皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
ギュールス、初めての防衛戦 エルフ幼女との逃避行
現場では、すでに国軍兵士達が攻勢をかけていた。
飛竜が着陸するには十分な広さが必要である。しかしこの村の付近は広い野原はなく林に囲まれている。村から離れるほど森林は深くなっている。
近衛兵部隊が搭乗している、普段よりも一回り以上大きい飛竜ならばなおさら見つからない。
飛竜を現場付近に滞空させそこから飛び降りるしかないのだが、そこで初めて魔族の姿を確認する近衛兵達。
「スライム……って言うには……でかすぎない?」
真上から落下すれば、納屋くらいなら一撃で全壊出来そうな大きさである。
「しかも透明もしくは半透明の物が多いんだけど……」
「粘液体よね? スライムって……。あれには液体のイメージが全くないけど……」
「ここで考え込んでも状況は良くならん! 自軍に援軍しつつ情報を集めて効率よく討伐すること!」
想像と違った姿の魔族に戸惑う近衛兵達。そんな彼女らにロワーナが号令をかける。
しかしギュールスの顔は、険しい顔をやや緩める。
憎き父親と同種の魔族にしては、見た目は明らかに違う色彩。
それは、他者が受け入れてくれても自分は受け入れられない体質。
父親を見たことがなく見覚えもない。
そんな姿でも、周りの者達と違う体になれるその形状は、否が応でも容易にその姿を連想させる。
近衛兵達は背中の羽で舞い降りる。
ギュールスは気持ちを切り替え、体を受け入れがたい形状に変化させ、背中に羽を生やした状態にする。
「……まだ痛むのか?」
「……問題ないです」
やや顔を歪ませる。痛みはややぶり返したようだ。
背中の傷を知っている者なら誰でも気に掛けるだろうが、ロワーナの気遣いに構わず彼女達に続いて飛び降りた。
魔族の二体はほぼ同じ大きさ。
報告通り、地面に落下し飛び跳ねる。その繰り返しでわずかずつ移動する。
地面のあちらこちらにへこみが見えるのは報告通りで、そのへこみが重なっている箇所も多い。その場合は段差があり、落下する重量に違いがあることを示していた。
ある程度離れた距離をとって飛び降りたギュールスは、魔族に一番近くなったと思われる距離を見計らって腕の形状を槍のようにして一撃。
やはりスライムのような柔らかさはない。そしてどこかでその感触を体験した記憶がある。
その記憶をたどるのは後。着陸して仲間と合流してからそのことを報告するほうが先。
既に着陸している第一部隊は、他の国軍と合流。情報のやり取りをしている。
その場に飛び降りたギュールス。「無理をするな、無茶するな」という声をかけられるが、それに構わず一撃を入れた報告を入れる。
「相手の体にめり込んだ感触はありましたが、めり込ませた体の一部を圧迫するような反撃の感触はありません。押し返す弾力性もありませんでした。スライムのような粘液体とも違います。でもどこかで似たような感覚を体験した気はあるんですが……」
「……過去の経験は重要な情報になるかもしれんが、討伐は一刻も争う。村民の避難は?」
「ほとんどの者が完了しています!」
「ほとんどって……全員じゃないってこと?!」
「他に逃げ遅れた村民はいるか銅貨の確認もしなきゃならん。できればこの二体を村から押し出して森林に押し込むことが出来れば……」
着地するたびに地面を揺るがす魔物には顔がなく、当然腕も足もない。水滴ような形で上下に動くが、液体のように細く長くなることはない。
上に跳ね上がれば上向きに、落ちるときは下向きに、明らかに重力がかかっている形状。
落下したときは上から押しつぶされた形になる。
つまり、その魔物の様子を見ても、どんな意思を持っているのか、何を目的としているのか外見では全く判別できない。
「上で何かに掴まれて、下に叩き落されてるって感じね」
「前回みたいに誰かに操られている可能性もある。それと付近の村民が完全に避難完了しているかどうかの確認も必要! ……ギュールス、どちらか担当できる?」
ギュールスは表情を曇らせる。
前回は魔族の動きに不審な点があった。
思いの外魔術師の発見が早かったのは、誰かがいるかもしれないという予測前提で捜索したためか。
しかし今回は、黒幕も村民もいるかどうかは不明である。
そして捜索方法も問題がある。
自分の体をスライム状にし、さらに液体の状態を強めて地中を潜らせた。
前回とは違って現場の地面はへこみがあり、そこは魔族に上から圧迫されたため液体をも通さないほど土や石などの密度が高い。当然ギュールスの特性を活かすことは出来ない。
前回と同じ方法で探すとなると、いるかいないかの判明にも時間がかかる。
魔族を操る魔術師がいるとしたら森林の中。
しかしいない場合は延々と探すことになる。
いるかいないか分からない者を探すとしたら、範囲が限定されている村民を探す方が時間をかけずに済む。
「団長、俺は付近の小屋、建物を探します。魔族の行動範囲と思われるところくまなく探したら討伐に加わります」
ロワーナが頷くのを見てすぐに動く。
彼女はすぐに魔術師の捜索にも気を向ける。
未知の巨体の魔族なら、自分の身を守る手段もないだろうと考え、国軍に探索を頼む。
第一部隊は全員魔族への攻撃にかかった。
「誰かいないかーっ! オワサワール皇国の軍が助けに来たぞー! ……ここはいないか。向こうはどうだ? おーい! 誰かいたら返事しろー!」
ギュールスは大きく響く声を張り上げながら、誰かが隠れられそうな場所が残っている建物を一つ一つ探す。
その張り上げる声を出しながら後悔した。
第一部隊の誰かなら、近衛兵であると主張すればそれだけで信頼されてたのではないだろうか、と。
軍人や兵士という言葉は、こんな非常事態ではこの場は危険だというイメージを植え付け、体を強張らせ、声も出せなくしてしまうのではないだろうかと心配した。
問題は避難し損ねた者の気持ちばかりではない。
避難するのにも一刻も争うこの状況で、村民が恐怖で体を動かせなくなった倍、その場に駆け寄らないと見つけられない分時間を使ってしまう。そのことで危険が迫る可能性もある。
魔族が地面にぶつかった時の衝撃。そして振動。地面にめり込む音。物が壊れる音。飛び上がる時にも起きる振動や音。
それらはギュールスの呼びかける声を打ち消す。
それもギュールスに焦りを感じさせた。
しかし一番避けたいのは、逃げ遅れた村民の存在に気付かないまま別の所に探しに行くことである。
その焦る気持ちを堪えながら、ちょっとした物陰にも顔をのぞかせる。
あの巨体が上から落ちてきてしまっては、流石のギュールスも一巻の終わりである。
しかし、その細かい心配りが功を奏した。
まだ無傷の小さい納屋の隅。木の板張りの壁と積み重ねられた藁の間に小さいエルフの女の子が眠っていた。
一瞬見たこともない母親のことがギュールスの頭によぎる。
しかし今はそれどころではない。
雑念を払うように頭を振ると、何とかして静かに起こそうと試みる。
ちょっとした居眠りから熟睡する幼い子供は割といる。
しかも周りがどんなに騒いでも目覚める気配もない。
「……お嬢ちゃん? 起きて?」
起きた瞬間にそんな騒ぎでいきなりパニックに陥ることがあっては精神上よくないことになるのは簡単に想像できる。
なるべく焦りを抑え、何度も静かな声をかけ、ゆっくりと揺り動かす。
「……ん……、んん……? あ、えっと……おじちゃん、だれ? なんか、おっきい音、してる……」
静かに起こすことは出来たが、この少女を驚かせないように連れ出す必要がある。
寝かせたまま連れ出してもよかったが、移動中に目を覚まし混乱させる方が悪影響と判断した。
「今ね、この村のみんなが村の中で集まっててね。君が寝てたから探してきてもらえる? って頼まれたんだ。そとではおっきいヘンな物が動いてるけど、気にしちゃだめだって言われた。おじちゃんについてこれるかな?」
『混族』のことを知らないエルフの幼女は、物おじもせずギュールスに尋ねる。
それに優しく応えるギュールス。
自分の体を見てとても怖がるかもしれないと心配していた一番の難関をクリアしたことに胸をなでおろす。
しかし巨大な魔族を見て怖がらせるわけにはいかない。
何とかして魔族から遠ざける必要がある。
その前に、見知らぬ男の言うことを聞いてくれるだろうかという心配もある。
ギュールスはその心配の先回りをした。
「おじちゃんのことが怖いと思ったら……背中に傷があるんだけど、その傷を叩くとおじちゃん退散しちゃうんだ。でもおじちゃんより怖い物が外にいて、その物からお嬢ちゃんを守ってあげるから、ね?」
エルフの幼女は大きい音を五月蠅がり、振動を不思議がる。
物を知らないというのは強みでもある。
ギュールスはその幼女の強みを信じて抱え上げ、その納屋を出た。
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