皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

所変われど、本人は変わらず その2


 店内では第一部隊全員がレストランのスタッフの案内を受け、食事会の会場となるテーブルの席についた。

「さて……っと、ギュールスはどうした? 迷子か?」

「我々は九人で予約をしたんだが、一緒に来たはずの一人がいない。済まないが探してきてくれないか?」

「かしこまりました。皆さんと同じようなお姿の方ですか?」

 ロワーナが連絡を取った相手ではないスタッフは、その一人のことを聞く。
 連絡が行き届いてないことを不思議に思いながらも、ロワーナはそのスタッフに特徴を伝える。

「あぁ。あ、いや。彼は鎧をむき出しにした格好で」

「男性でしたか。失礼しました。てっきり女性かと」

「いや、それはいいんだが、全身が青い。それだけですぐ分かるはずだが」

 そのスタッフはそれを聞いてやや身じろいだ。

「……かしこまりました。探してまいります」

 そそくさとそのテーブルからスタッフは立ち去る。
 入れ違いに支配人がテーブルにやって来て、第一部隊全員に挨拶をした。

「いつもご利用いただき、ありがとうございます。ロワーナで……失礼しました。団長殿にはいつもお世話になっておりまして」

 肩書が多いロワーナは、利用時に名乗る際には立場を弁える。
 相手もそのことを知ってはいるが、時折間違えられることもある。

「うむ。ところでもう一人はどこかで迷ってるらしい。今店の者に頼んだのだが」

「いえ、存じ上げません。ご予約では九名とおっしゃってましたが、八名様のご入店でらっしゃいました」

「待て。馬車には九人乗ってきた。降りたのも九人だ。なのに八人しか来てないとはどういうことだ?」

「私には……」

 支配人の態度に、ロワーナの表情が怒りに満ちる。
 勢いよく立ち上がるが、冷静に努める。

「もう一度言う。私と私の仲間八人がこの店の前で馬車から降りた。私が先頭でここに入る。一人ずつ迎え入れたはずだ。もう一度繰り返すぞ? 私と、私の仲間、全員で九人だ。最後の一人は、どうした?」

「私には存じ上げません」

 それでも支配人の態度には変化がない。
 それを見てロワーナは怒りの表情も鎮める。

「……今日は、魔族との戦の祝勝会にきたのだ。彼なしではこの勝利はあり得なかった。特別褒賞まで出るほどの活躍ぶりだった。その褒賞を自分に使えばいい物を、我々との懇親の目的で食事会を開きたいと言ってきた。ここの支払いは」

「私共がお持ちいたします。心行くまでごゆっくり」

「貴様のもてなしが、我々に何をもたらすと言うのだ! 魔族との戦で前線に立つはずの者が、自らの役割を放棄して放蕩三昧とでも貶めるつもりか! 我々の大切な、大事な仲間が、そんな責任を持つ必要もないのにわざわざ執り成そうと配慮してくれたのだ! 何の関係もない貴様が台無しにする権利は」

「失礼ながら申し上げます」

「何だ! 申してみよ!」

「……私が見かけたのは『混族』の男であって、ロワーナ団長の仲間とは間違いなく無縁の」

「……大切な仲間とはその彼のことだ! あいつはどこに行った! いや、どこに行かせた!」

「……無縁の者と思ってましたので、どこに行ったかまでは存じ上げませんが……恐れながら申し上げます。彼は『混族』ですよ? 団長の仲間になるなど有り得ません」

「もういい。みんな」

 荒げる表情も言葉もロワーナから消え去った。
 楽しい団欒の場になるものと期待していたロワーナの失望感がそこに現れていた。
 そしてロワーナが次の言葉を言い切る前に、全員が真剣な表情で一斉に立ち上がる。
 華麗な装いを身に付けていることは全員がすっかり忘れている。
 全速力でロワーナと共にその場から駆け出し、建物の外へと飛び出した。

 何も言葉を交わさずに全員のやることが一致するというのは、相当チームワークが取れているからだろうか、常に高水準の鍛錬をし続けた成果だろうか。

 夜の街を手分けしてギュールスを探す第一部隊。
 誰もが目を惹く容姿と服装。
 しかし周りの視線は一切構わず、ギュールスを見つけるために神経を集中させる。
 ただでさえ彼の体の色が見えづらい夜の時間帯。見落としは時間のロスになる。

 本部から乗ってきた馬車はこの町の物ではなく、本部所属の物。
 御者もギュールスの姿を見たが、てっきりロワーナからの指示が出たものと誤解していた。
 だがそのおかげで、その行く道が枝分かれするまでの足取りは掴めた。
 馬車をそのまま待機させる。
 ギュールスを見つけたら落ち合う場所とするためだ。

「まったくあいつは! 店にはともかく、なぜ我々に遠慮するんだ!」

「もうあの店は信頼できませんね。……彼から我々が、仲間として信頼されてないというのも判明したかもしれませんが」

 店とギュールスに愚痴をこぼしながらも、彼本人を見つけられなくても何か手掛かりになる物を探そうと必死の第一部隊。
 勘と能率を頼りに、手分けして探す範囲を広げる。
 その範囲は繁華街の区域を越え、そこから外れた商店街や冒険者の宿の密集区域にも及んだ。

「団長! 前を歩く男達の持っている物!」

「あぁ、間違いない! そこの男、待て!」

 その男達一団は振り向いた。
 彼らにとっては、どこかの舞踏会にでも出るような姿をした女性三人が駆け寄ってくるようにしか見えない。

「ほお、女性から声をかけられるなんて滅多にねぇことだぜ?」

「へへ、ここは据え膳食わぬはってとこで」

「何の御用ですか? お嬢さん方」

 息切れ一つもせずその男らを睨みつける。

「その手に持っている物について聞かせてもらいたい」

 彼女らには見覚えがあった。
 それに見間違いはない。
 ギュールスが自分の体に取り込んで、装着しているかのように見せかけた白銀の鎧の一部である。

「これですかぁ? あぁ、お嬢さん方には似合わないかもしれませんが、この輝きは釣り合うかもしれませんねぇ」

「能書きはいい! その持ち主はどこに行った? 素直に質問に答えるのなら近衛兵師団第一部隊に対する無礼は水に流す!」

「いやいや、これは俺らの物ですよ。あぁ、もし望まれるのなら」

「質問を変えよう。元の持ち主はどこに行った?」

「どこも何も、これは元々俺たぐはっ!」

「正式な処罰までは下さん。そんな暇はないからな! その代わりこれ以上侮辱するならその首を斬り落とす! そいつを持っていた……体が青い男はどこに行った!」

 ロワーナは目にも留まらぬ蹴りを男の腹部にめり込ませる。そして鎧の一部で防御にも使える刃物をドレスの下から取り出して、その切っ先を一人の男の首に突き立てる。
 いきなりのことで怒りを露わにする仲間達だが、一緒に探索していたケイナとティルもその刃物をその男の両眼に突きささんばかりに近づける。

「な、何だよおま」

「余計な口を利くな! 青い男はどこに行った! ふざけとおすなら、近衛兵師団第一部隊がその責をもって断罪する!」

 鎧に刻まれた白いバラの模様は、真似をするだけでも処罰の対象になる。
 防具や武器に刻まれた模様は、ただの飾りではない。国軍や部隊それぞれの象徴である。
 僅かな掘り込みも、ほんの少しの光で見分けがつくその模様。見間違いで許されることはあるだろうが、ロワーナ達は自分の身分をすでに明かしている。その上での、その模様が刻まれている物の質問をしているわけだから、非があるのはむしろ男たちの方である。

「ま、待ってくれ。あ、あんたらの背中の方向に歩いて行ったよ! そ、それしか知らねぇ!」

「お、おい、ウェイラー!」

 ウェイラーと呼ばれた、首と目に刃物の鋭い先を突き付けられた男はロワーナ達の聞きたい情報を口にする。

「その手にしている物を地面に置いてもらおうか。ためらうな! 我々は一刻も争う捜索をしている! できなければその両腕を斬り落とすまでだ!」

 荒々しい口調に物騒な行為を押し付けられた男たちは言われるがまま。

「そのまま下がれ。……無礼については、すべての物を地面に素直に置いたことに免じて水に流す。立ち去れ!」

 ロワーナの怒声にすっかりひるんだ男達。
 その場から慌てて走り去った。

 地面の上に置かれた物は、ギュールスが身に付けていた防具のすべてのパーツ。
 ティルが拾い、ロワーナからの指示でそのまま馬車に待機させる。
 そしてケイナと共に、男たちが指した方向へ走り出した。

 次第に街の明かりから遠ざかる。
 闇夜に紛れやすい彼の体の色は、その辺りではほとんど目立たない。
 夜行性の虫の鳴き声が静かに響き渡る場所。
 詳しい地形は分からないが、建物が密集している区域からも離れたことはその鳴き声で知ることが出来た。

「……そうか。うん、なるほどな」

「何がなるほどなんですか? 団長」

「いや、めぼしい場所かもしれんとな。ケイナ、先に馬車に戻っていてくれ。誰かと会ったら合流して馬車で待機」

 ケイナはロワーナの指示通りレストラン前の馬車に急いだ。

「ふむ……。ま、特別な力を持つ者は、青の一族ばかりではないぞ?」

 そう呟くと、ロワーナはゆっくりと歩き始める。
 まるでギュールスがすぐそばにいるかのように。

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