皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
部隊内外の諍い 団長室にて そのSUN
ギュールス達が雑用を済ませ食堂に入ると、他の第一部隊はすでに食事をしていた。
食堂内は随分とにぎわっていたが、同じテーブルに人数分の空席があったので、五人はその席を確保し食事にする。
「あの、実はですね」
「何? ギュールス」
突然話しかけるギュールスは、手にしている袋をテーブルの開いているスペースに乗せる。
「まぁその……いろいろと迷惑かけたり」
「またそういう面倒くさいことを言う!」
まるで保護者が子供を叱るような口調のメイファ。
エノーラと共に傭兵自体の頃から知っている分、他のメンバーよりも親しい思いが強いせいか、ギュールスに対して遠慮がなくなってきている。
「まぁまぁ。食事時だしいいじゃないですか。ギュールスから話しかけてくるって珍しいし。で、何?」
アイミから話を促され、ギュールスはその袋の中をまさぐる。
そして取り出したいくつかの自家製の魔術道具。
「えーと、迷惑じゃなければお世話になってるそのお礼みたいなもんで、その……」
そう言いながら袋から出したのは、さっきまで工房で作業をして完成させていた道具の一部。熟成まで時間がかかると説明していた物。
「本当は、もっと個性をよく知ってからの方がいいとは思ったんですが、あればあったで便利かなと……」
ギュールスはそう言いながら袋の中から次々と道具を取り出してテーブルの絵に並べていく。
「へぇ。いろいろ作ったのね。呪符……にしては素材は紙製じゃない?」
「はい、金属製です。役に立つ限り何度でも使えるように」
道具屋では扱っていない代物である。
呪符は基本的に消耗品。それが永遠に使えるとすれば、数が必要でない限り、効果が期待通りであるならばそれ一つで今後は事足りるということである。
「……レア物じゃない……。威力高けりゃとんでもない武器になるわよ? 何? ひょっとして私達に?」
「お礼がこんなもんで……。あ、効果のほどはきちんと高めにしてますし、暴発の恐れもまったくありません。体に取り込んで確認しましたから」
普段からどちらかと言うと冷静を保とうとするエノーラですら目を輝かせる。
更に説明を続けようとしたが、それは叶わなかった。
「ちょっと失礼。あなた、『混族』でしょ」
突然後ろから話しかけられるギュールス。
振り向くとそこには、見慣れたシルフの姿。しかし初めて見る女性の顔。
「ネーウル四士……。いきなりは失礼じゃないか? 彼は第一部隊のメンバーだ」
「……失礼しました、エノーラ一士。先ほど団長に帰還の報告をしてそのままこちらで食事をとっておりました。気付かずに申し訳ありません」
「別にそこまで畏まらなくていいさ。第一の隊長代理だが、等級を考えなければ同格だ。それよりも」
「誇りある近衛兵師団の中で、こんな下賤な身分の者が、しかも本部の施設内を堂々と利用していること自体考えられない事態ではありませんか? 憂慮すべき」
「ご高説有難いがな。彼は既に仲間として実戦を」
「シルフ族の中で、武術魔術ともに秀で、しかも格式」
「えーとすいません、ネーウルさん、と言いましたか?」
ネーウルは怒りの表情で話の途中で止めるギュールスを睨みつける。
「流石卑しい種族なだけあって、人の話を途中で止めるなんて大したもんだわ」
「いえ、今すぐ退散しますので、もう少々お待ち……うぉ」
ギュールスは横腹をネーウルの片膝で蹴りつけられ、床に倒れる。
エノーラたちがネーウルを制する前に、ギュールスが持ってきた袋と道具を全てテーブルの上から払い落とされた。
「目障り。もう少々お待ち? 冗談じゃないわ! 何でこんな汚らわしいのと同じ場所にいなきゃなんないの! 出ていきなさい!」
続けざまに顔面に足の裏で蹴飛ばされたギュールス。
その足で道具のすべてを払い飛ばされる。
「いくら何でも、その態度は」
「邪魔なの、あなた。私達の生涯にすら関わってほしくないわ!」
メイファがネーウルを制しようとするが、いつの間にか彼女の後ろに、第五部隊全員が揃っている。
まるで隊全員の意志を隊長に託すかのように。
ギュールスは散らばった道具全てを袋の中に入れ、そのまま背を向けて食堂から退散した。
しかし彼はあまりショックを受けていない。
ただ、街中の酒場での扱いの方がもっとひどかったと思い返すのみ。
「近衛兵の者としては、あまりに下品極まりない」
全ての感情を抑えたエノーラ。嵐の前の静けさと言う言葉がぴったりの口調である。
「品がないのはあの種族の存在自体! 何よあの青さは!」
「いい加減に」
ケイナが怒りに震えながら立ち上がる。
しかし第五部隊全員がすぐに自分のテーブルに戻り、食事を再開する。
「私、探してきます」
先に食事をし、既に終わらせているティルが小声でエノーラに告げる。
食事の途中だったが、まだ食事をしていない四人を見てメイファも静かに席を立つ。
「……ここまで彼の種族が嫌われているとは思わなかった……」
ケイナが静かに再び席に座る。
食堂の雰囲気は、まるで何事もなかったかのように、ギュールスが食堂に入る前と同じ穏やかな空気が流れていた。
…… …… ……
食事をしていないギュールスが行く場所はあそこしかない。
メイファはそう当たりをつけて中庭に足を入れる。
しかしそこには誰もいない。
「雑草食べに来たと思ったんだけどな……。まったくもう。皆に心配かけてっ。……自分の部屋に行ったかな? 行ってみるか」
一方ティルは、まず団長の報告しなければなるまいと、団長室に向かった。
「はぁ、はぁ……。団長! 失礼しますっ! ギュールスがっ」
ノックをした後勢いよくドアを開け、食堂での報告をしようとするが、そのままティルは固まってしまう。
「ん? 彼がどうかしたのか?」
団長室のソファに座って、テーブルを挟んでロワーナと和やかに話をしているギュールスがいた」
「……何、やってんの」
「……お話し、ですが、何か?」
「何か? じゃねえぇぇぇ! みんな心配してるってのになんだこりゃあ!」
ティルが爆発する。
それを見てギュールスが困惑する。
「とにかく落ち着け。皆のために道具を作ってくれたんだと。随分質のいい物を作ったものだ」
「団長……こっちゃそれどころじゃなかったですよ。第五部隊帰還してたんですね。食堂で遭遇しまして」
食堂で起きたことを一通り説明する。
それを聞いて信じられないような顔でギュールスを見た。
そんな騒動が起きた後にここにきたなど、誰が想像できようか。
それほどまでにギュールスの様子は落ち着いていた。
「お前にはつくづく驚かされるよ。何と言うか……繊細なところが自分に全く向けられてないんだな」
「……自分にとってはこの説明の方が大事なんで。どれも壊れてなくて一安心です」
「……私、とりあえず彼が落ち着いているってこと報告してきますんで……」
「行ってらっしゃい」
「……お前なぁ……。はぁ、ま、何でもなければいいけどさ……。では失礼します、団長」
ティルはそう言うと食堂に向かう。
「本当にお前ってやつは……つくづく初めて見るタイプだな」
そんな感心よりも、ギュールスは道具の説明をしたくて仕方がない様子。
「で、団長には、特に恩を感じて、そのお返しと言う意味でも、他のシルフ達とは違いを見せる意味で……」
「……何と……。ティアラ、か? 」
そう呼ぶにはやや小さめである。
「……を意識しました。髪飾り、あるいは、手で曲げ伸ばしが出来て、吸着の魔法が書けてますので鎧の前にも後ろにも好きなところに付けられますし、兜にも付けられます」
「……ただの飾り、でいいのかな?」
「いえ、一応万能の防御の術がかかるようにはしときました。特に火炎と氷結、雷撃、麻痺に毒、状態変化の防御ならこれ一つで守ることが出来ます」
皇族の紋章の力は魔力の判定も出来るようで、その効果についてはギュールスからの説明だけで十分と判断した。
「他には視界不良だったりする悪環境の状態でも問題がないようにはしてますが」
装備する者への影響ばかりではなく、環境を整える力も有しているようである。
「よく見るとデザインは……白薔薇っぽいな」
「無許可でそんなデザインにしたら叱られるかと思って、ちょっとアレンジしてます。鎧に付けてもあまり目立たないようにしてますから問題ないかなーと」
「……紋様があまり目立たない兜に取り付けるとしよう。貴重なプレゼント、大切にするよ。ありがとう、ギュールス」
その言葉にはにかむような表情を見せるギュールス。
「えーと……」
「どうした?」
「そんなこと言われたことないので、どう返事をしていいか分かりません……」
「その顔を見せるだけで十分だよ、ギュールス」
しかし、本人は自覚がないのかどう表現していいか分からない初めての心境なのか、横を向いたり下を向いたりしてなかなかロワーナの方を向かない。
ロワーナにいたずら心が芽生えた。
身を乗り出して両手を伸ばし、ギュールスの頬を挟む。
無理やり自分の方に向かせると、ギュールスは見る見るうちに顔が紫色になる。
「……それは照れているのだな、ギュールス」
「はい?」
「青と赤の色が混ざると紫色になるんだ」
「……はい……」
「つまり、顔が赤くなってるということだな」
「か、勘弁してください……」
抵抗できずに焦りながらも表情が崩れているギュールス。
それを見て思わず微笑むロワーナ。
ほんのわずかな時間だが、ロワーナの心は暖かな思いに包まれる感じがした。
これから昼食の時間となるロワーナから相伴の誘いがきたが、食事の雰囲気を壊すかもしれないことを恐れたギュールスは丁重に断った。
ティルからの報告を思い出し憤慨するロワーナだが、ギュールスから諫められ宥められてしまう。
「同じ種族との縁の方が長いに決まってるんですから、そっちをどう導いていくか腐心するほうが大事でしょう」
朝食前のミーティングでの話に似たようなことを言われ、素直に取り下げるロワーナ。
これではどちらが立場が上か分からないではないか。
思わず苦笑いがこぼれる。
「えっと、何か変なこと言いました?」
「いや、何でもない。じゃあこの道具はみんなに渡しておこう。まだ食堂に残っていればいいが」
「じゃあ俺もいろいろと雑用してますので。失礼します」
ギュールスが部屋を出るのを見届けて、改めてティアラを手にする。
「そう言えば贈り物をもらうなんて、いつ以来だろうな……」
何も知らない子供の頃は、誕生日の時は必ずもらっていた。
今では遠い昔の話。
何の記念日でもないが、突然の贈り物も悪くはない。
浮かれ気分になることではないが、それでも気持ちを引き締めないとすぐに顔が緩みそうになる。
だが頼まれたことも仕事の一つ。
そう言い聞かせ、預かった道具の数々を手にして食堂に向かった。
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