皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
変わり始める流れ その2
駐留本部の団長室に戻ったロワーナは、本部に駐留中の近衛兵全部隊を呼び、エリアード元帥からの話を伝える。
「えーと……おめでとうございます?」
「祝福の疑問ってのもどうかと思いますよ?」
レンドレス共和国への包囲網をより強化するための策ということを理解できた分、全員が微妙な反応を示す。
「それよりも私達の今後の人事異動も気になりますが……」
「親衛隊のことか? 第一部隊は全員入ってもらうつもりだが、人数は一部隊よりも多くしても構わないそうだ。そこら辺はいろいろ検討するつもりだ。近衛兵全員の今後の志望先のことも知らなければならんし、面談は必要になるだろうな」
エノーラの質問は、自分の本心からのものではなかった。
第一部隊の全員が気になるのはギュールスの今後の扱い。
しかし彼の存在を嫌う部隊も揃っているこの場で、露骨に聞くわけにはいかない。
「とりあえず、今ここにいる者達全員には知ってもらおうと集まってもらったわけだ。巡回中の部隊には帰還のための飛竜移送部隊へ出動要請を出すように命令したから一両日中には戻るだろう。それと……」
近衛兵師団が解散のほかに重要事項がまだあるのかと、全員がロワーナに注目するが、そこまで期待することでもなかった。ただ、第一部隊には重要な事であった。
「入院中のギュールスには私から直接伝える。余計なことは言う必要はない。以上、解散」
団長室から全員が退室して、しばらくしてロワーナも部屋を出た。
勿論ギュールスの見舞いとその連絡事項を伝えるためである。
…… …… ……
ギュールスの個室をノックし、中に入るロワーナ。
「団長一人ですか? つっ……!」
「あぁ、起き上がらなくていい。お前には、いろいろ助けられてるな」
ロワーナの言葉に甘え、ベッドの上で仰向けのままになる。
「えーと、それをわざわざ言いに?」
「いや……。既に駐留中の近衛兵全部隊に通達したが、近々近衛兵師団は解散になる」
「えっと……俺のせいですか?」
「なぜそうなる……」
よくもまぁ後ろ向きに思考が進むものだと感心するレベル。
魔族討伐の時の頭の回転はすべて前向き。
ロワーナは不思議でならない。
だが今はそれはよそに置いておかなければならない。
伝えなければならない重要な話を持ってきたのだから。
「……今までお前にいろんな話をしてきた。皇族の秘密に関することもそうだし……」
「はぁ……」
どう切り出せばいいか分からないロワーナ。
何しに来たのか見当もつかないギュールス。
ロワーナは煮え切らない自分の気持ちに見切りをつけてやや感情的になった。
「えぇい! ギュールス! 単刀直入に伝える! 近衛兵師団は解散することになった! そして私は近いうちにガーランド王国の皇太子と政略的婚約をすることになった!」
ギュールスは仰向けになったまま固まった。
まるで人型の青い宝石である。
「……おい。ギュールス? 何とか言え。……おい?」
しばらくしてギュールスのぽかんとした顔がロワーナに向けられた。
「お」
「うん?」
「おめでとうございます」
「……政略のための婚約だ。レンドレスもしくは魔族の件が終わったら解消ということになる」
「政略?」
「あぁ。ガーランド王国の皇太子が相手だ」
こういう時はギュールスは察しがいい。
エリアードの狙いをほぼ言い当てる。
そしてギュールスの表情は一転して引き締まる。
「ならば……自分は近衛兵とかから外れる方がいいですね」
「ギュールス……お前……」
「政略、そして婚約止まりとは言え、他の男性が団長のそばにいるのは印象が良くありません。となると……」
ギュールスが口にしたその言葉は、ロワーナの元から離れることを意味している。
ロワーナはそこまで考えてはいなかった。
解消前提の婚約。ほんの一時のこと。しかも相手も了承している。
他家に嫁ぐ話ではない分気楽に思っていたが、それが思考を鈍らせていた。
「ま、待て、ギュールス。私は……」
「魔族が時々集団で襲い掛かります。その度ごとに傭兵志願してました。自然現象だと思ってましたが、誰かがそれを企んでいるのだとしたら……。母親はその誰かによって殺されたも同然です」
そう言うとギュールスは固く口を閉じた。
森林、そして村を火事にして焼失させた。
魔族が個々で動いて出せる被害ではない。
そしてロワーナのそばにいられる立場ではなくなる。
「い、言ったはずだぞ! 国や民、皇帝を守る約束をさせたが、私をも守ると! その約束を違える気か!」
ロワーナが顔を赤くしているのは、単に感情を乱しただけではない。
その感情の乱れはその口調にも表れた。
ギュールスは視線をロワーナに向ける。
それは異様な輝きを伴った。
そして意味ありげな笑みが口元に浮かんでいく。
ロワーナはその表情に気圧され、言葉を止めた。
「団長。何も傍にいるだけが約束を守る手段ではありません」
そしてまたいつもの表情に戻り、自分の言葉を噛みしめるように目を閉じる。
「団長は真っ先に自分を受け入れてくれました。あんなに居心地のいい場所を作ってくれました。魔族の襲撃の裏話も聞かせてくれました。その恩は絶対に忘れません。そして、そのご恩に報いるのはこれしかない、そう思います。だから……自分の為すことを遠くから見守ってもらいたいと思います」
「何を……何を考えている? ギュールス。……また何か、とんでもないことを思いついたのか?」
沈黙が続く。
そしてギュールスはゆっくりと口を開く。
「誓いは、遠い先ですが必ず果たします」
そういうギュールスの表情は、ロワーナに安らぎを与えた。
しかし何をどのようにするのか、ギュールスは今後どうするのかが全く見えない不安はある。
ロワーナは彼を見守るうちに、静かな寝息を立て始めた。
彼女はその寝顔をしばらく切なげに見守っていた。
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