皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
出撃前夜の晩餐
この日のそれからの第一部隊の面々は落ち着きを取り戻した。
昨夜同様、出撃する近衛兵の全部隊が食堂に会したが、それほどの盛り上がりはない。
それでも和気あいあいとした雰囲気で食事は進む。
しかしギュールスだけは心ここにあらず。
歓迎会ではないので昨夜とは席順も違っていたため特別注目されることはなかったが、第一部隊からは時折気にかけるような視線を向けられる。
しかしギュールスは微動だにしない。
そんな彼を見て、副団長の立場に見られているエノーラが食事の途中で席を立ち、傍に近づく。
「体の具合がおかしいのか?」
ギュールスには、彼女が突然傍に現れたように感じられ、驚いて一瞬ピクリと動く。
しかし彼女に顔も併せないままかぶりを振る。
「明日は重要な一日だ。今日は歓迎会でも食事会でもない。たまたま食事の時間に顔を合わせただけだ。明日の体調を良好にすることを優先するように」
強制と思っていたギュールスは驚いてエノーラを見る。
かすかにエノーラは頷く。
一瞬どうするかギュールスは迷うが、確認するように上座にいるロワーナの方を見る。
「明日の起床時間、そして出撃の式に出る前に一度私の部屋に全員揃うこと。その時間は守れよ?」
彼女からの言葉は、事実上の自由行動を意味する。
ゆっくりと席を立ち、食堂から退室するギュールス。
心配そうに彼の後姿を見守るメンバーたち。
ロワーナも彼を席に座ったままギュールスの後姿を見送る。
彼女にはその自覚はなかったが、その目には憐れみと慈しみの思いが込められていた。
…… …… ……
第一部隊の全員は、ギュールスが立ち去った後も食事を続けるが、何となく不安な思いが顔に現れている。
「む、食事中だが、ちょっと重要な用事を思い出した。不躾で済まんがすぐ戻る」
慌てる様に食堂を出るロワーナ。
その用事とは何のことか全員は見当もつかないが、滅多にないロワーナの行動も、明日の出撃に響きそうな予感がそれぞれによぎる。
それからしばらくしてロワーナは戻ってくる。
「……なんだ皆。久しぶりの出番で心配か? まぁここ数日ギュールスに振り回されてたからあまり訓練してない分不安ということも分からなくはないが……」
「不安なのは我々ではなく彼の方です。連携が取りづらいだろうから現場では自己判断に任せるとは言っても、仲間入りした以上気がかりになるのは確かです。昨夜もそうですが今だって何の食事も摂っていません」
席が近いエノーラが進言する。
皆の意見はどうか、とロワーナが全員を見回すと、全員が頷いている。
「うん、彼の……」
「失礼しますっ! 戻ってきましたっ!」
ロワーナの発言を止めるタイミングで入ってきたのはギュールス。
全員が驚いてギュールスの顔を見る。
戻ってくるとは誰も思わない。
ましてやそんな力強い声を出せたのかと、その驚きのあまり誰もギュールスの姿から目を離せないでいる。
ギュールスはそのまま、中に進み、自分が座っていた席に再び座る。
「あ、あぁ……一体、何が……」
「何もありません!」
隣に座っていたティルの問いにも、やはり力強く即答。
とは言え、その返事は答えを拒否するもの。
何もないわけないだろうと聞き返そうとするが、思いの外その表情は明るい。
第一部隊のメンバーはそれぞれ互いに顔を見合わす。
「だ……団長……」
「……別に、構わないんじゃないかな?」
狼狽えながらロワーナに尋ねる声に、そのロワーナも明るい表情で食事を進めながら受け流す。
「それより、自分のすべきこと、やるべきことをしっかりと弁え、取り組むこと。周りがどうあろうとも気にせず自分の役割を全うすること。そうやってみんな、今まで生き抜いて来たんだろう? 今回も同じたよ」
ロワーナの言う通りである。
彼女達はこれまで魔族との戦いの何度も赴いた。
無双ぶりをいつも発揮してきたわけではない。
時には全滅の危機に遭遇したこともあった。
栄えある近衛兵師団第一部隊だが、戦場ではみな、目的遂行に必死だった。
無様な姿を戦場で晒すこともあったが、戦死者ゼロのまま、こうして無事に全員生き抜いて来た。
言われてみればその通り。ギュールスの様子は気になるものの今はそれどころではない。
その注目の対象であるギュールスは、やはり食事には手を付けない。
その代わり、団長をはじめとするメンバー一人一人の顔を、皆にそれを見られないようにしながら目に焼き付けていた。
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