皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
近衛兵のシルフ達 任務完遂 そして再度待機まで
「うむ、報告ご苦労。第六部隊はこの後は……」
「はい、巡回を続行。半月後に帰還する予定です。出撃要請に応じていただいてありがとうございました」
「……だが、今回に限らず、共同戦線を組むときは絶対に足並みを崩すな。援軍に来てくれた部隊に失礼にあたるし、まずは目的を達成させることを第一とする。主義主張や好みの問題は、自分達だけで問題なく対処できるようになってから述べるべきだ」
ロワーナの所に報告に来たヨーナは、悔しそうに唇を噛んだ。
第一部隊の力は自分達よりも上回っているのは確かだし、それを認めている。
そしてそれを目標としてはいるが、種族は自分達より下賤な、しかも性別も違う者の力が自分達よりも上であるかのように、まざまざと見せつけられた気分。
口先ばかりで実力は劣っているのは仕方がないにしても、魔物を仕留めるための計画や手順までも『混族』から貶されているような気がした。
『混族』さえいなければ、という嫉妬の思いはヨーナをはじめ、第六部隊のメンバーの心の中には存在しない。
あるのは、『混族』が存在することがあり得ないという思い。
近衛兵としてではなく、この世に、である。
しかし、思いのすべてを打ち明けることは出来なくなった。
ロワーナがその思いを先回りして忠告してきたのだ。
団長の立場からすれば当然である。
到着してからずっと不快な思いを本人や所属している部隊にぶつけてきたのだから。
そして討伐では主力として活躍したも同然だったからだ。
ヨーナは何も言えず、ただ頷いて仲間の元に戻るしか出来なかった。
「内憂外患、だな。……プライドばかり高いのはどうしたものか。高いのは志だけで十分だというのに……。さて……」
ロワーナは援軍の三部隊の元に近づく。
そこでは第一部隊が何やら騒いでいる。
「……だから、ギュールスが既に毒味済みなんだってば」
「別に食料に困ってるわけではないだろう」
「食材は何なのかってことも知らせないとダメでしょうし」
こちらはこちらで別の意味で深刻にならなければなるまい。
魔族とこちらの力に差がありすぎれば、自ずと心にも余裕は生まれる。
作戦行動前にはそんな余裕はなかったのは、相手の能力などが一切不明だったからだ。
彼女らの議論の中心がまさか、倒した魔族の死体が食用にできるかどうかで白熱しているなど、市井の者達には想像も出来まい。
「お前達……。健康に被害があるかどうかは、すべて即時反応が出るとは限らんだろう。そんなことは分析斑に任せればいいんだ。我々が駐留本部を不在にしている間も援軍要請が出ているかもしれんのだぞ」
それを聞いた第一部隊はすぐに飛竜に乗り込んだ。
本部で待機の任務は、用件がない時間帯は常に待機していなければならないのだ。
「全員帰還したら、普段通りに待機していること。……それからギュールス。お前はすぐに団長室に来い。話がある」
そんなくだらない議論を交わす第一部隊を、ひいた目で遠巻きに見る第二、第三部隊の面々。
そんな彼女達から少し離れて冷めた目で見るギュールス。
その彼にだけ、手短にその後のことを伝え、急かしながら飛竜に乗り、全部隊が帰途についた。
飛び立つ飛竜の部隊を少し離れた所から敬礼して見送る第四部隊。
神妙な顔でライザラールへ飛び去るのを見届けると、口々に不満を言い始めた。
「あの青いの、なんなのよ! いきなりあんな変なことを!」
「こっちだってその気になれば倒せた魔族よ? 何よ、勝手にしゃしゃり出てきて!」
「先に魔族を倒した方が応援に回るって言ってたけど、よりにもよってあいつが!」
「……終わってしまったことをいつまでも思い返しても、起きてしまった事実は変わらないわ。まずは私達の実績も積み重ねなければ、団長は私達の主張を取り上げてくれないわ」
「ちょっと! それでいいわけ?」
「よしな、マーナム。一番辛くて、一番堪えてるのはヨーナよ」
「……有り得ないことを取り消してもらうだけでもしてもらわないと、私達が落ち着かない。けど私達の目の前にある課題は、まずは任務続行。さ、続けるわよ。魔族の暴動を未然に防ぐことが出来るのは、近衛兵師団の巡回組だけなんだから」
ヨーナがその不満を締めて、本来の任務を再開する。
しかし不満をその場で収めるつもりは、彼女には全くなかった。
…… …… ……
本部に帰還した三部隊はそれぞれ自室に向かう。
ギュールスは伝えられた指示通り団長室に出向き、席に座るロワーナと向き合っていた。
「今回の功績も見事だった。だが雑音が気になっただろう」
「……気にはしません。気にならない方法もあります」
「ほう。それは心強いな。どんな方法だ?」
ギュールスの返事に一瞬驚くが、頼もしそうに彼を見る。
しかしその答えを聞いた直後、ロワーナは険しい顔になる。
「はい、それは……自分は今回、出撃しなかったことにすればいいだけのことです」
沈黙の時間が流れる。
そしてようやく声を出したのはロワーナ。
「今の答えには、少々怒りを感じるのだ。だがそれは、私の解釈が間違っている可能性もある。詳しく話を聞かせてもらえないか?」
「そのままですよ。私は出撃せず、団長の指示通り待機していた。それだけです。現場で何があったかは私は知りません。魔物二体が現れた話は聞きました。私はどんな魔物が現れたのかまでは知りません。討伐したのは巡回と出撃した部隊の力によるもの。そして待機していると、皆さんが意気揚々と帰還して、その様子を本部で見ていた。それだけのこと」
「……何かと状況が似ていると思わないか?」
ロワーナは感情を押しとどめてギュールスに問いかける。
ギュールスは無表情、無感情のまま首をかしげる。
「傭兵時代、お前は功労を横取りされたことが多々あった。調査の報告でそう受けている。功労を横取りする傭兵と同格に我々を見るつもりか?」
「横取りも何も、私は出撃してませんでしたから、その話を私にされても困ります」
第四部隊からの抗議を間違いなく真に受け止めている。
それは第四部隊もギュールスも、ロワーナが持つ、組織としての理想の姿からかけ離れていた。
かけ離れているだけならまだ堪えることが出来る。
だが穿った見方をするならば、各部隊の実力や組織力、自らが持つ統率力をギュールスから見下されているとも受け止められるのだ。
「お……お前は……」
ロワーナの両手が固く握りしめられ、かすかに震えている。
しかしギュールスは淡々と話し続ける。
「……だから言ったじゃないですか。そして団長が勝手にそれを却下した。誰も責めはしませんよ。俺を『捨て石』みたいに扱っても、俺は特別な感情を持つことはありません。あ、いや、一つあります。うれしいという気持ちと有難いという気持ち」
「何?」
ゆっくりと自分の腕を持ち上げ、その手を見つめる。
「この力を、受け入れてくれるか嫌うか。それだけでも傭兵時代と今とでは全然違います。傭兵時代は『捨て石』でなければ生きていけなかった。それに対して不平不満はありませんよ。仕方がないことです。ですが今は、喜んで『捨て石』になれると」
「冗談ではない!」
その握り拳に力を込めて、机の上に叩きつけた。
大きな音が立った瞬間、机の上にある物がすべて、わずかに宙に浮かんだ。
「仲間を『捨て石』になぞ誰が出来るか! お前も自ら、その身を堕とすな! 我々は」
「どの我々でしょう?」
ギュールスからの不意な質問は、ロワーナに言葉を詰まらせた。
近衛兵師団はギュールスに対する思いを一にしていないのは、彼が身をもって知ってしまった。
彼のことを世話して面倒を見ているつもりが、粉骨砕身で一方的に尽くされっぱなしになっているだけではないか。
功績もいらない。実績もいらない。報酬もいらない。
そして、ロワーナとの約束は守ると言う。
ロワーナの心の中と頭の中がいろんな感情と思考が駆け巡る。
そして思わず口にした言葉。
「お前は……私を軽蔑しているか?」
「……どこからそんな発想が? 軽蔑すべきは俺の種族。そして仲良くしてくれる者が増えても、種族が変わるわけではない。それを思い知って、その現実を噛みしめているだけですが?」
口にした瞬間、自分の感情を疑うロワーナ。
いったい彼に何を求めているのかと。
しかしギュールスはその質問を言葉の通りに受け止め、言葉を返す。
思わずロワーナはギュールスの目を見つめる。
彼の目には何の曇りもなく、その言葉には裏がないことを証明していた。
それはいつも隠している膝についている紋章の力によるもの。
ロワーナは深いため息をつく。
完全な独り相撲をとっていた。
そのことをようやく自覚すると同時に、うれしくも悲しく、有難くも寂しい気持ちがロワーナの旨に訪れる。
「……これからも、任務に励んでもらえるか?」
「団長の下にいる限り」
直立不動の即答。
ギュールスへのロワーナの用件はそれで終わった。
しかしこの時点において、ささやかな爆弾が、ロワーナにもギュールスにも気付かれないまま一つ、生まれていた。
「はい、巡回を続行。半月後に帰還する予定です。出撃要請に応じていただいてありがとうございました」
「……だが、今回に限らず、共同戦線を組むときは絶対に足並みを崩すな。援軍に来てくれた部隊に失礼にあたるし、まずは目的を達成させることを第一とする。主義主張や好みの問題は、自分達だけで問題なく対処できるようになってから述べるべきだ」
ロワーナの所に報告に来たヨーナは、悔しそうに唇を噛んだ。
第一部隊の力は自分達よりも上回っているのは確かだし、それを認めている。
そしてそれを目標としてはいるが、種族は自分達より下賤な、しかも性別も違う者の力が自分達よりも上であるかのように、まざまざと見せつけられた気分。
口先ばかりで実力は劣っているのは仕方がないにしても、魔物を仕留めるための計画や手順までも『混族』から貶されているような気がした。
『混族』さえいなければ、という嫉妬の思いはヨーナをはじめ、第六部隊のメンバーの心の中には存在しない。
あるのは、『混族』が存在することがあり得ないという思い。
近衛兵としてではなく、この世に、である。
しかし、思いのすべてを打ち明けることは出来なくなった。
ロワーナがその思いを先回りして忠告してきたのだ。
団長の立場からすれば当然である。
到着してからずっと不快な思いを本人や所属している部隊にぶつけてきたのだから。
そして討伐では主力として活躍したも同然だったからだ。
ヨーナは何も言えず、ただ頷いて仲間の元に戻るしか出来なかった。
「内憂外患、だな。……プライドばかり高いのはどうしたものか。高いのは志だけで十分だというのに……。さて……」
ロワーナは援軍の三部隊の元に近づく。
そこでは第一部隊が何やら騒いでいる。
「……だから、ギュールスが既に毒味済みなんだってば」
「別に食料に困ってるわけではないだろう」
「食材は何なのかってことも知らせないとダメでしょうし」
こちらはこちらで別の意味で深刻にならなければなるまい。
魔族とこちらの力に差がありすぎれば、自ずと心にも余裕は生まれる。
作戦行動前にはそんな余裕はなかったのは、相手の能力などが一切不明だったからだ。
彼女らの議論の中心がまさか、倒した魔族の死体が食用にできるかどうかで白熱しているなど、市井の者達には想像も出来まい。
「お前達……。健康に被害があるかどうかは、すべて即時反応が出るとは限らんだろう。そんなことは分析斑に任せればいいんだ。我々が駐留本部を不在にしている間も援軍要請が出ているかもしれんのだぞ」
それを聞いた第一部隊はすぐに飛竜に乗り込んだ。
本部で待機の任務は、用件がない時間帯は常に待機していなければならないのだ。
「全員帰還したら、普段通りに待機していること。……それからギュールス。お前はすぐに団長室に来い。話がある」
そんなくだらない議論を交わす第一部隊を、ひいた目で遠巻きに見る第二、第三部隊の面々。
そんな彼女達から少し離れて冷めた目で見るギュールス。
その彼にだけ、手短にその後のことを伝え、急かしながら飛竜に乗り、全部隊が帰途についた。
飛び立つ飛竜の部隊を少し離れた所から敬礼して見送る第四部隊。
神妙な顔でライザラールへ飛び去るのを見届けると、口々に不満を言い始めた。
「あの青いの、なんなのよ! いきなりあんな変なことを!」
「こっちだってその気になれば倒せた魔族よ? 何よ、勝手にしゃしゃり出てきて!」
「先に魔族を倒した方が応援に回るって言ってたけど、よりにもよってあいつが!」
「……終わってしまったことをいつまでも思い返しても、起きてしまった事実は変わらないわ。まずは私達の実績も積み重ねなければ、団長は私達の主張を取り上げてくれないわ」
「ちょっと! それでいいわけ?」
「よしな、マーナム。一番辛くて、一番堪えてるのはヨーナよ」
「……有り得ないことを取り消してもらうだけでもしてもらわないと、私達が落ち着かない。けど私達の目の前にある課題は、まずは任務続行。さ、続けるわよ。魔族の暴動を未然に防ぐことが出来るのは、近衛兵師団の巡回組だけなんだから」
ヨーナがその不満を締めて、本来の任務を再開する。
しかし不満をその場で収めるつもりは、彼女には全くなかった。
…… …… ……
本部に帰還した三部隊はそれぞれ自室に向かう。
ギュールスは伝えられた指示通り団長室に出向き、席に座るロワーナと向き合っていた。
「今回の功績も見事だった。だが雑音が気になっただろう」
「……気にはしません。気にならない方法もあります」
「ほう。それは心強いな。どんな方法だ?」
ギュールスの返事に一瞬驚くが、頼もしそうに彼を見る。
しかしその答えを聞いた直後、ロワーナは険しい顔になる。
「はい、それは……自分は今回、出撃しなかったことにすればいいだけのことです」
沈黙の時間が流れる。
そしてようやく声を出したのはロワーナ。
「今の答えには、少々怒りを感じるのだ。だがそれは、私の解釈が間違っている可能性もある。詳しく話を聞かせてもらえないか?」
「そのままですよ。私は出撃せず、団長の指示通り待機していた。それだけです。現場で何があったかは私は知りません。魔物二体が現れた話は聞きました。私はどんな魔物が現れたのかまでは知りません。討伐したのは巡回と出撃した部隊の力によるもの。そして待機していると、皆さんが意気揚々と帰還して、その様子を本部で見ていた。それだけのこと」
「……何かと状況が似ていると思わないか?」
ロワーナは感情を押しとどめてギュールスに問いかける。
ギュールスは無表情、無感情のまま首をかしげる。
「傭兵時代、お前は功労を横取りされたことが多々あった。調査の報告でそう受けている。功労を横取りする傭兵と同格に我々を見るつもりか?」
「横取りも何も、私は出撃してませんでしたから、その話を私にされても困ります」
第四部隊からの抗議を間違いなく真に受け止めている。
それは第四部隊もギュールスも、ロワーナが持つ、組織としての理想の姿からかけ離れていた。
かけ離れているだけならまだ堪えることが出来る。
だが穿った見方をするならば、各部隊の実力や組織力、自らが持つ統率力をギュールスから見下されているとも受け止められるのだ。
「お……お前は……」
ロワーナの両手が固く握りしめられ、かすかに震えている。
しかしギュールスは淡々と話し続ける。
「……だから言ったじゃないですか。そして団長が勝手にそれを却下した。誰も責めはしませんよ。俺を『捨て石』みたいに扱っても、俺は特別な感情を持つことはありません。あ、いや、一つあります。うれしいという気持ちと有難いという気持ち」
「何?」
ゆっくりと自分の腕を持ち上げ、その手を見つめる。
「この力を、受け入れてくれるか嫌うか。それだけでも傭兵時代と今とでは全然違います。傭兵時代は『捨て石』でなければ生きていけなかった。それに対して不平不満はありませんよ。仕方がないことです。ですが今は、喜んで『捨て石』になれると」
「冗談ではない!」
その握り拳に力を込めて、机の上に叩きつけた。
大きな音が立った瞬間、机の上にある物がすべて、わずかに宙に浮かんだ。
「仲間を『捨て石』になぞ誰が出来るか! お前も自ら、その身を堕とすな! 我々は」
「どの我々でしょう?」
ギュールスからの不意な質問は、ロワーナに言葉を詰まらせた。
近衛兵師団はギュールスに対する思いを一にしていないのは、彼が身をもって知ってしまった。
彼のことを世話して面倒を見ているつもりが、粉骨砕身で一方的に尽くされっぱなしになっているだけではないか。
功績もいらない。実績もいらない。報酬もいらない。
そして、ロワーナとの約束は守ると言う。
ロワーナの心の中と頭の中がいろんな感情と思考が駆け巡る。
そして思わず口にした言葉。
「お前は……私を軽蔑しているか?」
「……どこからそんな発想が? 軽蔑すべきは俺の種族。そして仲良くしてくれる者が増えても、種族が変わるわけではない。それを思い知って、その現実を噛みしめているだけですが?」
口にした瞬間、自分の感情を疑うロワーナ。
いったい彼に何を求めているのかと。
しかしギュールスはその質問を言葉の通りに受け止め、言葉を返す。
思わずロワーナはギュールスの目を見つめる。
彼の目には何の曇りもなく、その言葉には裏がないことを証明していた。
それはいつも隠している膝についている紋章の力によるもの。
ロワーナは深いため息をつく。
完全な独り相撲をとっていた。
そのことをようやく自覚すると同時に、うれしくも悲しく、有難くも寂しい気持ちがロワーナの旨に訪れる。
「……これからも、任務に励んでもらえるか?」
「団長の下にいる限り」
直立不動の即答。
ギュールスへのロワーナの用件はそれで終わった。
しかしこの時点において、ささやかな爆弾が、ロワーナにもギュールスにも気付かれないまま一つ、生まれていた。
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