皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
会食での接触 そして締め
第一部隊のメンバーに囲まれているギュールス。
傭兵時代のことが思い出される。
スプーンを手にし、スープを掬い、口に入れようとしたときに誰かが後頭部を鷲掴みにして皿目掛けて押しつけられた。
皿を持ち上げてからスプーンで掬おうとすると、皿を持つ手を掴まれて、皿を顔面に押し付けられた。
白昼夢とでも言うのだろうか。
一度や二度という、そんな数えられるものではないほどの体験がよみがえる。
「ほら、一口食べてみなよ」
さらに野菜スープの皿を誰かがギュールスの体に近づける様に勢いよく寄せる。
「あっ」
「ちょっと! ギュールスのシャツにスープかかったじゃな……あ……」
スープがかかったシャツの部分は、ただ濡れただけ。
スープのシミの色は、全体的に汚れて落ちることのなさそうな黄ばみの色とほぼ同じ。
周りの仲間達は皆すまなそうな顔をするが、ただ一人、ギュールスだけは逆に笑顔になる。
「は、はは。汚れ、目立たない色で良かったです。かかってないって言っても嘘に聞こえないみたいですよね」
本音である。
顔面についたスープを洗おうと洗面所に向かうギュールスの足を引っかける者達もいた。
それに比べたら、気分が落ち込んでしまうような待遇ではない。
「ただ濡れただけですよ。おしぼり拝しゃ……あ、おしぼりが汚れちまうな。あー……あ、あとでお風呂場で洗いますよ。これくらい気にしない気にしない」
ギュールスの屈託のない笑顔はここに来て初めて見せる表情。
「す……すまん。今のは私が」
ケイナが素直に謝るが、その途中をギュールスが止める。
「これくらいはどうということはないです。うん。……えーと、この雰囲気、どうしましょ……あれ?団長は?」
ギュールスのそばにいた仲間達は、ロワーナがそこですでに席にいないことに気付く。
キョロキョロと見渡すと、食堂の入り口で誰かと話をしている。
すぐに席に戻るロワーナ。
「や、すまない。ん? 何かあったか?」
席を離れる前は、ギュールスが大人しく目立たないようにしていたがそれでも彼を中心にして数人が賑やかに会話を弾ませていたように見えた。
席に戻ってくるとそんな部下達が沈み、逆にギュールスだけが笑顔で周りに気を使っている。
「あ、俺は別にまったく気にしないんですが、そんな些細なことなのに皆なんか沈んじゃって……」
「あ、実は彼の料理の一つを彼のシャツに……」
ケイナの言葉で大体のことを察するロワーナ。
「ふむ。ならばちょうどいいかもしれん」
「はい?」
ケイナばかりではなく周りの者達やギュールスも、何のことかとロワーナを見る。
「防具屋の主人からの連絡で、ずっとギュールスの防具作りをしていてくれたようでな。明日の朝いちばんで取りに来てくれとのことだ。ついでに彼の普段着も調達してきたらどうかと思ってな」
「ならばぜひ、お詫びとして普段着の代金だけでもこっちに持たせてくれ」
「いやいや、なんで?! このままでこっちは」
「そのままでは、近衛兵師団の一員としてどうかと思うがな。我々も鎧の下は戦場に見合う衣類を身に付けているが、そこまでは支給品ではあるが全員統一する必要がなく、好みにも応じた物だ。だがそれなりに身なりは整えておくべきだと思うぞ」
ロワーナの意見は、ギュールスをさらに窮地に追い込む。
近衛兵の出撃用の装備のお披露目も兼ね、第一部隊の団長と本部内の夜の見回り担当の三人を除いた四人で防具屋に行き、その後で街の衣料品店に向かうことが決まった。
そして場の流れで食事会も終わりの時間を迎え、巡回以外の四人はそれぞれの部屋に戻る。
ギュールスにとっても激動の一日も終わった。
自分の料理にほとんど手を付けないという、長年染みついた習慣を押し通したことによって得た、ささやかな勝利感と安心感を噛みしめながら。
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