皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

会議の後、式、そして戦地へ


 重要な話は粗方終わり、朝食の時間となる。
 団長室での集会は、解散間際に士気が急激に上がるもそのきっかけはギュールスに向けられた感情が複雑に入り乱れたため。

 それは仲間である第一部隊のメンバーも同じ。
 第二、第三部隊が退室したあと、七人がギュールスに近寄る。

「……相手がでくの坊だったら、私たち七人だけでも問題ないのよね」

「私達の後に来る部隊もいるけど、今も奮闘している仲間たちの後詰でもあるのよ? 仲間達、同志達はそれだけ苦戦してるの」

「傭兵達の戦闘は、敵の数は多くて五十。しかも即時撤退が許される。我々は目的達成することと帰還すること。どちらも成功させなきゃいけない」

 口々にギュールスを責める第一部隊。
 しかしギュールスは、二枚の地図からようやく視線を外し、そんな彼女達に笑顔を見せる。

「笑ってる場合じゃないわよ? 作戦本部から通達される指令は、それでも我々に成功を望んで通達されるの。成功できるかどうかのギリギリの可能性の計画でね」

「みんな、俺の事……」

「心配するに決まってるだろう。だがあんな大口を叩いて、誰もお前をかばう余裕はないぞ?」

「俺の事……体が青いから、それだけを理由にして捨て石扱いせずに、気にかけてくれるから……ちょっとうれしくて」

 ギュールスの論点がずれている。

「い、今はそういうことを言ってる場合じゃ……」

「そういうこと、言われ続けてましたから。何度かこん……。『混族』の能力を見られたこともあります。その後のことは、そりゃもう……。でもそれを受け入れてくれる方もいます」

 ギュールスはそう言うと、ちらりとロワーナの方を見る。
 ロワーナは腕組みをして目を閉じているが、かすかに首を縦に動かす。

「この鎧姿、遠目だと違和感ないですが、この近い距離ではどうです? 体にめり込んでるんですよ? 普通なら不気味でしょう? なのにそのことはまったく気にする人がいない。受け入れてくれるって、こんなにうれしいことなんて知らなかった」

 全員が、どう反応していいか困っている。

「……受け入れてくれた経験も初めてだから……俺はそれでもこの力は嫌いだ。母親を殺したも同然の父親の象徴だから。けど、俺は……そんな全員を守れたらって」

「お前の実力はまだ見ていない。だがはっきり言えば傭兵から成りあがった程度の力しか持ってない。そうとしか見えない。指導がまだまだ必要なお前があのような口を利くのはおこがましいにもほどがある」

 エノーラの叱責の後、しばらく部屋の中は静かになる。
 そしてギュールスからの謝る言葉が出る。

「すいません」

「すいませんじゃすまないだろう! この……」

「言葉、間違えました。皆の事、守ります、じゃなくて、守れます、と言うべきでした」

「……馬鹿に付ける薬はない。お前の無事を祈ることしかもう出来ん。我々には我々のやり方があるのだからな」

「はいっ! 祈ってくれてありがとうございます! こっちも頑張ります!」

 全員が脱力。
 無事を祈る。
 ギュールスにはそう言われた経験もないが、彼女らはそれを知る由もない。

「ただし、守るために捨て石になると言う行為は厳禁。全員成果を上げて帰還するように」

 団長からのそんな言葉が出てしまっては、誰ももう何も言えない。

「……みんな、食事に行くぞ」

 エノーラの声で全員が団長室から退室した。

「お前はどうする? あとにするか?」

「もう少しこの地図見ててもいいですか? この林は通りがかったことは何度かありますが、詳しくは分かりませんので」

 単独行動を許された以上、すべて自分の責任の下で行動を起こさなければならない。
 そのためには自分なりの情報収集が必要になる。
 ここで得られる情報はこの地図からのみ。

「あぁ。一時間半後に出撃式。長くはないが、エリアード殿下が高覧されるからな。式の後はそのまま戦地に向かう。持っていくものはすべて用意して式に出るぞ」

 ギュールスは彼女に頷き、再び地図に目を向ける。
 それを見てロワーナも食堂に向かった。

 …… …… ……

 団長室で殺伐とした雰囲気の中で終わった会議も、朝食時はいつもと変わらない。
 とは言っても出現前であるから和やかというわけにはいかない。
 全員食事は淡々と進み、特に何事も起きずに終わる。
 ロワーナが団長室に戻ると、ギュールスは相変わらず地図を睨んでいるが、両手には何かを握りしめている。
 よく見ると、テーブルの上にも何やらアイテムが置かれている。

「……何を考え込んでいるのか分からんが、傭兵時代もそうだったのか? 傭兵でも事前に作戦会議は行われたんだろう?」

 ロワーナ学長を変えて質問したのが効いたのか、ようやく地図から目を離す。

「そう、ですね。でも今回は自由に動けそうなので思うよりもいい結果が出そうです」

「そうか。楽しみだがそろそろ時間だ。忘れ物はないか?」

 いつの間にか自室に戻り荷物を準備してまた団長室に来たらしいギュールスは、既に出撃の準備も整えられていた。
 手に持っている物やテーブルの上に置かれた物は自室から持ってきた、戦地に持っていくアイテムの数々。
 それらを、種類と数を確認しながら袋に入れ、しっかりと握りしめる。

「講堂へはまだ案内されてないんじゃないか? みんなそれぞれ向かうはずだ。一緒に行こうか」

 ギュールスはその言葉に従うが、頭の中は魔族討伐の作戦の事ばかり。
 移動中もぶつぶつと独り言が続くその内容が、前を歩くロワーナにも聞こえてくる。
 その独り言が終わったのは、式が始まり、兵団ごとに国軍元帥でもある次期皇帝のエリアードに謁見する直前。

「今回の近衛兵師団による出撃は異例尽くしと聞いているが……。ふむ、確かに見た目だけでもそうと分かる編成だな……。一応資料は手元にあるが、名前を聞こうか」

 エリアードから直に尋ねられたギュールスは、この時点ではまだ考え事をしている。

「おいっ。ギュールス。元帥からの質問だぞ。名乗らんか」

 ロワーナは小声でギュールスにささやき、肘で小突く。
 そこでようやく我に返り言われるがままに答えるが、目の前にいる男が何者か分からなかった。
 先が思いやられると肩を落とす第一部隊の面々。

「ふ。だが外面で編入を決めたわけではない。……今回ばかりではなく今後も、我と共に国のために忠誠を尽くせ」

 左右にいるロワーナと第一部隊のメンバーが取る敬礼の姿勢を盗み見て、格好だけでも全員に揃えるギュールス。
 そのまま、間もなく出撃するための待機所に移動。
 そこには移動手段の移送部隊がずらりと並んでいる。
 移送される部隊が搭乗できる部屋は、竜車が引っ張る客車の二倍ほどの広さ。
 竜車の竜より三倍ほど力を持つ翼竜の胸元に括り付けられている。

 一部隊ごとに一頭に搭乗し、いよいよ戦地に向かう。
 部屋の中にある通信機能を使い、ロワーナは第二、第三部隊とも同時に連絡事項を伝えた。

「ブラウガ高原の南の森林は確認済みだな? その南側、つまり森林の入り口に着陸。そこから森林の半ばほどまで進む。そこで防衛線を張る。最悪な状況を迎えても、そこから後ろへは魔族を通すなということだ」

 第一部隊はロワーナから出る指示に神経を集中させる。
 しかしギュールスは、その部屋の窓から見える空からの景色に、子供の用に目を輝かせる。

「おい、ギュールス。団長の話聞いてたか?」

「え? えーと、質問、いいですか?」

 ティルから注意をされたついでに、その注意を気にせずロワーナに向けて手を上げる。

「なんだ? ギュールス」

「自分は単独行動が許されてますが、改めて許可をいただければと。この道具を高原と南の森林にちょっと仕掛けをしたいのですが。傭兵時代の頃は許可をもらわなくても捨て石扱いでしたから、そういう意味では自由に行動できたんですが……」

「……その仕掛に近衛兵部隊が巻き込まれるようなことがないようにな」

「では着いたらすぐに動きますので」

 そう言うとギュールスは再び窓から外の景色を見る。
 しかし今度は、ただ眺めて楽しむような目つきではなく、団長室で地図を見ていたような表情を浮かべている。

 第一部隊は、これまでのようにギュールスを気にかけるようなことはしなくなった。
 単独行動を起こす者にだけ構っている場合ではない。
 部隊ごとの打ち合わせが始まっている。
 しかしギュールスは、次第に見えてくる森林の方を凝視していた。




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