皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~
いつもの道具屋でいつもの彼がいつもじゃないことを
ギュールスは違和感を感じる。
隠しておきたい秘密を、自らの意志で同僚となる近衛兵達に告げた。
彼女たちが聞きたいと言っていた。理由はそれだ。
だが言わされたのではない。自らの意志で口にした。
そして、おそらく周りが恐れるある行為を起こす可能性もあることも告げ、自らの意志で予防することも伝えた。
それでも嫌われることも有り得る。
体が突然変質して、自分の体に取り込む能力を持っているのである。信頼できない相手なら忌避すべき存在だろう。
だがそれでもこの三人は受け入れてくれた。
その言葉をギュールスはずっと欲しがっていた。
それでも仲間でいてくれる。そんな言葉をずっと心のどこかで待ちわびていた。
その言葉を口々にギュールスにかけてくれた仲間達。
しかしなぜか、彼の心にはうれしさや喜びの感情は出てこなかった。
ただ、その言葉を耳にしただけ。
なぜだろう?
そう考えているギュールスの右から左へ流れ込み、流れ出る彼女達のその後の会話。
何の話をしていたのか、馬車を降りるときには記憶に残っていない。
馬車はいつの間にか林道を抜け、開けた草原に出ていた。
ぽつりぽつりと建物がある。
ギュールスの説明では、そのあたりで一軒だけ三階建ての建物があり、そこが目当ての店であるという。
店の前に到着。
三人はギュールスと一緒に馬車から降りる。
「あ、店へは自分一人で行けますから」
「何を遠慮している。我々は先輩も先輩、大先輩だが仲間でもある。遠慮することはないし、何よりこのような建物の中に入ったことはない。我々の社会勉強の一つとでも思ってくれ」
仲間。
またも自分とは縁のない、遠い世界の言葉のように聞こえる。
ギュールスは一瞬遠い目になる。
しかし会話の一言一言に気を取られている場合ではない。
彼女らの言葉に反応を示さず、踵を返して道具屋の中に入る。
「いらっ……なんだ、『混族』か。……いつもより来る時間が早いな。業突く張りめ。お前のような奴に売るモンはねぇっつってんだろ。時間なんて関係ねぇんだよ」
ギュールスの顔を見るといきなり罵声が飛んでくる。
自営業の道具屋のカウンターにいるのは老婆。
一緒に店に入るが、それでもギュールスの意向を汲んで入り口のそばにいる三人からは、ドワーフ族のように見えた。
その老婆には三人の姿は見えてはいるようだが、ギュールスの連れとは思ってはいないようだ。
いつもなら討伐から帰ってきて登録手当を手にしてから二時間ほどの徒歩でここに来る。
当然真っ暗な林道を通って、場合によっては夜十時頃に着くこともある。
ギュールスは言い返そうとするが何も言えない。
「何だい。何の用もなけりゃとっとと帰れ、『混族』!」
「いや、あの……」
口ごもりながら、経理から受け取った報酬をカウンターに出す
「……!! ぎ、銀貨二枚だと?! お……お前、一体……何やらかした!」
店主の老婆が大声を上げる。
当然二人から離れている入り口の三人にも聞こえる。
その三人も驚いている。
そこから見ても、店内の品物を全て買い求めても半分以上釣りがくる金額である。
が、三人が驚いたのはそこではない。
ギュールスの元に駆け付けて彼に口々に怒鳴る。
「今日受け取った全額を全て使うってのか?!」
「それだけの価値がここにあるのか?! 本部内の店で買う方が有意義だろうが!」
「貯えのことも少しは考えろ! いつまでもこの仕事ができるわけがないだろう!」
自分の前に現れた、老婆にとっては高貴な装いの三人が飛び込んできたのである。
言葉を失うほど驚くのも無理はない。
「な……なんじゃこいつら……こ、『混族』! お前一体……」
「あ、あの、付き添い……です」
「待て! まず質問に答えろ! ここで何を買うために全財産を出すのだ?!」
「こ……この銀貨二枚が全財産? お前、ほんとに……」
老婆が口を挟む。
「すまん。この店の主とお見掛けする。我々は魔族討伐本部所属の近衛兵師団第一部隊の者だ。このギュールス=ボールドもこの度配属され、明後日近衛兵部隊の一員として、我々と共に出撃する」
「その準備を整うために、本部内の施設でそのための道具を購入する必要があるのだが、彼がどうしてもここでないとダメだとごねてな」
「気弱な新入りが、それだけは譲らないと言わんばかりに主張して、やむを得ずここに来た。品揃えが特別なのかと思いきや、道中耳に入った噂話では、品揃えも品数も多くはないと聞いた。噂通りだがそれでも全財産を出させるとはどういうことか聞かせていただきたい」
三人は内心怒っていた。
『混族』というだけの理由で、周りの者が彼にとって理不尽な待遇を強制している。
それに甘んじるしかない彼の境遇を考えると、その感情が生まれるのは当然だろう。
明らかに怒りの感情がその口調にこもっているのが分かる。
しかし顔や態度には表さない。
やむを得ない理由などが老婆にある可能性もあるからだ。
怒りの対象は『混族』としての彼の取り巻く環境であるが、その感情が生まれる理由は老婆には理解できない様子。
老婆は「お前は何を言っているのだ?」と問いかけるようなキョトンとした顔をしている。
「え……えっと、自分から、いいですか?」
恐る恐る声を出すギュールス。
「買おうとする道具で、自分の身を守るんです。つまり、自分の命の値段です。この道具を使っても自分の身を守れないかもしれない。でも今はこれから買おうとする道具に頼るしかないんです。だから、それに今回は団長の、そして出撃する部隊全員の命も守るように言われました。だから、ここで買い求めることが出来る道具には、それくらいの価値があるんです……」
「……店の主をかばってるのではあるまいな?」
ギュールスは力いっぱい首を横に振って否定する。
「……いくら便利な道具があったとしても、その道具の効果のほどか分からなければ、ここで買える道具よりは信頼できない、か」
「はい。毎回同じものを手にすることは出来ませんが、使った経験は何度もあるので」
『混族』だから、首都の繁華街で売られている質のいい物を手に入れることが許されない。
『混族』だから、こんな首都の外れの、まるで田舎のようなところで売られている、性能が劣化している物しか手に入れられない。
ギュールスからはそんな話が出るものと思っていた老婆は呆気に取られている。
老婆ばかりではない。
三人も、ギュールスからそんな泣き言めいた話が出てくるものとばかり思っていた。
「……それが、本音なのだな?」
聞きようによっては、品質のいい物、上質の物は自分にとって信頼がおけないという答えでもあり、近衛兵師団に調達される道具や装備の機能性能を疑い、否定する意見でもある。
「……まぁ初めてのことだ。長く配属されていくうちに模擬戦なども体験するだろう。道具の使い方や連携なども追々身に付けていければよい」
「配属されて間もないうちに出撃など滅多にないことだから仕方があるまい」
「あとは……この額でどれだけの物が手に入れられるかだが……?」
老婆の顔から冷や汗が流れる。
何か無礼なことをしたら首を跳ね飛ばされるような気がしたからだ。
「すいません。お話し、もういいですか? さすがに買うことが出来る道具がすべて戦場で使えるかどうかは分からないので……」
老婆と二人きりで買い物させてほしいという意思。
後のことはギュールスに任せた。
店内を見ながら外に出て、馬車のそばで待つ三人。
「ねぇ、最後のあいつの言葉、初めて我々に指示を出したって気がしない?」
エリンが二人に意見を求める。
そう言われると、と二人は同意。
指示されたことに対して反応し、余計なことをあまり口にしなかったギュールスが、これから何をするのか不明と感じた三人にどうあってほしいかを匂わせた言葉である。
「お願いしている、とも受け取れる言葉ではあるけど」
「自発性はあったわね。仲間意識があるかどうか分からないけど、早く対等のやり取りができるようになってくれたら……」
屋台骨と言うには大風呂敷になるだろうが、この国の力になってくれる。
そんな予感を三人は感じた。
一方店内では、老婆が怪しい目つきでギュールスを睨む。
どう扱っていいか、その距離感を測っているようだ。
「……あの、買える物、今日はありますか……?」
「……ないこともないがね。だがこれからは別んとこで買うんじゃないのかい」
「使い慣れてる物を売ってくれる店、ここしかありませんから」
正しいことはすべて真実であるとは限らない。
彼にとっての現実は、行く店行く店すべて売ってくれない店ばかり。ようやく見つけた店がここ。
いわばたらい回しにされてたどり着いた店でもある。
しかし例えて言うなら、普通の食品売り場では売ってくれないので、買える店を探し回った結果、営業しているかどうか分からない駄菓子屋にたどり着いたと言う感じである。
しかし、ギュールスにとっては奇しくもそこは因縁のある店。
買える店を探したというより、記憶を探してたどり着いた店でもあった。
「……で、このお金でどれくらいの物、買えますか?」
「……ふん。今日はこれくらいしかないねっ」
回復薬、爆薬、元素の力がこもった札の数々が目の前に出された。
「重力の札、全部……で七枚か。光の札が一枚、土、氷、水がそれぞれ全部八枚ずつですね。火と雷が十枚。爆薬が大小二種類の全部で……」
「五十、いや、小が二十二個だから五十七個だね」
「じゃ、それ全部。……あれ? 「融合」の札……? 十二枚もある。これももらえるの?」
「いらなきゃ返せ」
「ほ、欲しいです。あ、回復はいつも通りで……」
「ふん、いらないってことだね」
予め持ってきた空袋に、札と爆薬に分けて入れる。
そして「じゃあ、これ」と言いながら、カウンターに置かれた銀貨二枚に改めて手を添えて、さらに老婆のそばに寄せる。
すぐに背を向けそのまま店を出る。
その間ギュールスは何も言わない。言うこともない。
討伐などから帰ってきたら毎回この店に来る。
買い物を済ませ店を出る。
そこからは店を出るまで、ギュールスは何も言わない。
一緒に誰かと入ったこともない。カウンターに出す金額も普段はそんなに変わらないから、普段はとても手に入れることのない銀貨も出したことはない。
今回のギュールスの周りはいつもと違う。
けれどもギュールスはそんないつもと変わらない態度である。
「……何か、一言くらいあっても良さそうだがね」
いつもなら、彼が一日の最後の客になる。
閉店時間の夜の十時半には大分早いこの時間帯。
再び店内で一人きりになった老婆は、初めてギュールスに向けて、彼に届くことのない一言を呟いた。
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