皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
夕刻の出撃 苦悶からの急転
動け。あの人を守るために。
守れ。あんな笑顔を見るために。
脳内で理性が走り回っている。
痛い痛い痛い痛い。
うるさいうるさいうるさいうるさい。
しかしその理性を止めようとするかのように、ギュールスの脳内で感情が渦を巻く。
(……える? ギュー……。……ぇ、え……ス……)
聞き覚えのある声が聞こえるが、その声が何かしてくれるわけではない。
体を傷つけた刃物に、何か特別な効果が付け加えられていたのだろうか。
動けない。
動けない、動けない。
痛みを堪えて立ち上がるのが精一杯。
(そんなにひどいの?)
え?
(動けないの? なら誰かをそっちに救援を)
無理だ。
誰も助けてくれない。
ところでこの声、誰だっけ。
天からの声か?
綺麗な姿の女神か何かか。
(何言ってるの。ロワーナよ。……ひょっとして私の声分からないほど苦しいの?!)
「ぐぁっ!」
脳内で渦巻く思考と感情に身を任せていたギュールスは、その名前が脳内に響いた瞬間さらに強い痛みを感じた。
しかし混濁した意識からは脱却。
「そこの『混族』! いい加減にしてこっちに守りに来なさい!」
その瞬間、近衛兵第五部隊のネーウルの声も耳に届く。
いきなり全部隊が危機に陥っている。
いくら大勢でも動きの鈍いスケルトン相手なら、無傷で確実にすべて仕留めることも出来たはず。
それがいきなり、素早く動いた。
「……いきなり? 素早く? なんで……」
傍から聞こえるネーウルの声も、通信機能を通じて届くロワーナの思念も、そして感じる痛みと苦しみもギュールスには別の世界の物に押し寄せるほどに、思考を懸命に働かせる。
魔物は自然発生するものであるとされている。
自然発生した魔物は、本来その魔物が持つ能力通りに動く。そしてそれ以外の動きをすることはあり得ない。
しかし何らかの術で魔物を生じさせた場合は、術者の意思によって動かされるものでもある。
つまり術者が近くにいるとも言える。
しかしどこにいるかも分からない。いるのかどうかも分からない。
その魔族に直接干渉するしかない。つまり討伐である。
だが体が満足に動いてくれない。
「いや、待て……。分かる方法が、ある……。団長、聞こえますか?」
(聞こえるけど、何? こっちも今応戦中!)
「俺達以外に誰かがそばにいるかどうか、分かりますよね?」
(林の中の林間兵、一人近くに)
ビンゴ!
ギュールスは確信した。
おそらくロワーナは、林の中にいる者はみな林間兵と思い込んでいる。
そして目で確認してはいない。
もし彼女の言う通りなら遠隔攻撃をやめればいい。
しかし魔族が器用に統率された動きを自らの能力のみで出来るはずがない。
「どこら辺にいるか大至急!」
ロワーナの持つ地形のイメージが伝わってくる。
その地形の中で一つ、生体反応がある者が確かに孤立している。
それを受け取った瞬間、ギュールスは膝から崩れ落ちる。
いや。
正確には、足の形が崩れ去った。
そしてうつぶせに倒れる。手もその形が消え去る。
魔族の体質を利用し、その体を地中に潜らせた。
林の中にいる人物がいる位置までその体を伸ばしていく。
そんな体の状態になっても、ギュールスは頭をさらに働かせる。
魔法による対物理、対魔力の防御をされていたら、真っ先に自分が狙われる。
ならばその人物に干渉しない方法をとる。
その人物の足元の地中から自分の体を接近させ、その部分から魔術を発動。
種類は水。地面は土。
その足元の部分にだけ液状化現象を起こす。
その人物に知られないように、泥の落とし穴を作る。
地面はいきなりもろくなり、体半分が地中に沈む。
そして氷結の魔法をかける。
その人物の体を凍らせられるなら万全。しかし目的はそこではない。
泥の地中である。
その人物は脱出が出来ない。
ギュールスはさらに伸ばしてその人物の様子を触覚で確認する。
林間兵は自分の目で見た。
防具をそれなりに付けていたが、この人物にその装備はされていない。
全身布を覆うローブのようなものに包まれていることをギュールスは確認。
魔術師であることを確信した。
泥を氷で固め、その術師を氷結で捕獲したあと、その氷による圧力を加えていく。
と同時にスケルトン達の動きが鈍る。
そして一体、また一体と、攻撃を受けてない個体が自然に消滅していく。
林の中からうめき声が聞こえるが、それはギュールスとロワーナにしか聞こえない。
そしてギュールスにはその人物に止めを刺す力はない。
「ロワーナ! 氷で動けなくなってるやつを仕留めろ! それですべて解決する!」
ギュールスはロワーナに、懸命にメッセージを送る。
その返事は聞こえてこない。
その直後、スケルトンはすべて消滅した。
ギュールスはそれを確認すると、急に目の前が暗くなる。
そしてその耳に届く音も消え、何もない時間が訪れた。
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