皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

変わらざる者 変わらざるを得ない事


 ロワーナは近衛兵師団団長の役から降ろされ、オワサワール皇国の皇女の立場に戻る。
 それでも武力魔力は落ちるはずもなく、戦乙女なる二つ名が陰ながら付けられる。
 ところがそれを知らぬは本人ばかり。
 婚約から成婚を周囲に匂わせるため、ロワーナはその相手であるガーランド王国の皇太子、リューゴとの出会いを重ねる。
 もちろん元近衛兵第一部隊の親衛隊と共にである。
 そのリューゴですら、ロワーナの二つ名を知っていた。

「な……い、いつの間にそんなことを……」

「勇ましく、かつ麗しい様を思い描ける、あなたに相応しい二つ名ではないですか」

 二人の会話はまだそれほど親密ではない。
 が二人きりの会話は親衛隊にも、そしてリューゴの護衛部隊にも届かない。

 二人が会う場所は、オワサワールとガーランドの両国内。都合のいい場所をその時によってどちらかに決めている。
 そしてオワサワールで会うよりもガーランドで会う回数の方が次第に多くなっていく。
 狙いはもちろん、レンドレス共和国の飛び地の調査。
 飛び地と思われるところにへリューゴに案内してもらうが、リューゴは彼女の思惑は気付いていない。

「何というか……」

「何? 流石に今はあまり私語は避けた方がいいと思うよ?」

「うん。でも皇太子は王女とはうれしそうにしてるけど、王女は冷静沈着って感じなのがねぇ」

 親衛隊に配属になったナルアとメイファが、二人から離れて警護している間にそんな会話を交わす。

 王女とは、近衛兵師団の団長の肩書が外れた今の敬称である。
 元近衛兵達は、ロワーナのこれまでは勇ましい姿しか見ていないが、王女と呼ぶに相応しい振る舞いの中に、団長時代の気の張り巡らしようを感じ取り、改めてロワーナに尊敬の念を持つ。

「それでもギュールスと繋ぎ留められなかったのは……」

「彼の常識範囲は私達を越えてるってことでもあるわね」


 …… …… ……

 話は親衛隊結成後、間もない頃にいったん戻る。

 場所は皇居の中の親衛隊詰め所。
 親衛隊全員が詰め所を空けている間に、呼ばれざる客が扉の前にいた。

「……なぜこいつがここにいる?」

「そりゃ鍵がかかってますから」

「そういう話じゃない!」

 エノーラの怒鳴り声を軽くかわす女性。

「鍵がかかってるのに部屋の中に入ったら、犯罪者ですもん」

「一般者も立ち入り禁止区域なんだけど?」

 その相手の常識を試すような話し方をするメイファ。
 しかしその言葉もまともに受け取らない彼女。

「あ~ぁ、近衛兵師団があったときは団長からいろいろお話し聞けたのに、今では王女様だもんなぁ……。子供の頃、お姫様ごっことかして憧れの存在だったけど、全く手に届かない存在になっちゃったもんなぁ」

「我々はお前と遊んでる暇などないのだが!」

 詰め所に戻ってきた親衛隊の隊員たちが相手にしているのは、彼女達から鼻つまみ者みたいに扱われているホワール=ワイター女史。
 上司や同僚達からも厄介者扱いされている、ニヨール宿場新報社の社員記者。

「近衛兵師団の一連の動きについては各新聞社にあらかじめ連絡していたはずだが? 個人プレイは好ましくないぞ」

「やだなぁ。ギブアンドテイクの目的で来たんですよぉ」

「こっちからギブするものばかりだな。テイクは……国軍への誤解以外思い浮かばん」

「おーっとそれはあたしがテイクしたものじゃありませんねー。そしてギブもこれから出るところなので、その関係はこれから築かれるんです。ご存じじゃなかった?」

 たかが一個人の都合で振り回されるわけにはいかない親衛隊。
 近衛兵師団から規模が小さくなり、おまけに新設された部署と兵科である。いろんな仕事が山積みの今、無関係な者と関わっている暇もない。

 エノーラはホワールをどかして詰め所に入る。
 他の隊員もそれに続く。

「ちょっとちょっと! 近衛兵師団から親衛隊に編入されたときに外れたメンバーいたでしょ?! その人たちは……」

「他の部署に移った。話はそれだけだ。さっさと帰りたまえ」

「消息不明の人物はいないなんて言わせませんよ! 慌てる乞食はもらいは少ないっていいますが、それ、皆さんのことですからねっ!」

 親衛隊全員がホワールを睨む。

「貰うも何も、欲しいものは何もないし、あったとしても、欲しい物をそっちが持ってるわけでもなかろう!」

「ちなみに、慌てない乞食はもらいがないって言うらしいですよ? ほんとかどうか分かりませんが、私がこうして話を持ってこない場合には私に当てはまるようですが」

「何から何まで欲しいんでしょ? あなたは。あげる必要は私達にはないからね。じゃ、出直してらっしゃーい」

 お茶らけるメイファ。
 それを捨て台詞としてドアを閉めようとするが、それをホワールはこらえる。

「とととっ。こりゃ私が慌てなさすぎだわ。消息不明の元近衛兵第一部隊隊員、そして唯一のシルフ以外の種族、そして唯一の男性隊員の行方が私の持ってる情報なんですがねっ。いらないならしょーがな痛っ!」

 メイファが力づくでドアを開け、それがホワールの鼻にぶつかる。

「いたた……ひどいですよ、メイファさん! いきなり……」

「おいっ! お前、ギュールスの行方を知ってるのか?!」

 打って変わって思い切りホワールとの距離を縮めるエノーラ。
 逆に隊員達から抑えられるほどの勢い。

「ちょ……ちょっとぉ……。何ですかその手のひら返し。そっちからのテイクがないのにこっちからのギブだけ求めるってどういうこと?!」

「回りくどいわね。彼の情報は……手掛かりは信頼のあるものなら欲しいわよ。あんたはそれを餌に私達に何を求めるの?」

「顔パス」

「は?」

「顔パス。私だって記者ですよ? しかも自称有能な」

 臆面もなく言い放つその顔は、冗談のつもりはないと言い張っている。
 しかしその情報に正確性がなければ、情報を一方的に搾取される側になってしまう。

「……どこにいるってはっきりとは言えないけど、大まかな情報だったら確実」

「まさか東西南北のどこかにいるなんていうような」

「そこまで馬鹿じゃないわよ! そんなんで顔パスしてもらおうなんて、流石の私でも面の皮分厚いなんてもんじゃないわ」

「顔パスになっても無駄足になることが多いぞ」

「んじゃ友達」

「情報漏洩を疑われてクビってのは嫌ですよね」

 ティルが最悪のケースを口にする。
 全員が一斉に頷く。

「じゃあ無駄足でもいいから顔パスでいいです。立ち入り禁止がたくさんあるでしょうから、入り口から詰め所まで限定で」

 親衛隊の詰め所の窓から皇居の入り口は、その付近事すべて見えるほど近い距離。
 しかも親衛隊の会議所や王女の部屋などは皇居の奥。
 そこへの立ち入り自由は決して許されないが、入り口からそこまで近い位置の部屋限定で、それよりも奥に進もうとしても警備兵達が目を光らせている。
 ギュールスの所在の情報の内容次第では安い買い物とも言えるし、高くなることはまずない。

「いいだろう。この部屋まで立ち入りを許可することを申請してやる。ただし取材の答えが制限されることは数多い。希望通りに取材が出来なくても文句が言われる筋合いはない」

「いえいえー。鍵がかかってれば入るつもりはありませんが、出入り自由になっただけ、編集部のみんなよりも一歩先行く敏腕記者と……。でですね、彼の所在何ですが」

「もったいぶると申請取り消すから」

「いや、それちょっと待ってっ。ガーランド王国に入ったらしいんですよ。ただ、僻地っつーか、村……村よりも過疎の地域を回ってるらしいですよ? もっとも三か所くらいしかまだ足運んでないみたいです。ちなみにこことの国境付近」

 ホワールは親衛隊の全員から驚きの注目を浴びる。

「な、なぜ国外に……。いや、まさか適当なことを言ってるんじゃないだろうな?!」

「オワサワール国内に潜んでいるんじゃないのか?!」

「そもそも、誰に聞いても分からない情報をなぜおまえが知っている?!」

 彼女達から口々に出る言葉は、その情報の真偽を問うものばかり。
 信頼性がほとんどない者が出す情報である。無理もないことではある。

「だって誰も自分の推測を信頼してくれませんでしたからね。単独調査ですよ。自分しか知らないと思いますよ? それに、『混族』呼ばわりして誰もまともに相手にしませんもん。誰も調査する価値はないって思ってますよ」

 まともに誰も相手にしない者が、自分達にとってはかけがえのない人物であった。
 そして目の前にいるのは、親衛隊どころか社内からもまともに相手にしてもらえない人物。
 その人物が、有能と自称するくらいはこの仕事に力を入れているとは言える。
 ギュールスも、人に伝えられない功績を残していたではないか。

 万に一つの可能性も有り得る。
 そう判断したエノーラは、ガーランドでの情報を自分たちの手で確認した後で出入り許可を下すことにした。

「それで構いませんよ。ま、すぐにまともに聞いてくれるとは思いませんでしたから。それに彼がガーランドではなく別の国にいたなら皆さんに伝えることはしませんでしたから」

 ホワールはニヤリと笑いその顔で全員を見渡す。
 裏があるのではないか?
 そんな疑いの目でホワールを見る者もいる。

「ほう。ガーランドにいたと分かったから報せたと? その理由は?」

 エノーラの問いかけにホワールは人差し指を出し、舌を鳴らしながら横に振る。

「チッチッチッ。私の情報網も舐めてもらっては困りますよーん。リューゴ皇太子と、何度も会う予定になるんじゃありません? 皆さんの目で私の情報を確認しやすい立場になるんじゃないかなと」

 自分の情報が嘘か誠か、親衛隊自らが判断できると踏んでの情報提供。
 それが出来ない場所に彼がいたらば、正しい情報でも受け入れてもらえない。

「言っときますが、今現在は不明ですよ? そこにいた証言を得た、ということだけです。過剰な期待をして、嘘の情報掴まされたって喚かれても困りますから」

「しかし、なぜ他国にいると分かった? そっちに足を運ばないと得られない情報だろう?」

 鼻つまみ者扱いされるホワールの勝手な行動は、自己責任である限り自由に許されている。自己負担で合法的に長期不在での取材なら、上司に連絡を取り続けている限りは問題なし。
 そんな彼女ならではの情報収集力である。

「……そこまでご執心であるならば、彼の追跡調査は今後も……」

「やってくれるのか?!」

「顔パスの件、頼みますよ? もし何もしてくれなかったら」

「問題ない。ただし我々が王女に同行してガーランドに行って確認した後だ。それでいいな?」

 そしてガーランド王国へ訪問した際に、余計な感情を持たれても困るということで、王女に内緒で親衛隊が調査。
 ホワールが得た情報に間違いはないことが判明した。

 訪問回数を重ねることで彼女達も調査を行う。
 しかし新たな情報はなかなか入らないまま、ロワーナとリューゴの交流は進んでいった。

 …… …… ……

「王女様の魅力に気付かない。もしくは身分の差を思い知らされたか……」

 呟いたケイナは、聞こえた者達から諫めるような視線を浴びる。

「『混族』がどうのじゃないわよ。……今の立場は王女様よ? 皇帝の一族、しかも一番近い立場。一般の国民だって近寄りがたいに決まってるじゃない」

 それもそうか、と改めてロワーナの立場を認識する一同。

「でも王女様の狙いはそれだけじゃないわよ。その彼が独自で調査してるかもしれないって推測してたから、一応そっちの方にも気を配っといて」

 元近衛兵師団第一部隊の、立場的には副隊長であったが呼び方の好みから副団長を名乗っていた親衛隊隊長のエノーラが会話に混ざる。

 ギュールスが近衛兵師団から去ってからは、ロワーナの意気消沈ぶりは普段通り振舞っていても見え隠れしていた。
 そこでどこにいるかが判明したらどうなるか。
 おめかししたドレスの裾を絡げてまで追いかけるのではなかろうか。
 親衛隊はそこまで心配していたが、意外と冷静。自分の立場を分かっている彼女の気持ちの切り替えには感心するばかり。
 そんな親衛隊達が彼女の理性を信頼し、ホワールが得た情報を伝えた。

「変な人ならなるべく皇居に入れないように」

 そんな釘を刺されるが、ギュールスの情報が間違いではないことを知るや、ロワーナからも親衛隊に、ガーランドに知られない程度で調査をするように指示された。

 現在の彼女達の現場は、今までの任務とは違い命をいつ落とすか分からない戦場ではない。
 ロワーナ王女の護衛とは言え、彼女自身戦闘能力が高い分、親衛隊の負担も重くはないが、それでもさらに気を引き締めて二人の護衛を続けつつ、飛び地に関する情報とギュールスの所在の調査を関係者に気付かせずに進めていった。

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