワーナは聞きたいこと、言いたいことは山ほどあるが、すべて胸の内に仕舞い、今はギュールスの後ろにしたがった。

 螺旋階段の最後の段に到着した二人。
 しかし地下はまだ下まで続いている。
 壁の扉をノックした後、その扉を開け、中に入る。
 扉に二重になっていて、二つ目の扉にもノックをした後ギュールスは中の反応を伺った後ゆっくりと扉を開ける。

「奥深い所へ度々ようこそ」

「おぉ、ギュールス様。よくぞお出でに」

「そちらの方は初めてですな? 招き入れるということは……そういうことですか」

 中にはローブに包まれた者が三人。
 年老いた男性というのは分かるが種族までは分からない。

「ここは……何かの研究?」

 部屋には言って右側は一面ガラス張り。
 その奥にある存在を見てロワーナは言葉を失う。
 生涯で一番驚いたに違いない。
 目を見開き、両手で口を覆っている。

「ま、まさか……魔族?! しかも、第一級クラス……それも……五体?!」

 この国で魔族の研究を行っているという噂はあった。
 国外の者はだれ一人としてその噂の確証を持つ者はいなかった。
 確証どころか、実際に目にするとは夢にも思わなかったロワーナは、頭の中が真っ白になる。

 しかしロワーナはすぐに正気を取り戻す。
 全世界がレンドレス共和国を嫌う理由がここにある。
 そして入ることが出来る者が制限された部屋に自分は足を踏み入れている。
 この国の脅威を除去できる最大のチャンスではないか!

 ギュールスはそれを狙ってこの国に取り入ったのか。

 その確信を得ようとロワーナはギュールスを見た。
 魔術師達の表情は見えないが、彼らと同じであろう歪んだ笑いを浮かべている。
 ロワーナが明るく見えた世界の未来は一瞬のこと。
 彼女はまたも、絶望の底に落とされた気持ちになった。

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