皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ

ギュールス=ボールドのための歓迎会と食事会


 ギュールスの、近衛兵師団入団歓迎会兼食事会の時間になった。
 団長のロワーナの案内で食堂へ移動。
 第一部隊から第三部隊の前線のメンバーが揃っている。

 テーブルは部隊ごとに座るように設置され、第一部隊のテーブルの上座には椅子が二つ並んでいる。

「ギュールス、お前は私の隣だ。……座る覚悟は出来てるな?」

 ニヤリと笑うロワーナ。彼の言質の言葉をそのまま返す。
 本部に来てから一番表情を硬くしているギュールスはぎこちなく首を縦に振る。
 しかし座るのはもう少し後になる。
 歓迎会兼食事会を始めるに先立って、ロワーナが全員に始まりの言葉をかけた。

「皆、待たせて済まなかったな。明後日我々が魔族、魔物討伐のために前戦に立つ。それを見て我々の戦力増強を図った」

 ロワーナは隣に立つギュールスを指す。

「我々はシルフ族の女性で腕の立つ者という条件の下で集った。だが魔族勢の力も侮れず、恒例にこだわっている場合ではないと判断し、この者の勧誘に成功した。皆も噂で聞いているだろう。『混族』と呼ばれる、いわば幻の種族だ。だが調査の結果、この国そして皇帝をはじめとする皇族への忠誠は並ではない。そして『死神』という異名を持つほどの戦功を立てている。今後我々の仲間の一人として、皆、仲良くしてやってくれ」

 堂内に響き渡る声での挨拶を終え、ギュールスへも挨拶を促す。
 挨拶をすることまで考えていなかったギュールスは挙動不審な動きをする。
 第一部隊の面々は、慌てふためく極限状態であることを悟っている。

「あ、あのっ。……ギュールス、ボールド、と言います。え、えっと……と、隣にいる団長の身を守ることを優先するようにって言われ……たような気がします。で、その上で全員を守ってくれ、とも」

 次第に顔が下に向く。
 自分で何を言っているのか次第に分からなくなってくる。

「えっと、ここに来る前のように、捨て石になるつもりで来ましたので、それなりに役に立てれば、と……。よろしく」

 言い終わるなり、覚悟はどこへいったやら、力が抜ける様に椅子に座る。
 まだギュールスのことを知らない者達は好奇心に満ちた目で見ていたが、彼の挨拶の「捨て石」の一言で何となく雰囲気が若干悪くなる。

 その雰囲気を払しょくするかのように、ロワーナは咳払い。

「ん、んんっ。配属されて間もなく出撃の命を受けたわけだから緊張しっぱなしのようだ。皆、いつものように和やかに食事を楽しもうじゃないか」

 そう呼び掛けて乾杯の音頭を取り、食事会は始まった。
 仲のいい者同士でする食事会は、食事だけで終わることはあり得ない。
 お喋りはつきもの。そしてその人数が多ければ、話題の数も増えていく。
 第一部隊は八人にギュールスが加わって九人。ほかの二部隊も八人ずつ。
 それぞれのテーブルのあちらこちらで笑顔と笑い声も聞こえてくる。

 雰囲気が華やかになるものの、一人だけ例外がいて、そこだけが重苦しい雰囲気になっている。
 その人物がまとうその範囲は、自身の体の中に収まるような狭い範囲。
 言わずと知れたギュールスである。

「久しぶりだな。覚えているか?」

「私も、お久しぶりですー。って、ちょっとバツが悪い気もするんですけどねー」

 ギュールスのそばにやってきた二人の女性は、ギュールスが討伐に参加した際に同行したこともあるエノーラ=ジードとメイファ=サラ。
 その声に誘われるように顔を上げる。

 メイファの顔を見て、「あ」と短い声を出す。

「あ、覚えててくれました? えーと……まぁそれなりに、それなりのようですねぇ」

「話に聞けば私のことはすっかり忘れてるとか。顔を見ても思い出せんか?」

 エノーラの問いかけに、顔を体の正面に向け、やや顔を下に向ける。
 ギュールスの普段の姿勢は普通の体勢だが、今はまるで目立たないようにするために、極端に猫背になっている。
 いくら目立たないように頑張ろうとも無駄な努力。隣に座っているのがみんなから好かれている団長のロワーナで、ともに上座に座っているのだから。

「ま、まぁなんだ。あの時はうまい話し方と言うか、距離感と言うか、掴めなかったからな、うん」

「でも、そんなに縮こまらなくてもいいじゃないですか。あの戦いっぷりは見ててすごかったですし、自慢してもいいんじゃないですか?」

「む、そうか。メイファしか彼の戦いっぷりは見てなかったのだな」

「私の時は応援しようとしたのだが追い返されたしな」

 ギュールスの体の特徴のことは知られている。その能力や力を何に対してどう使うのか。それによって価値が変わるということも、ロワーナから説き伏せられた。
 知識で理解しても、感情では嫌悪感により受け入れることが出来ないギュールスは、視線をさらに下に向け、会話から外れようと試みた。

「食事、進んでないじゃないか」

 不意に声がかかる。
 思わずギュールスはその声の元に向けて顔を上げる。

「ついさっきまで草を食べて多分食欲も失せたか? 何が好みかまでは知らんしこっちが口出すことでもないが、食事の時間は守った方がいいとは思うがな」

 所在不明になったギュールスを探しに探して中庭で見つけたアイミだった。

「また草を食べてたの?」

 ギュールスに散々振り回されたケイナも首を突っ込んでくる。

「目の前にたくさん料理が並んでるってのに、どれか一皿くらい平らげてごらんなさいよ。大体草は食べて野菜は食べないっておかしいでしょ」

 振り回されたお返しとばかり、ギュールスが消そうとしている自分の存在感を、とにかくちょっかい出して引っ張り出し強めていく。

「い、いや、その……」

「まさか、育った土が違うから食べられないとか言うんじゃないでしょうね? そこまで言ったら大したもんだけど」

「土の匂いくらいは感じることはあるけど、作物を育てた土の差なんて分からないでしょ」

「でも粘土質とかってあるよね? 毒沼の辺りの土にもいろいろ生えてたりするのあるし、そこで食用の野菜とかも取れたりするし」

「え?! そんなのあるの?!」

「え?! 知らないの?!」

 話題がギュールスから外れていくところでも盛り上がる。
 内心このままどんどん話題から外れていって、人の輪も自分から団長に移っていけば、人の目に触れられずにここから出ることも考えていたギュールス。
 しかし残念なことに。

「……で、だ。野菜。食べられるんでしょ? ひょっとして産地がどことかってわかるんじゃない?」

 話題の中心に戻されてしまった。
 ケイナの仕返しはまだ終わらないらしい。

「どの土地かまでは……どんな場所かは分かるかもですが……」

「「「「分かるの?!」」」」

「え?! 分からないんですか?!」

「「「「分かるか!!」」」」

 他のテーブルの者達が一斉にその声の元を探す。
 そして全員が注目する、第一部隊のロワーナの隣の席の集団。

 かくしてギュールスの、誰からも注目されませんようにという切なる願いは、第一部隊の数名によってその視線は遮られ、叶ったのである。
 しかしその外側にいる者達から見られていることまでは気づかないギュールスは、その者達からの注目からも解放されたいもと願い、ついぼやく。

「やっぱりこれ、何かの処分のための罰か何かじゃ……」

「そんなわけがないだろう。ま、これも職場の環境だ。慣れるしかないな」

 それが聞こえたロワーナはギュールスに一瞬ちらりと目をやるとすぐに食事に視線を戻す。
 ギュールスは目の前に突き出された野菜スープの皿に目をやると、大きく一つため息をついた。

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